BELIEVE IN LOVE -3
3
まず先陣を切るのはレイニーデイズ。
リョウ、ナギサ、ミオのハイランダー3人娘と、ハルカとアキラ。
この日、ミオは横浜ステーションからのダイブではなく新宿ステーションにやってきた。
緊張しているようで手が震えている。この場に集まったのはエンドオブザワールドとツバサとスグル。
ツバサがミオをギュッと抱きしめて「大丈夫よ」と声をかける。それを心配そうに見ているアサミ。
このメンバーの中で唯一トライアルを経験したことのないミオ。彼女のFRONTIER人生で最大の山場が訪れていた。
「さぁ、行くぞ!」
アキラの一声で皆の顔が引き締まる。
「リョウ、ナギサ、ミオしっかりな!」
ヒデの声に頷く2人。
「いってくるね。」
リョウが俺に言う。無言で頷く俺に、目で応えるリョウ。
とうとう始まるのだ!
ブースへ向かう5人の背中を見ながら俺は緊張感に包まれていた。
去年、ヴァンダルハーツが見事にクリアしたトライアルフィールド。
要塞へ続く長く細い一本道を障害物もなく、その身を敵に晒しながら進む高難易のミッション。
ただ経験者が4人いることが少なからず期待がもてる。前回のトライからはヒュウガがミオに替わっただけだからだ。
「大丈夫だよね?」
スグルが俺の顔を覗き込む。
「大丈夫・・・だと思う・・・。」
自信なさげな俺の表情にスグルの顔が強張る。そんな俺たちの頭にゲンコツが落ちてくる。ツバサだ。
「あんたらがそんな顔してどうするの!安心してみんなの帰りを待ちましょう。」
その言葉にヒデが、
「そうだな。今日の作戦はツバサがプランニングしたんだった。まぁ2時間はかかる。気長に待とう。」
と皆を落ち着かせた。
公式サイトの速報で、レイニーデイズのトライアル開始が告知された。再びあのなミッションにリョウは挑み始めたのだ。だが思いもよらない事態がレイニーデイズを襲う。
開始から一時間を過ぎたところでハルカが帰還してきたのだ。
「どうしたんだ!?」
ヒデが驚愕の表情でハルカを迎える。
「なにがあったの!?」
同じくツバサもハルカに詰め寄る。ベンチに座り一息ついたハルカが言う。
「ガーディアン…ガーディアンが出た…。」
この言葉に一同言葉を失う。ハルカが続ける。
「序盤はうまく進んだわ。リョウをワントップに、そのサイドをナギサとミオで固めるポジショニング。
アキラはその真ん中で動きまわってフォローしていた。
ナギサとミオがうまく機能して、リョウを前へと押し上げていたわ。ここまではよかった…。
中盤戦で態勢を整えていたときにイーターの中からガーディアンが突然現れたの。
前衛の3人に見向きもせず、アキラをも交わして私に一直線に迫ってきたわ。
私は前の4人を行かせてガーディアンと一対一の対決に持ち込んだの。
じゃなきゃミッションが進まないわ。完全に私が孤立した形になったわ。」
ハルカが独断で判断したのだろう。ガーディアンを引き付ける役目になると。アキラの性格上、振り返りハルカの加勢に加わることをハルカはわかっていた。だが、それをハルカは拒んだ。
もちろんアキラも現状を理解して、ナギサを残してミッションを進めた。
「それで?」
ツバサがハルカに優しく問う。
「もうこうなったら刺し違えてもガーディアンを仕留めてやろうと覚悟したわ。
でないと、パーティーがイーターとガーディアンに挟まれる状況になってしまうから。
私が責任もってガーディアンを引き受けるって決意した。」
ハルカの表情は少し笑みが見える。
「で?ガーディアンを仕留めたのか?」
ヒデの問いに、
「おたがい短距離での撃ち合いになったわ。これじゃあ私が不利。
だから…突進して抱きついて、橋から一緒に落ちてやったわ。」
とハルカが答える。
橋から落ちる…?
そうか…橋から落たらリタイヤなのか!?ハルカはガーディアンを道ずれに橋から身を投げた…。
「厳しい状況になったわ…。リベロがいなくなった…。フラッグが戦車じゃなきゃいいけど…。」
ハルカの表情が不安に変わる。
「それにしても最近トライアルでガーディアンが出すぎている…。」
ダイキがつぶやく。
先月、アメリカのS級パーティーシーバードが【殺戮の館】にトライした時もガーディアンが現れ、壊滅させられた。これはネットで世界中に配信され物議を醸した。
今までのガーディアンの出現傾向は、A級以上の一般フィールドにしか現れなかった。
しかも、エンカウント率は極めて低い。それがここ最近はトライアルにも現れるようになり、ヴァンダルハーツの【虐殺の門】のトライにも現れた。
しかも今トライしているレイニーデイズのリベロを狙い撃ちしてくるあたり、明らかにミッション難度を無理矢理上げていることがわかる。
リベロを失うということは、フラッグ戦で重火器が使えないということだ。
このフラッグ戦の後には退路戦も待っている。だから迅速なフラッグ殲滅が求められる状況でリベロ不在とは絶望に近い状況である。トライアルのフラッグは毎回変わる。飛行系や制圧系ならいい。しかし、戦車系なら時間がかかり、プレイヤーの負担は大きくなる。しかもひとり少ない状況ならば、退路確保に人員を割けず、全員でフラッグステージに入らなければならない。退路確保にひとり残さなければ、フラッグステージを出たメンバーたちに出口で待ち構える多数のイーターが一斉に襲いかかる。
アキラはどう戦うつもりなのか…?
