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五.山門

 その日の夕方。

 最初の街灯の下に来ると、僕は単語帳ではなくスマホを取り出す。『変な姉ちゃん』をネットで検索することを思い出したのだ。

「どれどれ?」

 文を全部入力するのが面倒臭かったので、とりあえず『変な姉ちゃん』で検索してみる。

 驚くことに、それだけで学問っぽい関連ワードがヒットした。

「んん? 『周期表十八族』とな?」

 周期表って……化学だよな。

 他にも『希ガス』って言葉が出てきたから間違いない。

「とりあえずブクマしとくか……」

 自分の受験科目にはあまり関係なさそうだが、金曜日には古都里に回答を提出しなくちゃいけない。

 僕は出てきたページをブックマークに入れておく。

「それよりもお寺の山門ってどこだろう?」

 古都里は確か、旧街道に入って百メートルくらいのところと言っていた。それならここから近いはずだ。

「あっ、あった!」

 四番目の街灯の前にそれはあった。

 簡素だが切妻様式の屋根瓦が特徴的な山門。木製の柱の両側には短い壁が連なっている。門の向こう側へは街灯の光が届かず、別世界の入口のような闇に包まれていた。

 そんな厳かな山門の佇まいを眺めていると、突然耳元に声を掛けられる。

「こんばんわ、新治クン。またお会いしましたね」

 びっくりして振り向くと、アルさんだった。昨日と同じダッフルコートに身を包んでいる。

 それにしても、またもや気配が感じられなかったぞ。

「私とキスの練習、したくなりました?」

 そんな可愛い顔で、男心を激しく揺さぶることを言わないでくれよ。

 何て返答したらいいのかわからずに困っていると、アルさんは僕の手元に視線を落とす。

「今日はめずらしく単語帳をご覧じゃないんですね?」

 そうなんですよ、今日はスマホなんです――と言おうとして、何かが僕の心に引っかかる。

 そもそも『今日はめずらしく』ってことを、なんでアルさんが知ってるんだ?

 この一ヶ月間、この場所に立つ僕は必ず単語帳を手にしていた。そのことを知っているアルさんは、ずっと僕のことを見ていたことになる。

 やっぱりアルさんは……。

 ここは勇気を出して訊いてみよう。

 僕は一つ深呼吸をした後、しどろもどろに切り出す。

「あの、その……、もしかして、アルさんは人間ではない……とか?」

 さすがに「死神では?」とは言えなかった。

 十分配慮したつもりの質問だったが、アルさんが普通の女性ならかなり失礼かもしれない。しかし彼女はニコリと笑いながら僕に言う。

「はい、そうなんです。私、宇宙人なんです」

 あへっ? 死神とか幽霊じゃなくて?

 僕は目をパチクリさせる。

 その様子が可笑しかったのだろうか。アルさんはクスクス笑いながら言葉を続ける。

「信じられませんか? だって私、この場所から離れられませんし」

 いやいやそれって完全に地球人だから。しかも地縛霊アピールだし。

「私、十八ですし」

 この際、年齢って関係ないし。というか大学生?

「質量だって三十六ですし」

 三十六キロってむちゃくちゃ軽いじゃん。

 女性にとって体重の話はタブーって言うけど、わざわざ『質量』なんて宇宙っぽく言わなくてもいいのに。

 出るところはちゃんと出てる見事なプロポーションなのに、それだけしか体重がないということは、もしかすると足が……。ということは、死神じゃなくて幽霊……?

「それに、ここの街灯は光が弱すぎて、足が見えなくなっちゃってるんです」

 やっぱり無いんだ。というか、浮いてる?

 これでアルさんの人外疑惑は確定してしまったわけだけど、怖いという気持ちがちっとも湧いてこないのは、懐かしささえ漂うアルさんのほんわかとした雰囲気によるものだろう。

 その時、僕は思い出した。街灯のLED化の計画があることを。

「アルさん、もし街灯の光が強くなるとしたら嬉しいですか?」

 するとアルさんは瞳を輝かせる。

「はい。それは大変結構なことだと思います。実は私って、足にはちょっと自信があるんです」

 足に自信があるって? 幽霊が?

 それを聞いてなんだか可笑しくなったけど、明るくなることが結構だなんて、やっぱりここの白熱電球はLEDに換えるしかない。

「実はですね、あの電球を最新型に換える計画があるらしいんです」

「えっ、あの電球を換えちゃうんですか?」

 突然アルさんの表情に陰がさしたのを僕は見逃さなかった。

 明るいのがいいって言っていたのに、換えるのはダメだなんてなぜだろう?

 不思議に思った僕は、彼女が望む方向を探ってみる。

「だって明るい方がいいんですよね?」

「ええ、まあ、そうなんですが、あの電球は換えて欲しくないなあって……」

 うーん、それってどういうことなんだろう?

 そうか、幽霊だから明る過ぎると出にくいとか、青白い光だと人間味がなくなっちゃうとか、そういうことを憂いているのかもしれない。

 アルさんも意外と古風な人なんだな。電球色のLEDがあることを知らないんだから。まあ、幽霊だから仕方がないか。

「わかりました。この街灯だけは、僕が責任を持ってこれまでと変わらないようにします。それだったらいいですよね?」

 するとアルさんの表情がぱっと明るくなった。

「お願いします、新治クンっ!」

 やっぱりアルさんの笑顔は素敵だなぁ。

 電球を交換する時、観光協会の人にお願いして、少なくともここの街灯は電球色のLEDにしてもらおう。

 そんでもって、今よりもちょっと明るめにしてもらって、アルさんを喜ばせてあげよう。

 そしたらアルさんは僕に、「ありがとう新治クン。お礼に練習じゃない本番のキスをしましょう」と言ってくれたりして。

 むふふふふ、そうなったらいいなあ……。

 僕は下心で胸を膨らませながら、アルさんと楽しいひと時を過ごした。

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