宴の嵐
その日、とある国の王宮を嵐が襲った。
嵐の名は『婚約破棄』。
それは次の一言から始まった。
「ウェイン・ランドルフ!! 私エカテリーナ・フォン・ローエングリンは今日この時を以って貴方との婚約を破棄します!!
そして、新たにこのカーティス・ベイルと婚約します!!!」
以下の台詞が、王宮で催された第一王子の立太子及び婚約披露パーティの席上で放たれたのだ。
ちなみに、叫んだ人物は第一王女。第一王子の実の妹で第二王子の姉であったりする。
なので。
国王夫妻は泡を吹いた。
第一王子ルーミスと婚約者アリシア(隣国王女)はズッコケた。
第二王子エルオムと婚約者ファーラ(伯爵令嬢)は開いた口がふさがらなかった。
その他の出席者は真っ白になった。
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そんな中でいち早く現実に復帰、行動を開始したのは二人の男。
王女に名指しされたウェイン・ランドルフ(公爵家嫡男)とカーティス・ベイル(男爵家嫡男)の二人だった。
「カーティス! お前はヴァンデル医師長! 俺はローウェン魔導師長を連れて来る!!」
「了解!!」
二人はさながら畑の大根・ゴボウを引っこ抜くような勢いで目的の人物を人ゴミの中から引っ張り出して、王女の下へ連れて来ると同時に頭を下げた。
「「先生、お願いします」」
二人の言葉を受けて医師長は脈拍を計り始め、魔導師長は呪文を唱えだした。
待つ事しばし。
「脈拍・瞳孔その他、全く異常は見られません」
「精神操作系の魔法にもかかっとらんし、状態異常も見受けられんのう」
二人の顔に絶望が広がった。
「「つまり…………」」
「正常です」
「素面で馬鹿をほざいたって事じゃな」
「「最低だぁ!!!」」
泣いて無いのが不思議な位の悲哀に満ちた叫びだった。
「どぉいう意味よっッ!!」
「そうじゃよ、そこは普通『最悪』と言うべきじゃろうが」
「いえ、それも失礼、っていうかさっきから魔導師長も不敬な発言連発です」
王女が怒鳴り、魔導師長がボケ、医師長がツッコむ中、
ツッコまれた方は口喧嘩の真っ最中であった。
「先輩ぁい! だぁから言ったじゃないですか!!
常日頃から『一ピコグラム程度の愛情は有るはずだ』なんて真面目阿呆な台詞をぬかすくらいなら、ちゃんと躾をしておかないといけないでしょうって!
そうしないと、この救い様の無い馬鹿娘は後ですんごぉっく面倒な事態を引き起こす筈ですって!!」
ちなみに、一ピコグラム(pg)は一兆分の一グラム。
無いのと同じと諦めるべきか、有るだけマシと言い訳するべきかは意見が分かれる所であろう。
「仕方ねェだろッ!! この王女、躾どころか、手綱も掴ませやしねぇんだ! 近付こうにも半径20メートル以内に入ると、気配を察知して逃げちまうんだよ!!!」
野生動物かよと、会場の誰かがツッコんだ。
「あ、いや・・・、そりゃぁ、逃げても隠れても『貴方の匂いがしましたの』とか言って即座に見つけて来る変態だってのは知ってますけどね・・・・・・!!」
((((((((((((((((((((((((((((((イヌかぁ、王女は!!!)))))))))))))))))))))))))))))))
皆の心が一つになったツッコミが炸裂した。
「それにしたって、他に手は無かったんですか? 今となっては信じられませんが、先輩『一応』公爵家なんでしょ、『一応』?」
「『一応』を強調すんなッ! 二度もッ!!
・・・言っておくけど、俺だって出来る限りの事はしたよ! 俺とは顔を会わせようとしないから、話し相手になってくれそうな御令嬢とかメイドとか、果ては父上を通じて王家の皆様総動員で説得を依頼したんだよ!
