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七.宇宙人

 帰り道は、二日ぶりに単語帳で勉強することにした。

 明後日の金曜日には、答えを書いて古都里に渡さなくてはいけない。

 一昨日は『変な姉ちゃん』で止まってしまったが、単語帳の中身はまだまだ沢山ある。

 僕は最初の街灯に辿り着くと、また変なことが書いてあるんじゃないかとドキドキしながら単語帳をめくった。


『一番怖い条約』


 おおっ、今度はまともな感じだぞ。

「どれどれ? 一番怖いって言われてる条約ってなんだろう?」

 と考え始めて、僕はあることを思い出す。

「違う違う、そんな解き方じゃダメだ。今回は語呂合わせだったじゃないか」

 それなら、まともに解いても無駄なはず。

 僕はセルフ突っ込みを入れながら、頭の中を語呂合わせモードに切り替えた。

「どこまでが語呂合わせか分からないが、とりあえず最初の方を変換すると……」

 僕の頭の中で、『一番怖い』がカチカチと数字に変換されていく。

イチバン……かな?」

 一八五八一。五ケタだ。

「これって回文?」

 いやいや、そんなことは無いだろう。

「もしかすると、最初の四ケタが年号なのかな……?」

 一八五八。これはなんだか年号っぽい。

 もしこれが年号だとすると、明治維新くらいだ。

 その頃調印した条約といえば……日米修好通商条約か?

「あははは、確かに一番怖い条約かも」

 なんだか解けたような気もするが、あとで確認する必要はありそうだ。

 久しぶりに満足した気持ちで街灯間を歩く。

 次の街灯に辿り着くと、今度も解くぞと気合を入れて単語帳をめくった。


『リカちゃん焦ってゲロ吐いた』


 だからこんな語呂合わせって受験で役立つのかよっ!?

 試験会場で笑ってしまって逆効果なんじゃないの。って、答えは全然わからないけど。

 やっぱり数字の語呂合わせ?

 でも『リカちゃん』は数字に変換できそうもないし……。

「あー、やめた、やめた」

 僕は早々に思考を停止する。

 いくら考えても答えを思いつきそうにないし、こんな変な語呂合わせだったらネットで検索すればすぐに出て来そうな気もする。それなら考えるだけ無駄だ。

「今日も夜空が綺麗だな……」

 宙を見上げながら街灯間を歩く。

 今にも星が降るような綺麗な夜空に、ゲロを吐くリカちゃんの姿が重なった。

「ええい、すぐにでも検索してやる!」

 次の街灯に着くと僕はスマホを取り出し、歩きながらはまずいと思いながら街灯間で答えを見る。

「なになに……火山岩と深成岩の覚え方だって?」

 なんでも、流紋岩花崗岩カちゃん安山岩閃緑岩せって玄武岩ゲロはいたレイ岩を覚えるための語呂合わせなんだそうな。

「そんなの分かるわけねえよっ!」

 発狂したくなるような気持ちをぐっと抑えてくれたのは、耳元に掛けられた可愛らしいアルさんの声だった。


「懐かしいですね、私の時は『梨花ちゃん焦って下駄履いた』でしたけど」

 ウソだろ?

 これってそんなにメジャーな語呂合わせなのか?

 さっきは軽くキレそうになったけど、アルさんも同じ語呂合わせで学んでいたことを知って、なんだか好きになれそうな予感がした。

「アルさんに教えてほしいんですけど、この語呂合わせって受験が終わってからは使うことなんて無いですよね?」

 僕は以前から疑問に思っていた。

 受験のために覚える難しい熟語や公式って、高校を卒業してからも使うことがあるのだろうか? と。

 十八歳のアルさんには難しい問いかもしれないけど、それならばただの愚痴として聞いてもらいたかった。

「それなんだけどね、意外とそうでもないのよ」

 ええっ? そうなの?

 アルさんから文字通り意外な答えが返って来る。

 ということは、将来この語呂合わせを使う時がやって来るのか?

「もし新治クンが海水浴に行くとするよね。その時、白い砂の海岸と黒い砂の海岸、どっちがいい?」

 そりゃ、泳いでいて爽やかな方がいいに決まってる。

「もちろん白い砂浜ですよ」

「そうよね。女の子も白い砂浜が大好きなの。だったら、好きな子をビーチにエスコートする時、黒い『ゲロ吐いた』海岸よりも、白い『リカちゃん』海岸に連れて行ってあげた方がいいと思わない?」

 うほっ、この語呂合わせって、そんな風に使うのか。

 ていうか、ゲロ吐いた海岸なんて音感的にも行きたくないけど。

「へえ、勉強になりました」

 もしかしたらアルさんって結構博学なのかもしれない。

 だったら、すぐ横にある山門についても何か知ってるかも。

「そういえばアルさん、目の前にあるこの山門って昔はお城の門だったってこと知ってました?」

「そりゃ、知ってるわよ。だって私、ずっとここに居るんだもん。この山門はね、言者山城の丑寅門だったの」

 さすがは地縛霊。

 やっぱりアルさんは、この門から離れることができないのだろう。

「この門には、いろいろな逸話があるって聞いたことがあるんですけど」

 その話がわかれば、アルさんがどんな理由で幽霊になったのかがわかるかもしれない。

 理由がわかれば、成仏させてあげることも可能なんじゃないだろうか。

「うーん、私もそこまでは知らないわ。丑寅門ってね、お城の鬼門にあたる方角なの。だから、いろいろなお祓いが行われていたっていう話は知ってるけど」

 おおお、呪術が関係しているのか。

 もしそうならば僕の手には負えなくなる。呪いが山門に残留していたら、僕も憑りつかれるかもしれない。

 手に汗を握りながら、僕は自分の推理を展開する。

「もしかしてアルさんは、鬼払いの呪術が失敗して命を落としてしまった巫女さんだったとか?」

「へっ?」

 アルさんは目をパチクリさせた。

「あははは、中二病全開で何言ってんのよ新治クン。私は宇宙人だって言ってるじゃない」

 いや、そっちの方が中二病っぽいんですけど……。

 自分も相当恥ずかしいことを言ってしまったと照れながらアルさんの顔を見ると、彼女はぶうっと頬をふくらませていた。本気で『宇宙人』と言って欲しいらしい。

 その姿が可愛らしかったので、とりあえず宇宙人という流れで話をふってみる。

「じゃあ、宇宙から見たこの山門って、どんな感じですか?」

 この作戦はうまくいったようだ。アルさんは満足そうな顔で宙を見上げると、なにやら考え始めた。

「うーん、そうね。ずっと待っている女の子が見えるわ。好きで好きでたまらない男の人をじっと独りで待ってるの」

 そう言ってアルさんは、少し悲しげな表情を山門に向ける。

 もしかしたら、アルさんの正体はその女の子に関係しているのかもしれない。

 明日学校に行ったら、古都里にこのことを聞いてみようと僕は思った。

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