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十二.交換

 日曜日のお昼。

 晴れて風のないポカポカ日和で、電球交換には最適な休日だ。

 僕は作業がしやすいようにジャージに着替え、昨日買った六十ワット型の電球をポケットに忍ばせる。

 旧街道の入口に到着すると、すでに五人くらいの人が集まっていた。石畳の上には梯子が置かれ、段ボール箱が乗った台車が並んでいる。

「こんにちわ。お電話した新垣ですが……」

 僕が声を掛けると、ジャージ姿の小柄の女性が振り向いた。

「こんにちわ。あなたが新垣新治君ですね。今日はお手伝いいただき、ありがとうございます!」

 声の感じやテンションの高さから考えて、電話で対応してくれた女性だろう。

「こちらこそよろしくお願いします」

「それでは三人一組で電球の交換作業を行いたいと思います。新垣君は、梯子を押さえる係をお願いしたいのですが」

 ええっ? 電球を換える係じゃないの?

 なんか想定と違うぞ。まあ、僕が勝手に立てた想定なんだけど。

「わかりました」

 とりあえず観光協会の方針に従って期をうかがおう。今は出会ったばかりだし。

 信頼してもらえれば、梯子に上らせてもらえるかもしれない。

 僕は梯子を軽々と担いで待機する。観光協会の女性が、「来てもらって良かったぁ」という視線で僕のことを見てくれるのがちょっぴり気持ち良かった。


 交換作業は次のような手順だった。

 電球係がLEDの入った段ボール箱が乗った台車を押して移動する。次に、梯子係が街灯に梯子を掛けてしっかりと押さえる。最後に交換係がトートバッグに電球を入れ、梯子に上って交換を行うのだ。

「やはり、用意されているLEDは四十ワット型だな……」

 僕は梯子を押さえながら作業の様子をうかがう。そして、どうやったら自分のポケットに入っている六十ワット型とすり換えることができるか考え始めた。

 梯子に上ったらポケットに手を入れることは難しい。他の二人に見られてしまうし、バランス面でも危険を伴うだろう。

 やはり、梯子に上がる前、トートバッグを担ぐ時がチャンスだ。

 現在、梯子には小柄な女性が上っていた。電球の位置は地上から約五メートル。一方、梯子は四メートルくらいしかないので、梯子に手を掛けながら電球を換えようとすると背の高さが必要となる。小柄な女性にとっては、少し伸びをしないと電球に手が届かず大変そうだ。

 その様子を見ながら僕はほくそ笑む。この状況を利用しない手はない。

 ――ふふふ、作戦シナリオは完成した。

 僕のいる電球交換隊は、ついに山門の前の街灯に到達する。満を持したように僕は切り出した。

「交換作業、大変そうですね。僕は背がありますので、梯子に上れば少しはお役に立てると思うのですが……」

「そう? そうしてもらえると助かるわ」

 安堵の表情を浮かべる女性。今までの作業の大変さがうかがえる。

 よし、作戦通りだ。

「やり方は……今まで見てたから分かるよね?」

「はい、完璧です」

 返事をする僕に、女性は電球の入ったトートバックを差し出した。僕は左手でバッグを受け取りながら、右手はポケットの中に忍ばせる。

「それでは梯子の固定をお願いします」

 女性の意識が梯子に向いた瞬間、僕はこっそり六十ワット型LEDと四十ワット型とを入れ替えた。そしてバッグを首を通して肩に掛け、梯子を掴んで一歩一歩上っていく。

「結構、高いな……」

 たかが五メートルと馬鹿にしていたが、意外と高度感がある。梯子を持つ人がいなければ不安でたまらないだろう。

 梯子に手を掛けられる限界の位置まで上り、僕は街灯を見る。電球はすぐ目の前にあった。

「あれっ、この白熱電球、マジックで何か書いてある……」

 くるくると回しながら白熱電球を外す。目の前にかざすと、ガラス面に書かれている文字が見えた。

 ――36Ar。

「なんだこれ? 型番?」

 不思議に思いながら白熱電球をトートバッグに入れようとした時、ハプニングが起きた。


「誰に断って電球を換えてんだよ!」

 突然、梯子の下から男性の太い声が聞こえてきたのだ。

 ビックリした僕は、反射的に白熱電球をポケットに入れる。

 梯子をぎゅっと掴みながら足下を見ると、短髪の中年の男性が観光協会の女性に話し掛けているところだった。もしかすると電球交換に反対する商工会の人かもしれない。

「ですから、今回交換するLEDは、今まで取り付けてあった白熱電球とほとんど変わらないタイプでして……」

 梯子を押さえながら観光協会の女性が対応する。こんな状況では、僕は動かない方がいいだろう。

 ――こりゃ、しばらく降りれないな……。

 僕はなるべく下を見ないようにしながら、二人のやり取りに耳を澄ます。

「いきなり全部交換ってのはねえんじゃねえの? 一、二か所交換して、まずは様子を見るというのが円満な解決方法ってもんだろ?」

「申し訳ありませんが、これは町の方針で、協会は作業を委託されてるだけなんです。だから、私個人としてはなんとも……」

 言葉を濁す女性に、男性は不満をつのらせた。

「なんだ、使えないねーちゃんだな。商工会から町へ署名を提出したのわかってんだろ? ウチの娘だって書いてくれたんだぜ」

「恥ずかしいからやめようよ、とーちゃん」

 ええっ、この声は……!?

 突然耳に飛び込んできた聞きなれた女の子の声。

 ――古都里!?

 不安定な状況で視界が遮られていて、下がよく見えず彼女がいるのが今まで分からなかった。

 僕は急に、どこかに消えてしまいたい衝動に駆られる。

 ――早く作業を終えなくちゃ!

 動揺した僕は、下から丸見えであることを忘れ、トートバックから六十ワット型LEDを取り出して街灯に手を伸ばした。

「だからやめてくれって言ってんだよ、にーちゃん!」

 動きに気付いた男性が、太い声で僕を制す。

 ギクリと心臓が止まりそうになり、僕は完全に固まった。

「えっ、新治……!?」

 同時に古都里の声。

 彼女に見つかってしまった。最悪だ。

「なんで新治がここに? 署名してくれたんじゃなかったの……?」

 僕は硬直したまま脂汗を流す。

 下から浴びせられる古都里の声からも、動揺が伝わってきた。

 そして急に駆け出す靴の音。

「おい、古都里、どこに行く!」

 どうやら彼女は走り去ってしまったようだ。

 すると足下から男性の声が聞こえてきた。

「にーちゃん、あんた、うちの娘の知り合いか? そういえば二、三日前、学校で署名に協力してもらえたって娘が喜んでいたけど、まさかあんたのことじゃねえよな。もしそうだったら、その意味をよく考えるんだな」

 捨て台詞を残して男性は去って行く。

 僕は頭が真っ白になったまま機械のようにLEDの取り付けを完了させ、心を失った人形のように梯子を降りる。

 その後、どうなったのかはよく覚えていなかった。

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