・・・・・・・・・それなのに耳を貸さないどころか、公爵家の権力でどうにか出来ると思ったら大間違いですとか、逆に燃え上がっちゃってさぁ・・・・・・・・・・・・」
会場の空気は加速度的に白けていった。さらには当時の関係者からの証言が会場内のあちこちで語られ始めると王女を見る目は凄まじく冷ややかなモノになっていった。
・
「そうなの?」
「うん・・・。『障害が多い程私達の愛は燃え上がるのです!』とか言って聞こうとしなくって・・・」
「終いにゃ、脅迫されてると勘違いしてか『心配は要りませんわ。王家が貴方達を護ります。腐った公爵家など怖れるに足りませんわ!! オーホッホッホッホ!!!』なぁんて叫びだす始末でしたわ」
「本当に守ってくれるのかなぁ・・・」
「多分無理」
「「「だよねぇ~~~」」」
・
「ルーミス様・・・。エカテリーナ様ってあんなにおバカな子でしたかしら? 昔はもっと賢い子だったはずでしたけど・・・??」
「正直私にも分からん・・・。多少思い込みの強い所は有ったが、此処まで酷くは無かったんだがなぁ・・・」
・
「・・・父上達は多分知らないだろうけど・・・、姉上は昔から何処か夢見がちというか、この世の中がお伽話か何かと勘違いをしている節があってね・・・。運命を変えるんだとか死亡フラグ?・・・とか、バッド・・・エンド?とかいうのを回避するんだとか訳の分からない事を良く呟いていたんだ。
・・・で、そんな姉上の妄想によればランドルフ公爵家というのは、将来クーデターとか他国との内通とかでこの国を奪い取るという『設定』なんだそうだ」
「馬鹿馬鹿しい」
「バッサリとした感想どうも有り難う、ファーラ。
まぁ、実際馬鹿げた話さ。先祖代々、独立不羈の精神を貴ぶランドルフ家にとっては地位や権力なんて邪魔な足枷でしかないんだから。そんな事するくらいだったら国を捨ててどこか遠くへ旅に出る方を選ぶ連中だ。
ぶっちゃけ、公爵やってるのは単に王家に対する義理だけっていう、律儀か身も蓋も無いのか良く分からん理由だけなんだよね。
・・・・・・そのことを何回説明しても分かんないんだよなぁ、あの馬鹿姉」
・
「・・・・・・・・・・・・陛下・・・」
「・・・妃よ。私たちに娘は居なかった。そう言う事にしとこう。
・・・っていうか、そう思わないとやってらんねぇよ。国家的にも個人的にもな意味で」
「・・・・・・ですね・・・。
それにしても・・・、どうしてあの娘だけ、あぁなっちゃったんでしょうね・・・。
同じように育てた筈なのに・・・・・・」
「言うな・・・。言わんでくれ・・・・・・」
この時、不憫過ぎる一家の様子に会場にいた全員(一名除く)が生暖かい同情を抱いた結果、この国の内外にほんのちょっぴり発展と安定がもたらされたとか。まぁ、それは後の話。
しかし。
「なんでよおぉぉッ! ちょっとなんでよおおぉぉォォッッ!!
カーティスッ! なんでそんなヤツと仲良くしてんのようっッ!!」
素敵な程に空気が読めない王女様は、ヒステリックにウェインとカーティスを指差し、罵っていた。
まぁ、彼女の立場では罵りたくなるのも無理は無いが、生憎と目の前の二人には通じない。至極あっさりと反論した。
「そりゃあ、学院では先輩後輩ですし」
「コイツがキチガイを俺にどうにかしてくれと華麗なるジャンピング土下座で頼み込んできたのが付き合いの始まりでな。今では義兄弟の盃を交わした仲だ」
ジャンピング土下座って。盃って。
「はああああああああああぁぁっっッ!!!!????」
堂々と肩を組んで仲の良さをアピールする二人に王女の頭はさらに混乱した。
「カーティスッ! 貴方、私の事が嫌いだったのッ!?」
「・・・あのですねぇ。人の話は聞こうとしないし、こちらの都合もお構いなし。
王家の身分を笠に着ての無理無茶無神経な要求の数々。
逃げても隠れても追い掛けて来るストーカー気質。
婚約者の居る身で在りながら、他の男に尻を振るような恥知らず。
こんな最低な人を好きになれる訳が無いでしょう。
(小声で→)・・・・・・大体、胸のちっせぇ女は趣味じゃ無ぇし」
ここぞとばかりにカーティスが王女に対する不満を洗いざらいぶちまける。
ところで、最後の方でチラッと本音が漏れたよね、カーティス君?