俺の鼓動は高鳴り体中から汗が吹き出していた。
しばらくするとアキラも帰還してきた。こっちも早い。まだ1時間半もたっていない。
「くそっ!前回より難易度が上がっている!ガーディアンは出てくるわ、それにハイイーターとイーターの比率が逆だ!」
怒りに満ちたその表情がこのミッションの過酷さを物語っている。
「状況は?」
ツバサがアキラに問う。
「フラッグまではたどり着いた。フラッグも制圧系だったから難なく・・・とはいかんがなんとかクリアできた。
問題は退路への出口をでた瞬間だ。一斉に襲い掛かってきやがる。
そこで俺が囮になり3人を逃がした。ここで俺はリタイアだ。まだ先は長い。
しかもナギサがフラッグ戦でかなり被弾している。リタイアも時間の問題だ。
あとの頼みはリョウとミオだ。なんとか抜けてくれればいいが・・・。」
アキラの説明を固唾を呑んで聞く一同。ツバサが唇を噛んで言う。
「まずいわ・・・。アキラがこんなに早くリタイアしてくるとは予想していなかった。
セーブプレイヤーを守る鎧が早々と剥がれてしまった。ナギサの被弾具合は?」
「かなりの出血だ。もってあと10分ってとこだ。」
アキラの言葉にハルカが溜息をつき口を開く。
「あの子をこの世界に入れたのは私。今・・・後悔しているわ。つらいでしょう・・・。痛いでしょう・・・。
でもあの子はそれに耐える。あの子の生い立ちが我慢することと、喜怒哀楽を表に出さないってことを体と意識に刷り込ませた。それを知っていたのに・・・まさかここまで一緒に来るとは思わなかったから・・・ナギサを今苦しませているのはきっと私なのね・・・。」
苦渋に満ちたハルカの表情。ハルカの言葉に真っ先に反応したのは俺だった。
「ハルカさん!それは違う!ナギサさんは、この連隊が決まったとき『ハルカさんも喜んでいる』って言ってた。
ナギサさんはハルカさんと一緒にいられることを幸せに思っているんだなって思った!
ナギサさんはハルカさんの喜ぶ顔が見たくて必死に耐えているんです!それが彼女の幸せなんです!」
俺の言葉にヒデが、
「お前と一緒だな。」
とつぶやき俺の肩を叩いた。俺のリョウへの想いはもう皆にバレてるってことだ。ハルカは俺の言葉に少し目を潤ませ、
「あの子は、ナギサは戦争遺児でもなければ孤児でもないの。
父親から地獄のような虐待を受けていたのよ。
今でもまだナギサの体には消えない傷がたくさんある。
ナギサはまだ処女。
でもこの先、あの子を抱く男はその傷を見て失神するわ。右の乳房がナイフでえぐられて形を成してない。
そしてお腹には何度も刺された傷。虐待ではなく拷問を受けていたの…。
その父親に目の前で母親を殺されて・・・施設へ送られた。
初めてあの子に会ったとき、私を見た哀しい瞳は忘れられない。どんなに辛い想いをしたらこんな絶望的な瞳に人ってなるのって思ったぐらい・・。」
と独白した。
「その父親はどうなったの?」
ツバサが問う。
「母親を殺した後で、ナギサの目の前で自ら首にナイフを刺して自害したわ。そのすべてをナギサは見ていた。
今でもナギサは夜うなされているわ。深い・・・とても深い闇がナギサにはあるの。」
ナギサと姉弟になって2年弱、初めて聞いたナギサの過去。そしてハルカの言葉に俺は思った。
世界で一番の悲劇の主人公は自分ではなかったと・・・。自分なんてまだ恵まれている。
それまで黙っていたアサミが一言。
「でもナギサはたまに凄い笑顔になる。ナギサ幸せなんだなって思った。」
それにダイキも続く。
「うん。たまに冗談も言うよね。初めて会ったのが3年前ぐらいかな、あの頃より表情が柔らかくなった気がする。」
俺も同じことを思っている。ナギサは他人より感情表現が難しいだけの、普通の女性だ。
そして彼女を変えたのは間違いなくハルカなのだ。
ヒデがハルカの頭を軽く撫でて、
「がんばってんじゃないか、お母さん。」
と優しく言った。涙を一粒こぼしたハルカはそれをぬぐい、厳しい表情になった。
「そうね、母親としてここでナギサの帰還を待つわ。あの子を待ってやれるのは私しかいないんだから。」
その目は慈愛に満ちた母親の強い眼差しに変わっていた。
