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八.伝説

 次の日の木曜日。

「ねえ古都里、この間言ってた山門に伝わる話についてなんだけど……」

 学校に着くと早速、古都里に逸話について訊いてみる。

「ずっと待ってる女の子がいたって聞いたんだけど、知ってる?」

 すると古都里は急にゴホゴホとむせ始めた。

「えっ、誰がそんなこと言ったの? 私、待ってなんかいないよ。うん、ホント」

 たらりと脂汗も流している。

 いやいや、古都里のことを聞いてるんじゃないんだけど……。

 わけがわからず僕は困惑する。

「古都里のことじゃなくて、昔話的にあの山門でずっと待ってる女の子がいたかどうか教えてくれって言ってるんだよ」

「へっ……?」

 一瞬で素に戻った古都里は恥ずかしそうに下を向いていたが、しばらくするとゴホンと咳払いして神妙な面持ちで僕のことを見る。そして、落ち着いた口調で語り始めた。

「あの山門に伝わる話で私が知ってるのは、駆け落ちしようとして失敗した男女の話なんだけど……」

 時は江戸時代。

 言者山藩の重臣の長男と町娘が恋に落ちたという。

 藩にとどまっているうちは、二人は決して結ばれることはない。

 若者は『脱藩して城を出るから一緒に駆け落ちしよう』と町娘を誘う。

「それは、この地方にとっては珍しく雪の降る夜だった。二人は城の丑寅門で落ち合う約束をしたの。しかし待てども待てども若者はやって来ない……」

 僕は思わずアルさんの言葉を思い出した。


『ずっと待っている女の子が見えるわ。好きで好きでたまらない男の人をじっと独りで待ってるの』


 きっとこのことだったんだ。アルさんが見た、いや体験した光景というのは。

「それで二人はどうなったの?」

 僕は思わず身を乗り出す。

「結局、若者は姿を現さなかった。どうやら直前に周囲の人達に説得されて、脱藩を思い留まったという話なの。そして翌朝、門の前で雪をかぶったまま冷たくなった町娘が発見された」

「そんな……」

 なんて悲しい話なんだろう。

 きっとその町娘が幽霊になって、今でも愛しい人を待ち続けているに違いない。

 語呂合わせが『梨花ちゃん焦って下駄履いた』に変わっていたのは、江戸時代だったからなんだ。

 でも、その幽霊を成仏させてあげるには、若者の霊を連れて来るしか方法がないじゃないか。

 僕が進む先には、とてつもない苦難が待ち受けているような気がした。

「ようやく新治も、この宿場町の歴史に興味を持ってくれたのね」

「えっ?」

 アルさんのことを考えていた僕は、古都里の予想外の言葉にドキリとする。

 小学校の頃、この町に引っ越して来た時から薄暗い宿場町が嫌いだった。だから町の歴史に興味が湧くことは無かったし、古都里と一緒の時も話題として触れないようにしていた。

「そんなんじゃないよ」

「だったらなんで?」

 毎晩のように美人の幽霊に会ってるから。

 なんてことを、さすがに言うわけにはいかない。

「まあ、受験の面接でこの町について訊かれた時、ちゃんと答えられるようにしておきたいと思ってね」

 ふと思いついた言い訳をする。

 我ながら上手い口実だと思った。受験を絡めた理由にしておけば、深く考えずに納得してくれるに違いない。

 しかしその考えは甘かった。

「やっぱり新治は、卒業したらこの町を出て行くの?」

 上目づかいで僕に尋ねる古都里。

 古都里自身がこの町のこと大好きだからって、幼馴染みにまでそれを強要することはないんじゃない?

 そりゃ、由緒ある蕎麦屋の一人娘でこの町から出してもらえないのは気の毒だと思うけど、僕には僕の人生がある。

 だから、とうとう彼女に言ってしまった。

「ああ、出て行くよ。薄暗くて古臭いこの宿場町があんまり好きじゃないんだ」

 僕の答えを聞いて、古都里は驚いたように目を見開く。そして顔を伏せたかと思うと、僕から視線を外したままゆっくりと立ち上がり小走りで教室から出て行った。

 ゴメン古都里。泣かせてしまったのかもしれない……。

 古都里には話したことはないけど、薄暗い町が好きじゃない理由は他にもあるんだ。いつかはちゃんと話そうと思ってるけど。

 郷土愛あふれる彼女にとって、町を傷つけるような僕の言葉は心をえぐる鋭さを持っていたんじゃないかと、授業中僕は自分の発言をずっと後悔していた。

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