「ひ、酷いッ!貴方が私の事をそんな風に思っていたなんてッ!!」
「自業自得だ、アホ。
恋愛ってのは言い換えればキャッチボールみたいなもんだ。相手に受け止めてもらえなきゃ、どんなに思いを投げ付けたってデッドボールにしかならんわ。
それでなくても、身分差が有り過ぎてコミュニケーションを取るのが非常に困難な事くらい、普通は馬鹿でも分かるぞ。
せめて友達から始めて少しづつ好感度を上げていけば、一パーセントくらいの可能性はあったろうが・・・。
まぁ、お前の性格と体型を考えればコンマ以下の確率だって怪しいけどな。
・・・まったく、それにしても万年貧尻の馬鹿娘だとは思ってたが・・・此処までとはな」
徹底的なまでのウェインの駄目出し。ってかウェイン、お前は変な造語を創るな。
ワナワナと怒りと屈辱と混乱に震える王女を余所に、少年二人は勝手に話を進めていく。
「それはそうと先輩。実はこの状況って・・・」
「うむ」
「「チャンスだな(ですね)」」
考える事は一緒。となれば話は早い。後は実行あるのみである。
二人は同時に王女に顔を向けると満面の笑みで言い放った。
「「婚約破棄、喜んで了承致します!!」」
「え、・・・・・・えええええぇぇぇえええエエエェェェッッ!!??」
混乱の極みに達した王女は珍妙な雄叫びにも似た悲鳴を上げた。
一方、周囲の人間達は割と納得はしていた。
よっぽど婚約が嫌だったのか。婚約破棄を喜ぶ程、嫌だったんか。ドサクサに紛れてカーティスまで一緒に破棄しちゃう程に王女が嫌いだったんか。といった感じで。
そんな周囲に二人は完膚なきまでに頓着しない。むしろ更なる追撃を掛ける。
「陛下。この度の失態は、ひとえに王女殿下の婚約者の器では無かった私の不徳に依るものであります。
よって、この件の責任を取り私は公爵位の継承権を放棄。次男のレオナルドに次期公爵の座を譲る事と致します」
この発言に周囲は騒然となったが、続くカーティスの台詞に周囲の騒然は、唖然と呆然に置き換わって行く事となった。
「陛下。此度の一件については王女殿下の暴走に対して何も言えなかった私自身にこそ、最も重い責任があります。
よって、私も男爵位の継承権を放棄する事に致します。ただ私には妹しかおりませんので、婿養子を取る事となります。
・・・ついては、我が妹シャルローネの婿に此方のウェイン殿を迎える許可を戴けないかと」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!????」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
後に、ある人物は言った。この瞬間、会場の出席者全員の眼が点になった、と。
なんじゃそりゃあぁぁっっ!? としか他に言い様が無いのは確かだった。
そんな会場の空気を一切読む事を(意図的に)無視して、二人はどんどん勝手に話を進めていく。
「おいおい。俺にシャルを娶れってのか?」
「御不満ですか?」
「いや、あの素晴らしいヒップラインを堂々と拝む事が出来るのなら、これに勝る喜びは無い」
「この尻スキーは・・・・・・。僕が丹精込めて育てた胸は無視ですか、この野郎」
「馬鹿野郎っ、俺はお尻を貴んでいるだけであって、オッパイを否定している訳じゃねぇ・・・って、ちょっと待てい! 育てたってナンだ。つーか、あのGカップはお前の仕業だったんかっ!?」
「ええ、そうですよ。日々の健康管理、食生活のコントロール、プロポーションを維持するためのトレーニングに、メイド達を巻き込んでやらせた胸の発育に効くマッサージの数々。・・・特に東方の伝説にある出産と育児の守護女神が好んで食べる果実『ザクロ』は胸の発育に大きな効果を発揮してくれました。
ちなみにこれまでの研究データは、後日出版する予定です」
『出版』という言葉に会場の人間達は目の色を変えた。特に女性陣の喰い付きは凄かった。
