BELIEVE IN LOVE -4
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新宿の雑踏の中でアキラは立っていた。大気汚染された帝都特有の薄暗い空を見上げその表情には笑みが見える。
「アキラ、ちょっといいか?」
ヒデが呼びかける。
「なんだ?」
俺たち2人を見るアキラの目が怖い。明らかに興奮している。
「少し話したいんだが?」
ヒデの言葉に、
「そうか。俺もちょっとひとりじゃ寂しくてな。トライアルコンプリートだ。気持ちわかるだろう?」
とアキラが答える。
だったらみんなで一緒にアンタの金で美味しいもの食べればいいじゃないか!?
なにかっこつけてんだよ!!
ヒデはアキラを近くに見えた雑居ビルの中の立ち呑みスタイルの居酒屋に誘導した。
3人で日本酒をグイっと入れる。久保田という新潟の酒だ。ヒデが気に入っている銘柄で、グレードが何段階もあり上位のものは値段も高い。俺は空腹だったせいか酒で胃が熱い。
「シーナ、なんか食うか?」
ヒデが俺に適当にフードをオーダーするように指示。アキラが早くも2杯目をオーダーして口を開く。
「しかし・・・、あのミオって娘はたいしたもんだ。
ヒュウガにしてはいい教育をしてきたようだ。ガトリングを見て足を止めずに飛び越えるだと?
誰だって一瞬ひるむものだろう?あの娘は目的意識が高いんだ。
ただ見えていたセーブポイントだけに意識を集中していたからこそ、あそこを飛び越えるって選択が迷いなくできたんだ。」
アキラの興奮した独白にヒデは、
「ヒュウガの教育ってのは違うな。元々の才能だ。」
とケラケラ笑って答えた。
「で?話ってなんだ?」
アキラがヒデに聞く。
「アサミの件だ。」
と答える。
「ああ。それな。」
察した返答のアキラ。
「アサミはもう少しでハイプレイヤーだ。スピードスターをつければより速くなり、前でのアタックが可能になる。
だがそれにはまだ時間がかかる。うちの資産は、残りのミッションの端末使用料しか残っていない。
すべてリョウのパラ上げに費やしたからな。
しかし【虐殺の門】を抜けるにはアバターSのアサミのスピードが必要なはずだ。」
ヒデは真剣な眼差しでアキラに言う。
「で?俺にどうしろと?」
アキラはタバコをふかしヒデに聞き返す。
「課金しようと思っている。もちろんアサミには内緒でだ。ヴァンダルハーツの資産からってことにする。」
ヒデの言葉にアキラは鼻で笑い、
「課金だと?冗談も大概にしろ。」
と受け付けない。
アキラの反応には2つの意味が感じられた。ひとつは課金に対する嫌悪。一部の金持ちがこの方法でレベルを上げているが、プレイヤーの中にはこの課金に強い反感を持っているものが多い。自分の腕で上がっていくゲームであるこのFRONTIERでレベルに費やすための現金など邪道以外何者でもない。課金者というレッテルを貼られたプレイヤーは誰にも相手にされなくなるのだ。
もうひとつはその金の額だ。レベル9の経験値なんて1ポイントが数万単位だ。アサミの残りの経験値を課金した場合、数百万の額になる。しかもレベルを上げるだけではなく、スピードスターをつけたことによって飛躍的に伸びたスピードのパラメーターも上げなければならない。さらに今回そこまでしてアサミをハイプレイヤーにする本当の目的であるフィジカルのパラ上げの経験値も必要だ。それこそ天文学的な金額が必要となる。まさに不可能な戯言をヒデは口にしているのだ。
「ヒデ、お前は何年この世界にいる?それがどれだけバカげたことか理解しているはずだ。」
アキラの言葉に、
「もちろんだ。」
と答えるヒデ。
「腹を見せろヒデ。駆け引きは嫌いだ。それにそんな仲じゃないだろう?
長い付き合いだ。お前の性格はわかっている。
まずあきらかな廃案を提示して、本題に持っていく。お前の悪い癖だ。」
アキラの真剣な眼に、
「わかった。悪かったよ。じゃあ、こっちが本題だ。」
とヒデは言いながら俺の腕をグッと握った。
「シーナのレベルをひとつ上げる。そしてスピードとフィジカルを現状の限界まで上げる。
うちの資産をさらに限界まで捻出する。ヴァンダルハーツの資産も限りなくもらう。
今日のレイニーデイズのコンプリートボーナスもすべてだ。
いや、残りのトライアルでのコンプリートボーナスもな。ヒュウガにはもう話をしてある。
あいつもシーナを気にかけてくれててな。スラムドッグスの資産を限界まで出してくれる約束だ。
これで・・・アサミを守る盾ができる。」
ヒデの言葉に一番驚いたのは俺だ。ヒデも俺と同じことを考えていたのだ。俺も同じアバターS。
レベル8になればアサミのスピードに多少なりとも追いつける。
俺のレベルならアサミを上げるよりポイントは少なくてすむ。
「なるほどな。まあパーティーの資産などいくらでも出してやるさ。」
アキラが笑みを浮かべながら言った。
「どうだアキラ?必ずコンプリートして終わろうじゃないか。」
ヒデがアキラに問う。
「ああ、お前の提案には乗る。確かに俺の構想の中でもシーナのレベル上げは必須なんだ。
折を見て、お前と似たようなことを皆に提案するつもりだった。」
そしてアキラが続ける。
「だがな・・・逆なんだよ。」
と。
逆?ヒデと俺はアキラの次の言葉を待つ。
「アタック部隊、すなわちレイニーデイズのアカウントに登録するのは、ナギサ、リョウ、ミオ、そしてシーナだ。
アサミは囮として違うアカウントでトライさせる。俺と同じアカウントだ。
でなければ俺からの指示をインカムで伝えられないからな。」
「おいアキラ!当初の話じゃアサミをアタック部隊に入れるって言ってたじゃないか?」
ヒデが反論する。アキラの連隊発足時の構想には、アタック部隊の中にアサミがいた。
スピード特化のプレイヤーである。当然のことだ。しかし、
「状況が変わった。いや、構想が固まったといっておこう。
もし、残りのトライアルに失敗して先送りになるようならアサミのレベルが上がりアタック部隊に入れるだろう。
だが今回トライならば外す。」
とアキラは言い切った。
「アキラ!説明しろ!俺たちはお前の構想に従ってここまでやってきたんだ!
