十五.告白
「――んじゃダメッ! 新治! 目を覚ましてっ!」
どこからか自分を呼ぶ声がする。
……僕は……一体、どうなったのだろう……?
冷たくて硬い場所に横たわっているようだ。
体が重くて動かせない。特に肩と腰が痛い。手もひどく擦りむいているようで熱い。
「小学校の頃から好きだった。引っ越して来た時から、ずっと好きだった」
ポタリ、ポタリと何かが僕の頬の上に落ちる。
これって……何? 雨? 水滴?
「だから死なないで、新治……」
小学校の頃からずっと聞いている声。いつも僕の傍にあった声。
そうだ、この声は――古都里。
……でも、なんで? 古都里が……?
なんだか懐かしい匂いがする。僕の頭は、古都里のマフラーか何かの上に置かれているようだ。
……そうだ、僕は梯子から落ちたんじゃないか……!
きっと古都里に助けられたんだ。詳細はわからないけど。
古都里、僕は生きているよ。
ありがとう、こんなにも心配してくれて。
ゆっくりと僕は目を開ける。すると涙を流す古都里の瞳が見開かれた。
「新治! よかった、新治……!」
僕は道路に横たわったまま古都里にぎゅっと抱きしめられる。その温もりが嬉しかった。
「僕は……どうなったんだ……?」
しばらくして僕は体を起こし、周囲を見回す。近くにはスマホとLEDと梯子が転がっていた。
「新治が梯子から落ちちゃって、慌てて私、地面に着く直前に新治を思いっきり突き飛ばしたの」
賢明な判断だよ、古都里。
古都里が突き飛ばしてくれなかったら、頭を強打していただろう。
打ち所が悪ければ死んでいたかもしれない。まさに命の恩人だ。
肩と腰を打って手を擦りむいているけど、これだけで済んだのはラッキーだったと言える。
「ありがとう古都里。でもなんで、ここに?」
これが一番の謎だった。
さすがに偶然通りかかったということはないだろう。
「ごめんなさい。実は私、先週からずっとこの山門に隠れてたの。だって新治、死神が出るって言うから」
「えっ?」
僕はずっと、古都里に見られていたのか。
アルさんと話していたことを。
死神話がきっかけってことは、先週の火曜日くらいから?
「僕が何か話してるのって、聞こえてた?」
「……うん、まあ……」
なんだかはっきりしない答えだけど、それはきっと聞こえてたってことだろう。
あれが、全部……聞かれてた……?
それはなんだか恥ずかしい。
「じゃあ、僕がこの街道が嫌いな理由も?」
「ごめんね、お母さんのこと、ずっと気付いてあげられなくて……」
なんだよ、ちゃんと聞こえてんじゃねえかよ。
僕は、かあっと頬が赤くなるのを感じていた。
『でもそれは、この町を好きになりたかったんです。昼間のように明るくなれば、母さんが居なくなったあの頃のことを思い出さずに済むと思ったからなんです!』
さっき、そんな恥ずかしいことを堂々と叫んでいたような気もする。
「も、もしかして……三十分くらい前の出来事……も?」
「うん。謝らなくちゃいけないのはこっちよね。日曜日はとーちゃんがひどいこと言っちゃって。でも新治も悪いのよ。だって、ここの電球は変わらないようにするって言ってたのに、率先して電球を換えてるからビックリしちゃって……」
『この街灯だけは、僕が責任を持ってこれまでと変わらないようにします』
確かに僕は約束した。
ただしアルさんに対してだけど。
そうか。その言葉を山門の陰から聞いていて古都里は勘違いしたんだ。ここの電球が変わらないように僕が奮闘すると、そして観光協会の作業も阻止するんじゃないかと。
日曜日は、もし僕がいない時に電球が換えられたら困ると思って、とーちゃんを誘って様子を見に来たんだろう。
そりゃビックリするよな。心配して来てみたら、当の本人が電球を換えてるんだから。
「ごめん……」
古都里の気持ちが嬉しくて、涙があふれそうだ。
こんなに想われていた事に気付かなかったなんて、なんて僕は鈍感なんだろう。
『ずっと待っている女の子が見えるわ。好きで好きでたまらない男の人をじっと独りで待ってるの』
いつかアルさんが言っていたこと。
あれはアルさんじゃなくて、古都里のことだったんだ。
「古都里……寒かっただろ?」
「ううん、私のことはいいの。それよりも新治のことが心配で……」
「心配って?」
「だって新治、毎日ここで立ち止まって、誰かと話してたじゃない。でもその相手が見えなくて……。私、本当に死神が出たんじゃないかって、新治の魂が連れて行かれちゃうんじゃないかって、その時はしがみついてでも阻止するんだって……」
最後の言葉は涙声で震えていた。
僕は泣きじゃくる古都里の髪をやさしく撫でてあげる。
このまましっかりと抱きしめてあげたい。熱く込み上げる古都里への愛しさが、胸の中いっぱいに広がっていく。
それにしてもアルさんって、僕にしか見えてなかったんだ……。
そりゃ心配するだろう。誰もいないのに、誰かと話していたんだから。
「僕が話していた相手は、アルさんっていうんだ。死神じゃなくて幽霊……だと思うんだけど」
「死神じゃないからって油断しちゃダメ。世の中、悪い幽霊だっているんだから!」
涙で光る古都里の真剣な眼差しが頼もしい。
だから僕は、アルさんのことをゆっくり話してあげることにした。
「でもね、本人は宇宙人って言い張ってて、面白い人なんだ」
語呂合わせの答えを教えてもらったこと、足の綺麗さを自慢しているわりには見えないこと、そしてこの場所から離れられないこと。
キスの練習については内緒だけど。
「それはきっと……、この山門に憑いている地縛霊……なんじゃない?」
この場所を離れられないと聞いて、古都里も僕と同じ結論に達したようだ。
「でもさ、古都里。電球を交換してから現れなくなっちゃったんだ」
すると彼女は山門を見上げながら何かを考え始めた。
「だったら……、LEDを元の白熱電球に戻してみたら?」
へっ? 元に戻す?
そういう発想は僕には無かった。
さすがは地元とオカルトを愛する女子高生。
「なんで?」
「ただの女のカンよ」