・・・・・・・・・・・・結構深刻な悩みであったらしい。
「それ人体実験って言わねぇ!? お前、『国際貧乳保護連盟』の連中にぶっ殺されっぞ?」
無ぇよ、そんな団体、と誰もが思った。
「ふっ、あんな変態テロリスト共に後れを取る僕ではありませんよ。そんな事より、婿入りは御不満で?」
あったんかい!! ってかテロリストだったんかい!!! と誰もが呆れた。
「それに関しては問題無い。・・・それよりお前はどうするんだ?」
「僕ですか? ・・・僕はこれを機に家を出て冒険者になります。そしてベルナデットに交際を申し込みます」
「ベルナデットって・・・・・・、この前会ったお前の幼馴染みだっていうD・Q・Bのシスターか? ・・・アレ? ってか、お前らって付き合ってたんじゃなかったの?」
また変な造語を創ってやがるよ、この男。
「いやー、それがベルの奴『私は貴族になんか、なる気は無いの! 私が欲しけりゃ身分を捨てて身一つで来なさいッ!!』なぁんて言って付き合ってくれなかったんですよ。
でも、貴族でなくなった以上は遠慮も容赦もいりません。これで堂々と彼女を孕ませられるってもんですよ」
「おっとこまえだねぇ・・・・・・・・・」
どっちが、とは敢えて聞く者はいなかった。
・・・訂正。ツッコむ者はいた。違う方向を突き進む王女が。
「幼馴染みですってええぇぇぇッ! なによそれ、何なのよソレはぁぁァァッ!!
知らないっ、そんな『設定』、私知らないっっ!!! 聞いた事も無いっッ!!!!
そんなシナリオ、私は認めないッ!!!!! 認めるもんですかあぁぁァァァッッ!!!!!!」
半狂乱になって叫ぶ王女は気付かない。最早この会場にいる全員が無言の内に
『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『あ、こりゃもうダメだ。見捨てよ』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』
満場一致で理解する努力を放棄した事を。
「なぁ、カーティス。設定ってなんだ。シナリオってどういう意味だ」
「先輩。理解しようとするだけ無駄です。所詮は戯言です。
僕達が注視するべきは唯一つ。・・・・・・陛下がこの一件をどのように裁決なさるのか、です」
ウェインの質問にカーティスは肩を竦めて答えると、静かに玉座に座ってこちらを見据える国王に視線を向けた。・・・・・・内心『やっべー、ちょーーーっとやり過ぎちゃったかな?』と焦ってたりするのは内緒である。
ウェインも若干顔を引き攣らせると、その場でカーティスと共に跪き国王の裁可を仰ぐ事にした。
国王陛下はしばらく無言だったが、それは爆発寸前になるまでこめかみがピシピシいっていたからである。ちなみに王妃と王子達も同様である。
まぁ、当然である。本来第一王子の立太子と婚約披露のパーティだった筈が、こんな馬鹿馬鹿しい騒動の所為でひっちゃかめっちゃかになってしまったのだ。怒らない方がどうかしている。
落ち着け、落ち着け。深く、長く深呼吸。
とにかく、この事態を納めなくては。冷静に、冷静になれ。・・・・・・よし、落ち着いた(多分)。
未だに玉座の肘掛を掴む手がプルプルと震えてはいるが、なんとか冷静さを保った国王が口を開こうとした瞬間、
「ふざけるんじゃないわよッ!! よくも私を此処まで虚仮にしてくれたわねッッ!!! 許さないっ、絶っっっ対許さないんだからっッ!!!!」
恐ろしい程最悪のタイミングで邪魔をしやがった王女に対して、国王の中の『ナニか』が決定的に『切れた』。
「そこの騎士ッ!! この二人を捕らえ・・・」
「その痴れ者を捕らえろぉォッ!!! 沙汰を出すまで北の塔に放り込んでおけぇェッ!!!! 絶対に外に出すなぁァァッッ!!!!!」
「「御意ッ!!」」
国王の怒声と殆ど同時に二人の騎士が即座に王女を捕縛する。・・・どうやらタイミングを計っていたらしい。
