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十六.真実

 僕は走る。あの白熱電球を取りに、自宅に向かって。

 肩や腰が痛かったけど、走ることはできているから大丈夫だろう。電球の交換もなんとかなりそうだ。

「ヘッドライトも忘れないようにしなくちゃ!」

 さっきはヤバかった。

 LEDを外したら真っ暗になるなんて当たり前のことなのに、すっかり忘れていた自分は本当にバカだった。

 でも今度は古都里が居る。

 梯子も固定してくれるだろうし、困った時も頼りになる。

「出て来てくれよ、アルさん」

 古都里が待っている心強さを噛みしめながら、彼女にぜひアルさんを紹介してあげたいと思った。


 家に戻ると、僕の部屋のドアが開いていた。

「父さん、何やってんの!?」

 慌てて部屋に入ると、僕の机の前で父さんが何かを手にしている。

「ごめんな、新治。ドアの隙間からこれが見えたので、つい気になって」

 父さんが手にしていたのは、『36Ar』とマジックで書かれたあの電球だった。

「これ、懐かしいなぁ。どこにあったんだ?」

「えっ!?」

 驚いた。

 山門の前にある街灯に付けられていた電球のことを、父さんが知っているなんて。

「その電球のこと、知ってるの? 父さん」

「ああ。これはな、母さんと初めて会った年に作った電球なんだ」

「ええっ?」

 僕はさらにビックリする。

 どちらも研究者だった父さんと母さん。

 二人が出会ったのは、たしか父さんが大学院生で母さんが大学生の頃と聞いている。

「母さんが亡くなってここに引っ越して来た時、想い出の品はほとんど骨董屋に売ってしまったんだけどね。きっとこれは、押し入れの隅に残ってたんだな……」

「……うん、……そう。押し入れの中で見つけたんだ」

 僕は慌てて話を合わせる。

 ていうか、この電球は骨董屋から流れてきたのかよ。

「でも父さん、その電球が想い出の品ってなんでわかるの?」

「ほら、ここに『36Ar』って書いてあるだろ? これが証拠だ」

 この記号はいったい何なんだろう?

 電球の型番?

「この記号って?」

 すると父さんの鼻息が荒くなる。

「聞いて驚くな。この電球にはな、アルゴン三十六だけが入ってるんだ。アルゴン三十六だけがな!」

 ドヤ顔で頭上に電球をかざす父さん。

 わけがわからず、僕は頭の中をハテナマークで一杯にした。

 そんな表情を見て、父さんはがっかりする。

「なんだ、わからんのか? お前ももう高校二年生だろ?」

「アルゴンってのは聞いた事があるよ。でも、それと電球ってどんな関係があるんだよ?」

「うへっ、今の高校生にはそこから説明しなくちゃいけないのか……」


 父さんの講義が始まってしまった。

 古都里が待ってるから急がなきゃと思い、なるべく話が短くなるように僕は必死で相づちを打つ。

 父さんが納得しないと電球を渡してくれそうもない。

「一般的な白熱電球には、フィラメントの昇華を抑えるためにアルゴンガスが封入されているんだ。覚え方は学校で習っただろ? 原子番号十八番。『変な姉ちゃん、ある暗がりでキスの練習』の『ある』がアルゴンだ」

 ええっ!!???

 僕は雷に打たれたような衝撃を受ける。

 そ、それって……古都里に渡された単語帳にあった語呂合わせじゃないか!?

 まさかそれが、父さんの口から出てくるとは思わなかった。

「地球上のアルゴンには質量数四◯と質量数三十六のものがあって、特にアルゴン三十六がすごいんだ。なんていったって、地球ができる前から宇宙に存在していたアルゴンなんだからね」

 ええっ、宇宙のアルゴンだって!??

 それに質量が三十六って言ってなかったっけ?

 その時突然、アルさんの言葉が僕の脳裏に蘇ってきた。


『私のこと呼びましたか?』

『私、十八ですし』

『質量だって三十六ですし』

『私、宇宙人なんです』


 そうか、そうだったのか……。

 バラバラに散らばっていたパズルのピースが、今カチリと一つに合わさった。

 アルさんは山門に憑く幽霊なんかじゃなかったんだ。

 彼女はその電球の中にいる。

 宇宙人なのにあの場所から離れられなかったのは、そういう理由だったんだ。

「父さん達はな、そのアルゴン三十六だけを集める実験をしていたんだ。その成功を記念して、アルゴン三十六だけを封入した電球を作った。それがこの電球なんだよ。その頃の母さんはむちゃくちゃ可愛くて、人気の的だった。ダッフルコートと白いセーターがよく似合ってた……」

 だったら、そんな大事なものを骨董屋に売るんじゃねえよ!

 思わず僕は叫びたくなったが、ポロポロと涙をこぼす父さんを見て言葉を飲み込む。

 そもそも母さんは、父さんの最愛の人じゃないか。

 その辛さを忘れるために、父さんはこの町に来たんだ。

 きっと、大切な想い出までも売ってしまうくらい大きな悲しみと苦しみを味わったに違いない。ぼんやりと暗い宿場町が嫌いだなんて、そんな子供の感傷とは比べものにならない想いを積み重ねてきたんだ。

「有美……、どうして君が……」

 涙を流しながらうなだれる父さん。

「ごめん、父さん。悲しいことを思い出させちゃって。ちょっとこれ借りていくよ」

 僕はその手から白熱電球を受け取ると、一目散に走り出した。

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