とある受付嬢
ある冒険者は若くして引退し、早速仕事を探してみるも、不器用な自分に働ける場所が中々見つからず、路頭に暮れていた。
そんなある日、
『ウチで働いてみないかねェ?』
と、冒険者だった頃に世話になったギルドマスターの勧誘で就職できた。任された仕事は『受付嬢』だった。
当初、オシャレで可愛い制服に憧れだったのもあり、冒険者の時と比べては楽な仕事だろうと簡単にサインをした。しかし、彼女が冒険者だった頃には知らなかった、地獄を体験することになるとは思わず……
これは、とある受付嬢の日々の物語である。
◇◆
「よっしゃ、倒せた!」
とある少年冒険者は、小鬼一匹の討伐に成功した。数撃という短い戦いでも命がけ。その戦いの果てに、最高の達成感を味わっていた。
「うわぁ〜…すっごーい……」
剣を掲げていた少年の傍で、杖を持った魔女帽の少女が目輝かせていた。
「確か、小鬼は装飾品と耳を切り取るんだったかな」
「うん……そうだね」
「……でも、生きていくためにも、英雄になる為にも必要なこと……ごめんよ」
少年と少女は顔を少し歪めながらも、小鬼の耳を一つ切り取り、ぶら下げている首輪や武器などを回収する。小鬼の強さと、討伐した証拠のためにも必要である。場合によっては討伐したと認められないこともあるのだ。
そうして、得た戦利品を背負ってギルド前に立つ。
「うわ〜……いつ見てもすごいなぁ」
王都シャーリア。セイアッド大陸の極東に位置する大国で、世界でも数少ない冒険者稼業を認めた国である。ここはその一つ、「ハーシムギルド」。国資で設立された総合冒険組合である。
「僕は絶対にSS級冒険者になって英雄になりたい。それから、村のみんなを幸せにするんだ」
少年の出身はとある小さな村で、農業や畜産で貧しい生活を送っていた。少年ながらに「六英雄」に憧れ、成人した暁に村から旅立ったのである。
しかし、早速ギルドで冒険者登録して始めたのが、草抜きや掃除など、雑務のようなクエストばかりで、未知も高揚感もない日々が続いていたのである。
魔女帽の少女とは、その退屈だった日々にうんざりした頃に偶然出会い、パーティーを組んだのである。大変さは変わらなかったが、毎日のクエストが楽しく感じられるようになった。一人の時とは違い、協力して達成する楽しさを知ることができた。
そして、毎日の努力の甲斐があって、ようやく等級が一つ上がった。そこで、昇級して初めてのクエストが小鬼一匹の討伐だったのだ。
「私も一緒に頑張るよ!」
「うん、頼りにしてるよ」
少年は背負う戦利品を机に降ろし、受付嬢に戦利品をいくつか取り出す。小鬼の耳片、所有していたナイフを受付嬢に提出し、報酬を受け取る。
「小鬼討伐、本当にお疲れ様です。これが報酬です」
「わぁ……ありがとうございます!」
初めての討伐。そして、いつもより少し多い報酬。
長かった雑務の日々も無駄ではなかった、と身に染みていた。
「これで一つ……次はもっと…」
硬貨の入った袋を握りしめ、次の一歩を見据える。
そこに、くっくっと小馬鹿にする笑い声が響く。
「はっ、まだいたのか、あの田舎者」
「シャーリアの品格が損なわれてしまうぜ」
「小鬼なんかで浮かれちまってまぁ……」
机に屯ろする3人のチンピラ冒険者はわざと、聞こえるように大きくな声で馬鹿にした。
少年は、むっ、と目を細めるものの、魔女帽の少女に腕を引かれる。
「ねぇ、もう行こうよ」
「……うん」
少年は回収した戦利品の入った袋を背負い、渋々と退散する。しかし、その減らず口は止まらない。
「あれれ、逃げてやんの」
「実力に自信がないんだろうなぁ。見ろよ、あの曲がった背中、まるで小賢しい小鬼のようじゃないか!」
「ははっ、それって同類殺しってことじゃねーか」
ギギ、と歯をくいしばる少年。ここまで言われて言い返さないのは、自分の及ばなさに自覚があるからだった。
3人のチンピラ冒険者はあれでも、B級冒険者。自分よりもはるか上の等級だ。自分が未熟であることには間違いはなく、今ここで言い返しても醜いだけだ、と口を噤もうとした途端。
「落ちこぼれの魔女が不幸でも運んでくるのかぁ?」
「あ………」
魔女帽の少女は杖を抱きしめるように強く握りしめる。少年はその言葉に足を止め、背負う戦利品をガシャン!と落とす。
そして、強面の戦士冒険者に張り付く。
「なんだお前、やる気かぁ?」
「僕らがB級クエストを達成できれば、彼女が落ちこぼれではないことを証明することはできますか?」
「はあ?」
「達成できれば、さっきの言葉を撤回してください」
「い、いいの、落ちこぼれなのは本当のことなんだから……」
「違う!君は落ちこぼれなんかじゃない!」
未熟な自分のことはともかく、彼女までも馬鹿にされた。自分よりも優秀で、何度も助けられた彼女を不幸扱いにされたことが、許せなかった。
「……やれるんならやってみろ。無理だろうがな」
「………ッッ!」
