十八.エピローグ
朝起きると、父さんがめずらしく仏壇の前に座っていた。
アルゴン三十六の入った電球を母さんの位牌の横に置いて、なにやらぶつぶつと話している。
あの後、僕と古都里は、フィラメントが切れてすっかり熱を失った電球を回収し、代わりにLEDを取り付けた。そして家に帰ると、父さんに電球をそっと手渡した。
また骨董屋に売っちゃうんじゃないかと一瞬心配したが、仏壇の電球に向かって楽しそうに会話している父さんを見ていると、もう大丈夫じゃないかと思う。
僕たち親子には時間が必要だったんだ。十年という長い、長い時間が。
学校に着くと、ちょっと驚くことがあった。
「はい、これ。今週の単語帳」
古都里がいつもの宿題を持って来たのだ。
これって、昨晩のあの出来事の後で作ったのだろうか?
「新治が悪いんだから、二日間で全部解きなさいよね。これは命令だからね」
いつもの憎まれ口を添えて。
「二日間で全部って、二日分しか作ってないんだろ?」
「そんなことあるわけないじゃない。ちゃんと一週間分……じゃなかった、そうよ、二日分よ。何? 文句ある?」
逆ギレされてしまった。真っ赤な顔で。
やっぱり古都里は、日曜日にちゃんと単語帳を作ってくれていたんだ。
「サンキュー、古都里」
心の中ではもっと丁重にお礼を述べながら、僕は単語帳を受け取った。
席に着くと、パラパラと単語帳をめくってみる。
「今週のテーマはなんだろう?」
どんな内容なのか、すごく気になったからだ。
『コートジボアールが生産世界第一位の農作物は?』
『ジョセフ・フライが固形化を発明したのは西暦何年?』
『カカオマス、砂糖、ココアバター、粉乳の混合物の融点は?』
これって何だ?
教科がパラバラじゃないか。
地理? 歴史? それとも化学……?
出題の傾向が掴めずにいた僕は、問題を見ているうちに一つの単語に辿り着く。
「テーマはチョコレートか……」
今週末は二月十四日。国民的イベントが待ち構えていた。
「古都里のやつ、僕に宣戦布告するつもりだな。しかも自作の最終兵器で」
ならば受けて立とう。
「アルさん、ありがとう。大事なものに気付かせてくれて……」
春を感じさせる風に誘われて、小さな温もりが僕の胸の中に生まれていた。
了