「な、何をするのッ! 放しなさいッ!! 放しなさいッ!!! ・・・・・・クッ、お父様ッ! 何故ッ、何故私を・・・・・・ッ!!」
(本人的には)突然の捕縛に王女は驚き、父である国王に助けを求めても返って来たのはただ侮蔑に満ちたまなざしと命令だった。
「五月蠅いッ! さっさと黙らせろ!!」
「御意ッ!」
これまた『出』のタイミングを計っていた他の騎士が猿轡を噛ませて口を封じた。・・・若干嬉しそう表情だった事には(表向き)誰も文句は言わなかった。
その間に、さらに他の騎士がカーペットを持ってきて手早く簀巻きにすると、完璧に荷物扱いで抱え上げて会場を去っていった。
ちなみに『北の塔』とは王族・高位貴族の犯罪者を幽閉する為に使われる専用の牢獄である。此処に入れられた人間の辿る道は二つのみ。
死刑、或いは修道院(という名の監獄)に生涯幽閉のどちらかである。
「無惨だなぁ・・・・・・」
「・・・ですね・・・」
馬鹿とは分かっていたけれど、それでも一国の王女である事は間違いなくて。
それがここまで酷い扱いを受けるとは、さすがに想像していなかった。
どれだけ国王にとって腹に据えかねる行いであったのかが窺える。
「さて、そこの二人」
「「!? はいッ!!」」
むっちゃ底冷えする声に思わず引き攣った声で返事をしてしまう二人。 そんな彼らに国王は若干の呆れを滲ませて言葉を続けた。
「本来此処まで場を引っ掻き回した以上、その方等にも罰を下すべきなのだろうが・・・・・・アレと違ってそなた等は罪を認め爵位の返上を願い出ておる故、今回は不問とする」
その言葉にほんの一瞬顔が弛む二人。
「但しッ! 罰は与えぬが、ある程度の制限は与えるッ!
まず、ウェイン・ランドルフッ!!」
「はっ!」
「そなたのベイル男爵家への婿入り及び男爵家の相続を認める。その代わりに学院卒業後から五年間『バルバトス城塞』に勤務する事を命ずる!」
その一言に会場内が一気にざわついた。
何故なら、『バルバトス城塞』とは王国の端に存在する秘境『魔窟の森』から溢れ出る魔獣達の侵入を阻む為に存在する、正真正銘の最前線。
当然ながら死傷者の数は半端では無く、人員の入れ替わりも激しく任期も最長で二年と短い。人員の不足を補う為に冒険者を雇う事も日常的に行われている。
それが五年。厳しすぎると誰もが思った。
しかし。
ウェインにとっては『ラッキー❤』でしかなかった。
というのも、ウェインの婿入り先のベイル男爵家領は城塞から歩いても二日、馬なら半日弱、強化魔法で走ってしまえば(ウェインの場合)三時間程度で着いてしまうほど近いのである。
しかも、ウェインは度々カーティスと一緒に『魔窟の森』に入って小遣い稼ぎの魔獣狩りを行っている為、そこらの騎士達よりも戦闘に慣れていたりする。
よって、普通の騎士たちにしてみれば地獄の単身赴任でしかないこの命令も、ウェインにとっては厳しくも楽しい、しかも勤務時間が終われば美人の奥さんに癒される事が簡単に出来る素敵な職場でしか無かったりする。
「次に、カーティス・ベイル!!」
「はっ!」
「その方は今日より二年の間この国への入国を禁じる! 加えて三年の間は王都に足を踏み入れる事を禁じるっ!!」
これまた厳しい命令だったが、カーティスにとってもこの命令は『無問題♪』だった。
彼にしてみれば暫くの間はほとぼりを冷ます為に国外で冒険者家業をする予定であったし、王都に至っては死ぬまで足を踏み入れる気は無かった。
実家は国境の近くにあるので、カーティスが余程遠い国まで足を延ばさない限り連絡を取るのも難しくは無い。何一つ心配は要らなかった。
「承知致しました!」
「それでは双方下がれ。・・・・・・皆の者、宴の続きを」
こうして、嵐は去った。
男達は晴れやかな顔で旅立っていった。
一人取り残された女は、涙に濡れた。
「なんでこうなるのよおぉぉぉォォォッッ!!!!!!!!!
