十七.再会
やっと見つけた。
アルさんのことを。
この電球をあの街灯に取り付ければ、アルさんが姿を現してくれるに違いない。
僕は走りながら、電球をぎゅっと握りしめる。
やがて、山門の前で待っている古都里が見えてきた。
「ごめん、古都里。遅くなっちゃって」
「あまりに遅いから、打ったところが痛むんじゃないかって心配してたんだから……」
いつもだったら「遅いよ新治っ!」って言われるところなのに。
今は古都里の心遣いが嬉しい。彼女だって相当寒かっただろう。
「本当にごめん。それとアルさんだけど、やっぱりこの電球が鍵だったんだ。さあ、取り付けるから梯子を頼む」
「うん、わかった」
僕は倒れている梯子を持ち上げ、街灯に立て掛ける。梯子に足を掛けると、横で古都里がしっかり押さえてくれていた。
ヘッドライトのスイッチを入れ、ポケットの中の電球を確かめる。
――さあ、行くぞ!
気合いを入れて僕は梯子を上り始めた。
――待っててね、アルさん。今、光をあげるから。
僕はLEDを外し、『36Ar』と書かれた電球をソケットにねじこむ。
通電した瞬間、熱せられたフィラメントが光を放ち始めた。
――温かい……。
光が温かさをまとっているのは白熱電球ならではだ。
そして梯子から降りた僕を、待ち望んでいた人が迎えてくれた。
「バレちゃったね私の正体。お久しぶり、新治クン」
「会いたかったです、アルさん」
ダッフルコートに白いセーターのアルさんが、いつものように微笑んでいた。
「ねえ、新治。誰かいるの?」
古都里が梯子から手を放し、怪訝な顔で僕の隣に立つ。
「ああ。古都里も『アルさん』って呼んでごらん。きっと姿を現してくれるよ」
「えっ、私が……?」
「大丈夫だよ、幽霊なんかじゃないから」
古都里は一度下を向いて考える素振りを見せた後、意を決したように前を向く。
「アルさん……」
彼女の小さな呼びかけで、アルさんがさらに輝いたように見えた。
「はじめまして、古都里さん」
「……えっ、……あ、はじめまして……」
古都里はアルさんに向き合い、恥ずかしそうに挨拶する。
どうやら彼女にもアルさんが見えるようになったようだ。
「綺麗な人……」
アルさんのことを見つめながら、古都里はため息をもらす。
そして僕の方を見て、とんでもないことを言い出した。
「ねえ、新治はアルさんとつき合ってるの?」
「えっ?」
つき合ってる? つきあってる? ツキアッテル……?
もしかしたらキスしちゃったかもしれないんだから、つき合ってると言えるのだろうか……。
「あはははは、心配しないで古都里さん。私には実体がないの。だから新治クンとつき合うことはできないわ。だって、電球から投影されているだけなんですもの」
高らかに笑うアルさん。
アルさんの足が見えなかったのは、本当に光の弱さが原因だったんだ。
というか、そこまで否定していただかなくてもよろしいのではないでしょうか。
「でもね、温かさは伝えることができるの。試しに二人とも、掌をこちらに向けてみて」
僕達に催促しながら、アルさんはゆっくりと掌を体の前に突き出す。
僕も右手を上げて、掌をアルさんの前にかざす。古都里も左手の手袋を脱いで、同じように掌をかざした。
僕の右手の掌とアルさんの右手の掌が、古都里の左手の掌とアルさんの左手の掌が静かに合わさった。
「温かい……」
「うん、温かいね……」
目をつむってみると、本物の人間と掌を合わせているのと変わらない感覚がする。
「すごいでしょ。これって一生懸命練習したのよ。新治クンにはちょっと練習台になってもらったけどね」
練習台って……、えっ、じゃああのキスは……そういうこと?
それってなんだか悲しすぎるぅ。
「それに、私には大切な人がいたことを思い出したの」
えええっ!? そんなこと初めて聞きましたよ……。
「それにね、もし私が新治クンを好きになっても、あなたの想いには負けるわ、古都里さん」
「えっ?」
今度は古都里が目をパチクリさせる番だった。
「新治クンへの想いは日本一、いや宇宙一じゃないかしら。ずっと空から見ていた宇宙人の私が言うんだから間違いないわよ」
いや、こんなところで宇宙人アピールしなくても……。
それに空からじゃなくて、街灯からでしょ?
肝心の古都里は頬を赤らめて、妙に納得しているようだった。「よし」と無駄に気合いを入れている。
「だから、新治クンもきっと気付いてくれるはずよ」
えっ、僕?
気付いてくれるって、今あからさまに言っちゃってるじゃないですか。
それにアルさんがここに居なかった時、僕は古都里の想いに気が付いた。予期してなかったからビックリしたけど。いつか必ず、彼女の真剣な想いに答えを出さなければいけないと思う。
だから僕は思い切って宣言する。二人の視線がこちらに集中してすごく恥ずかしいけど。
「僕も好きになれるよう頑張ります。時間はかかるかもしれないけど」
「えっ、えっ……そんな……私……。うん、私も頑張る……」
顔を真っ赤にする古都里。
その様子がいじらしくて愛らしくて、こちらもさらに恥ずかしくなってしまう。だから僕は照れ隠しの言葉を吐いた。
「古都里のことじゃないよ。この宿場町を好きになれるように頑張るってことだよ」
「へっ?」
鳩が豆鉄砲を喰らったとはこのことを言うのだろう。
驚いて瞳を見開いた古都里は、その形を三角にして僕のことをポカポカと叩き始める。
「なに? 信じられない。ふざけないでよ、新治のバカっ!!」
なんでだろう? なぜだか今は、古都里の罵声が心地いい。
これで明日からも、いつもの通りの古都里と接することができそうだ。
「あははは。お似合いね二人とも。これでもう思い残すことはないわ」
「ええっ?」
それってどういうこと?
「お別れなんですか?」
古都里も疑問を口にする。
「ええ、もうすぐフィラメントが切れそうなの。そしたら私はもう姿を現すことができなくなる」
「ずっとここにいて下さいよ、アルさん」
「そうですよ。私達のことを見ていて下さい」
「あら、私はどこにも行かないわ。だって、あの電球の中にいるんだから。姿を現せなくなる、ただそれだけ……」
「アルさん……」
なぜだか涙がこぼれてくる。
確かにアルさんはどこにも行かず、あの電球の中に留まっているのだろう。これは本当のお別れではないのに、僕の心には悲しみがじわじわと溢れ始めていた。
ふと隣を見ると、古都里も泣いていた。
僕はたまらず、古都里の手を握る。
「じゃあね。二人に会えて楽しかった」
「僕もです。教えてくれた語呂合わせの答え、絶対忘れません」
「私も、想いが伝わることを絶対証明してみせます!」
「ありがとう。消えるところを見られるのは恥ずかしいから、目をつむっていてほしいな」
アルさんの最後の笑顔。
それを心に焼き付けて、僕達はゆっくりと目をつむる。
温かな風が胸の前を通り過ぎたかと思うと、まぶたの上から感じていた光が突然消えた。
空からしんしんと冷気が降りて来るのを感じながら、僕は繋いでいる古都里の手をぎゅっと握りしめた。
「消えちゃったね、アルさん」
「ああ……」
古都里の声で目を開けると、山門の前は闇に包まれていた。