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陶芸家

作者: ポンポコ

 ガシャン!工房の片隅で、陶器割れる甲高い音が響き続けていた。男が次から次へと器を頭高く掲げては、地面に投げ粉々にしていた。割られた陶器は全て男は作ったものである。男は陶芸家を目指していたが、技術は発達途上で未熟であった。会社を退職してこの道に入って10年ばかりが立っているが、未だ自身で満足できる出来の作品はできた試しはなく、これまで世間に認められたこともない。気に入らない出来の作品を作っては、壊すのが常であった。


 また、駄目だったなと男は思った。形は良かったと思って焼いてみたが、また壊す羽目になった。もう一つの窯の方はどうだろうかと考えながらも、とりあえずはこの窯のは全部叩き壊すつもりで、割り続けていた。こんなことを繰り返しているのものだから、男の収入の大部分は陶芸家としてものではない。幸か不幸か彼の両親が死んで残した幾つかの不動産収入が、親方から独立して大成していない男に、土だけを相手にする生活を可能にさせていた。


 もっとも近頃は長年の苦労が少しばかり報われたのか、多少は作品の質が上がってきていた。もっとも男を満足させるほどではない。作品の質が上がると同時に、不出来も見抜く目も良くなっていたのは不幸だった。不出来な作品を見逃さなくなったおかげで、男はますます作品を壊すことが多くなっていた。



 せっかくの作品を壊すのはもったいない。一級品でなくても作品なのだから、わざわざ全部壊さなくても。男は元妻によくそう言われたものだった。男も陶芸家を目指す前は同意見だったが、今では違う。芸術家の端くれとして、無様な作品が自分のものとして、世に残るのは耐え難い苦痛なのだった。不出来な作品を壊して壊して、壊し続けてやってきた結果、男は碌に作品も世に出せず、不労所得で生活する自称陶芸家になっていた。

 

 そのような有りさまだから、男の妻子はとうの昔に、愛想が尽きて出ていってしまった。出ていくとき元妻は暴れたものだった。工房にある男の作品という作品を割って回ったのだった。

「こんな物しか作れないから」

元妻はそう絶叫していた。生前は何かと不仲だった義両親が残した遺産で、家族をなんとか養う生活は自立心の強い彼女の心を酷く傷つけていたらしい。


 破壊を免れた、ただ1つの例外が、元妻に送った花瓶だけだった。不出来であるが独立して初めて作品を作ったときのものだった。子供が泣きながら、母親がそれまで壊さないよう、守るように抱えていたため助かったのだ。さすがに男もそのときは事態の深刻さとともに、眼前の光景に家族愛に類するものを認めたものだった。ただし、内心ではそれらよりもはるかに強い感情をいだいていた。よりによって未熟な時期の作品だけが残されたことを、強く憎悪していたのだった。元妻の選択は間違いではなかった。



 壊れなかった花瓶が割られる機会は、その後訪れなかった。そんなものはいらない、置いて行けと、妻は子供にいったが、子供は頑固として受け入れなかった。

「私が使うの」

花瓶を大切にする子供の姿は、男には複雑なものであった。かつて元妻はそういって、不出来な花瓶を壊そうとする男からその花瓶を守ったからだ。結局渋々、元妻は子供の主張を了承し、別れた妻子が持っていくことになった。最後にはあれほど、嫌がった妻がなぜか丁寧に梱包して持っていった。あの不出来な花瓶が壊されることは恐らく一生無いことと、かつての家族にあったはずの愛情を、独りとなった男は悟ったのだった。


 男の脳裏には今でも、あの花瓶が強く浮かんでいた。元家族への愛情と同じくらい、あの花瓶が壊れて欲しいと今でも心の底から望んでいた。人生を掛けた自分の作品を大事にしてくれることには、どれほど感謝を捧げても足りないと思ったが、その対象が不出来と自身で断じたものである事実が男を苦しめていた。感謝と恥辱の混沌が男を支配していた。元妻と子供にとっては、陶芸家としての男とあの不出来な花瓶がイコールである事実が、男には許容できなかった。


 負の感情をエネルギーに独りとなった男は、ますます作品作りに打ち込んだ。以前と同じく幾多の品を割り続ける日々が続いた。男が割る際の力加減もますます強くなっていた。割った作品が瓦礫の山のように積み重なり、廃棄場所にも困るようになったころ、男は陶芸について何かをつかみかていた。


 一通り叩き壊した後、残していたもう一つの窯から作品を取り出す。新たに焼き終わった炉から取り出した作品は、会心の出来であった。少なくとも、全部叩き壊すことはだけは有り得ないと、男は確信した。作品は花瓶がほとんどだった。


 ざっと見て一つだけ、目が止まるものがある。花瓶であった。思わず手に取り、男は歓喜した。ガシャンと、あの思い出の花瓶が、とうとう壊れた幻聴が聞こえた。



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