十四.謝罪
翌日の火曜日。
今日も教室では古都里に無視されてしまった。彼女の怒りは当分収まりそうにない。
しょうがないので、帰宅時は単語帳無しで旧街道を歩く。いつの間にか僕は、山門のところに立っていた。
「アルさん?」
昨日と同様、何も反応は無い。
「やっぱり、幽霊的には明るすぎるんですか?」
そんな質問をアルさんが聞いていたら、「私は宇宙人よ」って怒られそうだけど。
怒って出てきてくれれば、それでも良かった。
「ねえ、いい加減に出てきて下さいよ。もしかして……」
アルさんも怒ってる?
僕は目をつむって、今までの自分の行為について自問した。
古都里のことを裏切ってまでLEDに交換したのは、純粋にアルさんのためだったのだろうか?
本当は、旧街道を明るくしてトラウマを払拭したいという自分の欲求のために、アルさんを理由にしただけではないだろうか?
そう追求されても、僕には何も言い返すことができなかった。
だから山門に向かって真摯に謝罪する。
「ごめんなさい」
アルさんに届くように。
「僕は古都里を裏切り、アルさんを出汁に使って、旧街道を明るくしようと考えました」
そして、自分の心に言い聞かせるように。
「でもそれは、この町を好きになりたかったんです。昼間のように明るくなれば、母さんが居なくなったあの頃のことを思い出さずに済むと思ったからなんです!」
古都里のとーちゃんにもわかってもらえるように。
これは僕の心の底からの叫びだった。
「アルさん……」
それでも彼女は出てきてくれなかった。
「出て来てくれるまで、ここで待ってますからねっ!」
こうなったら根競べだ。
アルさんが出て来るのが先か、僕がダウンするのが先か。
僕は街灯の下に立って夜空を見上げる。今日もおうし座のスバルがチラチラとまたたいていた。
「ううっ、寒ッ……」
情けないことに、僕はものの五分で弱音を吐き始める。
とにかく寒い。
「日本は温暖化してるんじゃなかったのかよ……」
その話がホントだとすると、江戸時代よりも確実に暖かくなっているはずだ。
町娘は、好きな若者をここでずっと待っていたというのに。
僕は町娘に負けてしまうのか。って、町娘は凍死してしまったんだけど。
「でも、待てよ」
町娘の場合、若者が来てくれると信じていたから待つことができたんだ。
僕の場合はどうだ?
LEDが明るすぎてアルさんが出て来てくれないのだったら、いつまで経っても無駄ってことじゃないか。
だったら行動を起こそう。待っているだけの町娘とは違うところを見せてあげるんだ。
「アルさん、待ってて下さいよ。今、別のLEDを持ってきますから!」
僕は、街灯の六十ワット型LEDを四十ワット型に交換しようと、梯子とLEDを取りに自宅へ走った。
三十分後、梯子とLEDを持って山門のところに戻ってきた。
「大丈夫かな……」
折り畳みの梯子を伸ばしながら僕は不安に思う。
一人で行う交換作業。
梯子を押さえてくれる人は誰も居ない。
足を滑らせたり梯子が傾いたりしたらタダでは済まないだろう。
「それでもやらなくちゃいけないんだ。アルさんに会うために」
梯子を街灯に立てかけ、意を決して上る。
そして、二日前に自分が取り付けた六十ワット型LEDを僕は外した。
「げっ!」
辺りが真っ暗になった。
よく考えれば当たり前のことだ。暗い暗い旧街道の街灯のLEDを外しちゃったんだから。
「なんて浅はかなんだよ……」
僕は、六十ワット型LEDを片手に持ったまま固まる。
そして真っ暗な梯子の上で、自分の未熟さを呪った。
手にしているLEDを再びソケットにはめ込めば、また明るくなる。が、そのソケットの正確な位置が暗くて分からない。
「ええい、こうなったら強行突破だっ!」
僕は外した六十ワット型LEDをポケットに入れ、左手でスマホを取り出して液晶画面を街灯に向ける。ぼおっとした淡い光に照らされ、街灯のソケットが闇の中に浮かび上がった。
「なんとか交換作業はできそうだ」
そして右手でポケットから四十ワット型LEDを取り出し、ソケットにねじ込もうとした。
「あと少し……」
しかし、両手を梯子から離しているこの不安定な状態が致命的となった。
ねじ込んだ四十ワット型LEDが光を放った瞬間、僕はバランスを崩してしまったのだ。
「あっ!」
ガタンと傾く梯子。
僕は後ろ向きに倒れるように、宙に放りだされてしまった。
LEDとスマホを手放し身を支えるものを掴もうとしたが、その手は空しく空を切る。
地表までの距離約四メートル。
コマ送りのように遠ざかっていく街灯の光。
「オワタ、僕の人生……」
――アルさんはついに姿を現してくれなかった……。
失意に包まれたまま僕は死を覚悟した――