「「「「「「「「「「「「「「「自業自得だ、バーーカッ」」」」」」」」」」」」」」」
そして、世間の風は冷たかった。
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この一件に関する記録はここまでである。
ここからは、この一件に関わった者達のその後を記しておく。
ウェイン・ランドルフ。
彼は学院卒業後に公爵家を出て、即座にシャルローネと結婚してベイル男爵家に婿入り。
バルバトス城塞付きの騎士として赴任する。
しかし、彼の任期は五年では済まなかった。
というのも、ウェインの戦闘能力は城塞内の全騎士達を圧倒する程の凄腕であり、また部隊の指揮能力・後輩騎士達への教導・事務能力といった分野にも秀でていていた為に、簡単に異動させる事が出来なかったのである。
・・・というのは表向きの理由で、実際の所、ウェインは勤務時間が終了する度に文字通り実家へ『飛んで』帰り、戻ってくれば実にやり遂げた顔で城塞内を歩き回っていた為に、先輩騎士達の怒りを買いまくり、様々な理由を付けられて、本来五年の任期が伸びに伸びてしまったのが原因である。
とはいえ、それがウェインにとって何かしら不利になったという訳では無く、むしろ武功は上がり、領地は増え、最終的にベイル家はバルバトス城塞をも手中に収めた辺境伯家にまで出世してしまったのだから、本人にしてみれば笑いが止まらなかったのかもしれない。
家庭内に於いてはシャルローネとの間に三男二女を儲け、愛妻家の見本としても名を遺した。
子供達もまた後世に名を遺す功績・騒動の類を後々引き起こす事になるのだが、それは別の話。
カーティス・ベイル。
彼は事件の直後に『貴族で無ければ通う価値無し』と学院を中退。
その足で教会のベルナデットの元に向かい、『言われた通りに貴族は辞めて来たぞ! 結婚しろぉォッ!!』と脅迫にしか聞こえない告白を行い、問答無用で結婚。隣国を拠点に冒険者稼業を開始する。
冒険者としてのカーティスについては割愛するが、結論として彼は最高の『SSS』ランクを史上最短の一年二ヶ月で昇り詰めるという偉業を成し遂げ、『世界最速の男』と呼ばれた事を記しておく。
もっとも、カーティスの場合は世界各国で行った『布胸活動』によって、多くの女性達から『愛の伝道師』と呼ばれる事になった方が有名であったが。
妻ベルナデットとは二男四女を儲け、冒険者を引退して後は冒険者ギルドの総ギルドマスターに就任。後進の育成に力を注いだ。
最後に、エカテリーナ・フォン・ローエングリン。
彼女については不明な点が多い。
というのも、彼女は北の塔に幽閉されてから、戸籍の末梢・修道院への移送に伴う手続きを行っている間に忽然と姿を消してしまったからである。以後の消息は完全に不明。表向きは病死扱いとされている。
しかし。
この事件から暫くして奇妙な噂が語られるようになる。
世界各国で起きる数々の凶悪犯罪。
その裏で暗躍する謎の組織の影。
詳細は一切不明。
ただ、組織の指導者が『絶壁の魔女』・『断崖を背負う者』と呼ばれているという・・・・・・。
この人物が彼女であるのかは分からない。だが、ウェイン・カーティス両氏がこの人物の事になると、決まって苦虫を噛み潰した様な表情になっていたという話を合わせて考えてみると・・・・・・。
もしかしたら、思った以上に逞しい女性であったのかもしれない。
完
お読み頂き有難うございました。