一.プロローグ
下校時の暗い街道が嫌いだった。
――山中街道
僕の町ではそう呼ばれている江戸時代から続く古い道。ぽつりぽつりと二十メートルおきに並んだ街灯の白熱電球が、ぼんやりと古い町並みを照らしている。時代を重ねて黒ずんだ柱の支える瓦屋根の木造住宅、そして復元された石畳。
自分の住む、そんな昔ながらの宿場町の夜が嫌いだった。
――町並みがあるのに暗いってのが許せないんだよ。いっそのこと、すべての白熱電球をLEDに替えて煌々と照らしちゃえばいいのに!
そんなことを言っても、「風情が無くなるから」と一介の高校生である僕の声はかき消されてしまうだろう。
だから僕は黙々と歩く。
母さんのいない古ぼけたこの町の暗い夜道を。
でも最近、僕はこの夜道を勉強に利用することを思いついた。
街灯の下で問題を見て、街灯間で考える。
それもこれも、一ヶ月ほど前の出来事がきっかけだった。
「ねえ新治、そろそろ受験勉強、始めない?」
一人のクラスメートが僕に提案する。
高校二年生の僕達も、一年後はついに大学受験を迎える。そろそろ勉強を始めよう思っているうちに、きっかけを掴めないままずるずると月日を過ごしていた。
「あ、ああ。別にいいけど……」
ちょうどいい機会だ。と思ってみたものの、受験勉強という言葉の重みに僕はたじろいだ。そんな僕の生返事を受けて、クラスメートはあるものを持ってきた。
「はい、これが今週の単語帳」
強制参加というわけだ。しかも自作品。
さらに、単語帳はめくっても表側しか文字が書かれていなかった。裏側は僕が答えを記入して、金曜日に返却しろというのだ。
毎週月曜日に届けられる単語帳の中身は、最初は英熟語だった。次は数学の公式。歴史の年号だったこともある。
だんだんと変わっていく内容に、いつしか僕は、下校時の街灯で単語帳を開くのが楽しみになっていた――