それをここに来てアサミをアタックから外すだと!?」
ヒデは感情的になっていた。俺はヒデをなだめてアキラに聞いた。
「なぜアサミちゃんが囮で俺がアタックなんですか?」
冷静を装っているが俺自身もパニックだ。だがこの状況では俺が取り乱すことはできない。
ハルカが俺を行かせたのは、きっと必ずこんな状況になるってわかっていたからだ。
アキラが酒を一気に入れて口を開く。
「まず勘違いしてほしくないのは、煮詰まった上の構想ではないってことだ。
むしろ今の状況こそ最適なメンバー構成が可能なんだ。」
今の状況が最適なメンバー構成を可能にする?
アキラは続ける。
「前提としてナギサ、リョウ、ミオの3人はアタック固定であるということ。
それを理解した上で聞いてくれ。もし今アサミをアタックにしてその盾をシーナにやらせるとしよう。
アサミは必ず孤立する。裸で蜂の巣だ。今のシーナじゃ自分より速いプレイヤーの盾なんて器用なことはできん。
そうだろ?まずこれは認めろヒデ。」
「ああ」
と渋々認めさせられるヒデ。
確かにパラメーターとかレベルにばかり気をとられていたが、実際の実務の面はまったく無視していた。
俺にそんな器用なことはできない・・・反論の余地はない。
「じゃあ、アサミの盾を俺かキョウジがやるとしよう。結果的に同じだ。アサミは速すぎる。
俺たちアバターMじゃあついていけん。アサミがハイプレイヤーになってフィジカルを上げれば単独で走らせる。
しかし現状でアサミをアタックにする意味がまったくないんだ。ここまではいいかヒデ。」
「ああ」
「よし。次は俺がなぜ現状のメンバーで最適な構成ができるかって話だ。
フラッグの攻撃対象の優先順位を言ってみろ。」
アキラが俺に向かって言う。
「えっと・・・。まずリベロ。次にレベルの高いプレイヤー。
そしてテリトリーに入ったプレイヤーってとこでしょうか。」
「上出来だ。
シーナ、お前はその中のどこに属する?」
アキラの問いに答えが出ない。ここでヒデがハッとした表情で口を開く。
「そうか・・・シーナは影だ・・・。」
それを聞いたアキラは深く頷いた。
影?影ってなんだよ?
「いいかヒデ。俺は4人のアタックのうち3人抜ければいいなんて思っちゃいない。
4人のアタック全員を抜けさせる。だが盾が足らない。
でもシーナはある程度の距離まではノーガードで生き残れる。
テリトリーの中でレベルが一番低いシーナは優先順位が一番下なんだ。
狙われていない弾を避けるぐらいはできるだろう?それに多少被弾してもかまわん。
そのためにフィジカルを最高に上げたんだからな。」
アキラの言葉でひとつ理解した。俺は盾になるためにフィジカルを上げられたんだと勘違いしていた。
だが本当はアタック部隊のメンバーとして成長させられていたのだ。
おそらく・・・アサミが間に合わないと確信してからアキラが構想を練り直した構成なのだろう。
「お前・・・そこまで考えていたのか?」
ヒデも驚きの表情だ。
「ミスキャストはいない。俺は前にこう言ったが?」
アキラの表情が和らぐが、俺は恐怖心が沸きあがった。怖い。この男は本当に怖い。どういう頭の構造をしているのか・・・。でも凄い人だ。
「もちろんアサミにはよりリスキーな仕事をしてもらう。
囮としてスピードを生かして最前衛で動き回って、テリトリーの中での時間稼ぎだ。
30秒・・・いや20秒稼いでくれればいい。アタックの4人以外は最高のタイミングで死ぬ・・・これが理想だ。」
アキラの言葉に俺は緊張感が増す。
「レイニーデイズのもうひとりは誰だ?」
ヒデがアキラに聞く。シュウの枠、すなわち非正規雇用枠がひとつあるのだ。
「ツバサでいく。アタック部隊にインカムで指示を飛ばさなくてはならないからな。
最後方から全体を見渡せるポジショニングをツバサにさせる。
エネミーラインの外でだ。
あとのプランニングはツバサに任せる。」
アキラの言葉に頷くヒデ。
「うまくいきますか?」
不安な俺。だってまさか俺がアタック部隊だとは思ってもみなかったから。
「とにかく・・・まずはトライアルだ。2日後・・・お前ら…しくじるんじゃねえぞ。」
アキラが発破をかける。そうだ。とにかくトライアルをクリアしなければ話ははじまらない。
俺はグラスに入った酒を一気に飲み干し、緊張と恐怖を相手に戦っていた。




