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猫猫奇聞

作者: 森_蛙_夢路

この話は、まだ俺が田舎町の古い一軒家に身を寄せていた頃の話である。

俺に食事を運んできてくれるのは、この家の子供で、もやしのように、か細い少年だ。

まだ幼いので、原っぱでは年長の子供の下で遊んでもらっている。

そして、家族の話を聞いていると、どうも成績も芳しくないようだった。

少年はカズちゃんと呼ばれたり、怒気を込めて、母親がカズオッと呼ばれていることもある。

ああ、また何かやらかしたんだと思うが、それが結果的に俺の食事に反映するのが辛い所だ。

カズオがこっ酷く叱られ尻を叩かれたりすると、カズオは泣き寝入りをする。

その晩は夕飯を自前で調達しなければならなくなるのだ。

そういう時は決まって、八ちゃんの所に顔を出すことにしている。

八ちゃんは近所の八幡様を塒にしている若いメス猫である。

事情通で、いろいろと食事処も教えてくれる。

猫の割には物知りで通っているのだが、俺よりは一段下だと内心思っている。

向こうは自分の方が一枚上だと思っているようだが。


その日も、外から帰ってくる頃には真っ暗になっていた。

こっそりと裏庭に入った時、家の中からダミ声と子供の悲鳴が上がった。

「猫だあー」

「うわあー」

バタンと木の扉が開いた音がして、荒く走る足音が聞こえてきた。

俺もビックリして総毛立った。

そして、思い至った。

『ああ、また始まった』

この親父はタチが悪いのだ。

親父は子供が便所に入った頃を見計らって驚かすのだ。

この家の便所は母屋の外れで裏庭に面した所にある。

裏庭の奥は木工所で夜間は無人で人気もない。

裏庭は人間には真っ暗で、それだけでも子供には怖いのだろう。

それを気にしながら離れの便所の扉を開ける。

中は裸電球が一つあるだけで、汲み取り式だ。

だから、夜はあまり行かないようだ。

それでも仕方ない時はこっそりと便所に行く。

そこを親父に気づかれ、我が子を驚かすのだ。

そういう悪戯を親父は時々やるのだ。

全く情けない奴だと猫でも思う。


それから数ヶ月が過ぎた夏のある日。

夕立が去って、すっきりした夕暮れ時のことだ。

俺はいつもの見回りをして、田圃の畦道を横切ろうとした。

畦道の電信柱の傘のついた裸電球はぬかるんだ道をポツンと照らしていた。

その時、暗闇の中から自転車をキコキコ言わせながら、誰かが近づいてきた。

嫌な匂いがしてきた。

電球の下を通った時、カズオの親父の横顔が見えた。

『ああ、あいつか』と思うと胸糞が悪くなってきたが、俺には親父に意見をする事もできない。

ニャアニャア泣くしかないのだ。

これは猫に生まれた宿命であると思う。

それで上目遣いに親父の自転車を見送る。

親父は俺には気付きもしない。

ところが、通り過ぎて少し行った所で急に自転車の止まる音が聞こえた。

どうしたのかと見ると、親父が自転車を降りた。

そして、辺りをキョロキョロ見てから、ズボンの社会の窓を開け始めた。

その時、一計が閃いた。

俺は親父の後ろにそろっと近づいて行った。

親父は気持ちよさそうに小便を田圃に向かってしている。

俺は『イマダ』と後ろから、親父の背中に飛びついた。

背中に爪を立てると共に大声でニャアゴと鳴き叫んだ。

その瞬間、親父は悲鳴とも付かない声を上げて、前によろめいた。

俺は親父の背中を後ろ足で思い切り蹴った。

その反動か恐怖か親父は田圃に突っ込んでいった。

ドボンともブスッともいうような音が後ろで聞こえた。

俺は後も見ずに、その場を離れた。

『これでいいのだ』と思った。


それから、二時間ほどして家に戻った。

家に入ろうとした時、物陰から八っちゃんが顔を出した。

八ちゃんはカズオの家では大変な騒ぎになっているわよと嬉しそうに教えてくれた。

家に入ってみると、強い匂いが漂っていた。

八ちゃんと一緒に匂いの元に向かっていくと、玄関の土間で親父が何事かを警官に説明していた。警官は顔を顰めながら、質問しているが、物取りに襲われる程の金もないし、暴行される謂れもないのだから、話が曖昧になるらしい。

要するに埒があかない。

結局、警官は大した収穫もなく、犯人を見つけたら連絡してくださいという型通りの言葉を残し早々に帰って行った。

「お父さん、臭いから、も一度体を洗ってから弁天湯に行きなさいよ」と遠くで奥さんが笑いを堪えながら叫んだ。

「ねえねえ、父ちゃん、どうしたの?」とカズオが母親に無邪気に聞いている声がした。

「落ちたんだってさ。まったくどこを見て歩いていたのかね。ハハハハッ」

母親の高笑いに親父はキッと睨んでいた。

八ちゃんの話では、なんでも親父は暴漢に襲われて、田圃の肥溜めに落ちたという事だった。

「ふん、大したことないわね」と八ちゃんが言った。

俺は俺で少し不満を感じた。

でも、少しやり過ぎたのかなとも思った。


その後、俺が傍に行き、ニャアと鳴く度に親父はビクッとする。

それからは、カズオが猫だあと驚かされる事は無くなった。


おわり


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