レインコート
真友は大きなため息をついた。
あんなこといったけど、自分が音葉に勝てないことは分かっていたから。
「ねえっ、木坂。今日一緒に帰んない?」
「え・・・いいけど」
「ありがとう!木坂」
音葉の嬉しそうな顔を見た真友は、今日、傘を忘れたことに気が付いた。
「あ・・・」
どうしよう。同じ方向に帰る人で、仲良しは音葉ぐらいしかいないのに。飛鳥たちは別方向だから。
真友はちらっと木坂を見た。
「あ、やばい!木坂、私今日、傘忘れた」
「じゃあ、俺の傘入れよ。途中までだけど」
「え、いいの?ありがとう・・・それって、でも・・・」
相合傘・・・。
少し前まで、木坂との相合傘、もう少しでできるんじゃないかな、なんて思ったりしたけど、今の真友は、そんなこと想像するだけで頭が痛くなりそうだった。
「相合傘なんて、べつにいいだろ」
「よくないわけじゃないよっ」
音葉はぷうっとほっぺを膨らませて、もーといった。
今日は、あの二人より先に教室を出よう。真友は二人の後ろ姿を見たくなかったから、そう思った。
「でね、・・・。あ、あと・・・。それから・・・」
後ろから声が聞こえてくる。音葉と木坂の声だった。
振り返ってはいないけど、どうやらすぐ後ろにいるらしい。
真友は傘を持ってないから、濡れる覚悟で道を歩いていた。
「あれっ、あの人、傘忘れたのかな」
音葉が言ってる。たぶん私のことって分かってて言ってる、と真友は悟った。
「・・・」
「ま、いいけど。かんけーないしね。でねっ・・・」
関係ない・・・もう音葉にとって真友は、関係ない存在になったんだ・・・。
真友は、泣きそうになったけど、ぐっとこらえた。
ついでに、今更、木坂を取られたことが悔しくて、もっと泣きそうになった。
と、
ザーーーっ
「え?やだ、すっごい雨!」
真友は慌てて走り出した。こんな雨、さすがにゆっくり歩いているなんてできない。し、もうこれ以上二人の会話を聞きたくなかった。
「・・・ここで別れるよな、井上。じゃ、がんば、家まで」
「えっ?わ、私、もう一こ先だよ、別れるの!ねえ木坂ってば・・・」
音葉は茫然として、でもそのあとすぐに気が付いた。木坂は、真友を追いかけて行ったに違いないって。
「・・・ちっ」
雨の中で、音葉は一人、舌打ちをした。
雨がすごくなってきた。
もう前も見えないぐらい。かといって立ち止まっても、濡れるだけだ。
このまま走っていたら、迷子になるかもしれない・・・けど、でも・・・
その時。
ふぁさっ
「え?」
何かをかぶせられたかと思うと、男の子が真友の顔を覗き込んでいた。
「有岡、大丈夫か?」
「・・・木坂・・・く・・ん・・・?」
「え!?おまっ、泣いて・・・あっ、やっ、あの」
「木坂くん・・・!」
・・・木坂が、来てくれたんだ・・・。よく見ると、今かぶっているのは、木坂のレインコートだった。
「傘もささずに、走ってたから。俺、レインコート持ってたし、慌ててかぶせちゃって。いやだったら、ぬいでいーからな」
「・・・」
「・・・あ、あの。俺、話したいことがあるんだけど」
え・・・?
そこまで近いわけでもないのに、レインコートが木坂みたいで・・・包まれてるみたい、だった。
ドキドキする・・・
「・・・有岡、この前・・・調理部のヤツと・・・キス、してたよな」
「え?」
「・・・いやっ、有岡、にも、彼氏、できたんだって思って。良かったな、って・・・」
「あ・・・いや、ちがうの・・・木坂くん、・・・私、」
「真友先輩?」
・・・蓮の声だった。
「あ・・・お前・・・」
「それ、誰のレインコートですか?絶対、真友先輩のじゃないですよね」
「・・・これ、は・・・」
「有岡、来い!」
「え?」
「ちょ、真友先輩っ!?」
蓮が追いかけてくる。
木坂は、どうしてそんなことしたの?
音葉のこと、好きなんじゃないの?
木坂と一緒に走りながら、真友はぼーっと考えていた。