少年はクエスト掲示板から一つの依頼状を剥がし、バン!と受付の卓上に叩きつける。
「すいません、これをお願いします!」
受付嬢は依頼状の文書を薄めた目で確認する。
そして、少年の顔をじっと見た後に頭を振った。
「……申し訳ありません、貴方の等級では受理する事はできません」
「僕はさっき初めてのクエストで小鬼を討伐したんだ。腕には自信があります、行かせてください!」
「ダメです。等級も実力も足りていません。ギルドとしても無為に人を死なせる訳にはいきません」
ぐぐ、と少年は引き下がる。しかし、立て続けに強面の戦士冒険者は笑いながら馬鹿にした。
「等級も実力も足りてねぇとよ。救いようがねえ田舎もんだな」
「くっ! 行かせてくださ────」
───瞬間。ぎしり、と鉄が軋む音がした。
「………アンタ、死にたいの?」
刃物のように鋭い眼光が少年を射抜く。
一見大人しそうな受付嬢から放たれる殺意は只者ではない。駆け出しの少年でさえも明確に感じ取れた。
「……僕は…」
「勇敢と死にたがりを履き違えてはダメ」
叱咤するその声は酷く冷え、それでいて切実な願いが籠っているような気がした。
「その子が大切なのは分かるけど、貴方が先に死んで、その子に何が残るのか考えなさい」
「…………っ」
裾を引っ張られ、少年は振り向く。すると、少女が切実な瞳で自分を見つめていた。少年は、そこでようやく気づく。
自ら死地へと向かおうとしていたことに、実力を顧みない傲慢さで、少女を悲しませてしまうところだった。
「………ごめん」
前のめりになっていた少年は、机から一歩後ろに下がった。
「アンタ達もよ、さっきから人の唆して何が面白いのよ。ギルドの信頼を損なうような言動は控えなさい。然もなくば、追放するよ」
「……わ〜った、分かったよ。悪かったな、ガキども」
「………いえ…」
強面の戦士冒険者は、ひらひらと手を振りながら、パーティーと共に去っていった。
「…………」
少年は自分を省みていた。
自分は小鬼を倒せたことで調子に乗っていた。少し前に一歩ずつ積み重ねていく大切かを感じていたはずだ。だというのに、少女が馬鹿にされたことで自分は大きく道を踏み外すところだった。心も伴わなければ、自分の憧れる「六英雄」には遠く及ばない、と拳を握りしめる。
「……そうだよな。背伸びしたって急に伸びるわけがないのにな……」
うん、と頷いた後にクエスト掲示板を見る。少年は何かを見つけた後に、持つ依頼状を戻して、別の依頼状を剥がす。そして、依頼状を魔女帽子の少女にも見せた後に提出する。
「あの……確かに僕は自惚れていました。……まずは小鬼二体から、また少しずつ積み重ねたいと思います」
分相応な高みへと眩んだ瞳ではなく、明確な確実な目標を見据えた瞳で、受付嬢を見つめた。
「……うん、いいと思うよ。頑張ってね!」
先ほどの鋭い眼光から一転、花のような優しい顔で微笑んだ。
不意を衝かれた少年は、かぁ、と赤面した。気に入らなかった隣の少女に小突かれる。
「はい、受理しました。お気をつけてください」
脇腹を直撃した少年は悶えながらも顔を上げる。
「あの! 君は──」
「……私は セレーナ。ハーシムギルドで働く、唯の一受付嬢です。貴方の道に栄光があらんことを祈りしています」
「……───はい!」
◇◆
先ほどまで緊迫した空気から解放されたセレーナは、ため息を吐きながら頬杖をついた。そして、細めた視界で、ギルドから発つ少年少女を眺めた。
(駆け出しの時はあんな感じだったっけ……)
少年の方ではなく、魔女帽の少女の方を見た。
「………」
かつて落ちこぼれと言われ、怒ってくれた人がいた。その懐かしい情景を思い出していた。
「さて、と………」
ついていた頬杖を崩し、頭を机に突っ伏した。そして、その気怠げな瞳に映っていたのは、書類の山だった。
「う〜…やること思い出したら急に嫌になってきた。転職しようかな……」
「……元々器用ではなかった生粋の冒険者から違う職種なんてそうそう簡単には見つからないわよ。それに、ギルドは常に人手不足なんだから仕方ないでしょ」
「それはそうなんだけどさ〜〜……」
隣席の受付嬢は、不器用なセレーナを手取り足取り指導してくれた大先輩、ベランダ である。ツンとした雰囲気で近寄りがたい雰囲気だが、本当は優しい人である。
「だったら、厨房に異動する?」
「無理無理! 私の料理の腕、知ってるでしょ!」
「でしょ? せめてその整った顔で諦めなさいよ」
「むぅ、何その顔だけみたいな……」
「それじゃ、実力評価、依頼受理、納品手続き、報酬調整、依頼者通達etc.etc……それから、夜の受付も頑張ってね」
ハーシムギルドで達成される依頼は毎日50件を優に超え、一つの依頼につき様々な仕事が発生する。そして、酒や料理も出しているため、そのサービスカウンターも請け負っているのだ。
「呑みには付き合うわよ。またね」
「ふぇ〜……」
セレーナは本日も残業した。