ミッション開始から2時間が経った。もうとうに限界のはずのナギサもまだ帰還しない。
「おい・・・。どうなってる!?」
苛立つアキラ。
「イライラしないで。」
というハルカもソワソワしている。
長い・・・。前回もそうだったが、トライアルは時間がかかる。
待っている俺たちすら精神的にダメージを受けているのに、そのミッションを行っているメンバーはさらなる苦痛を負っているに違いない。不安になる。俺も2日後にはトライアルに挑むのだ。
この戦いをやりぬけるのか・・・。俺は激しくなる鼓動で胸が痛くなり気分が悪くなった。
そしてさらに20分。ナギサが帰還してきた。
「おかえり。」
平然を装うハルカ。
「状況はどうだ?」
とアキラ。
「最後のイーターの溜まり場を私が引き受けて2人を逃がした。
2人ともけっこう被弾しているからちょっと心配だけど、あそこを抜ければ大丈夫だと思う。」
ナギサは表情を変えずに言う。しかし脇腹をさする手が痛々しい。
「お疲れ様」
ハルカはナギサをギュッと抱きしめた。
「うん。」
応えるナギサの表情が緩む。
「それにしてもあの傷でよく持ちこたえたな?」
アキラが不思議そうな顔で聞く。
「ハイプレイヤーに上がった時からフィジカル重視のパラ振りに変えたから、腕一本なら失ってもリタイアしないぐらいにまでなってる。」
とナギサ。
「そうか。」
と納得の表情をするアキラ。
って・・・おいアキラ!?
俺のパラメーターには敏感でうるさいぐらいチェックしてるくせに、自分のメンバーのパラメーターはノーチェックか!?
「さぁ、そろそろ2人が帰ってくるな。」
ヒデの言葉で皆が一斉に端末を開き速報を待つ。
しかし、まだ終わらない。
リョウが帰還してきて叫んだ。
「ミオは!?まだ帰ってきてない?」
リョウの青ざめた顔。きっと良い状況ではない。
「セーブポイント手前にガトリング部隊が出現したの!前はあんなのなかったわ!
そこで私・・・リタイヤしちゃった・・・!どうしよう!?」
取り乱すリョウ。ツバサが駆け寄りリョウを落ち着かせる。
「どこまでも人をバカにしやがる・・・。」
アキラがつぶやく。これはリョウの落ち度ではない。リョウは一度このステージを経験しているのだ。だからあるはずのないガトリングに気づかないのはしょうがない。
経験がすべて無駄になる。こんなバカげた話があるだろうか?
アキラがこのレイニーデイズのメンバーを編成するにあたって【絶望の橋】を経験しているリョウとナギサは真っ先に決定したメンバーだったであろう。
だがそのすべてを無にするステージの変貌。
たしかに毎年、このゲームはアップロードを重ね進化していく。その時は3日ほど、世界中のステーションが封鎖される。
だがトライアルのミッション内容まで変わるなんて聞いたことがない。
意図的に操作されているのか・・・?
FRONTIERがこの世に現れて以来8年目で、世界初の3パーティー連隊が【虐殺の門】へと近づいてきた。
このミッションだけでもガーディアンの出現。セーブポイント手前のガトリング部隊。
あからさまに意図的に邪魔をしているとしか思えない。
「もっと詳しく話せ。」
ヒデがリョウに聞く。
「ナギサさんがイーターたちを引き受けてくれてミオと2人でそこを駆け抜けた。
もうセーブポイントは見えていた。そうしたら突然の機械音と共に激しい連射が始まったの。
4機・・・。ガトリングが4機見えた。いや・・・もっといたかも。
私はガトリングを確認した直後にはもう蜂の巣にされて意識が飛んだ。
ミオだけになっちゃった・・・。ひとりであの場所は抜けられないわ!」
再び興奮状態になるリョウ。俺は体が勝手に動き、リョウを後ろから抱きしめていた。
「大丈夫。大丈夫だから。」
そう声をかける。小刻みに震えるリョウの細い身体。出会ったころはリョウの方が俺より身長が高かった。
だが今は俺のほうが少し高い。
少し落ち着きを取り戻したリョウ。よっぽど精神的に追い詰められていたのであろう。リョウのこんな姿を見るのは初めてだ。しかしハッと何かを思い出したかのように俺の腕を解き、ナギサのもとに駆け寄った。
「ナギサさん、ごめんなさい!私のせいでナギサさんを被弾させてしまって・・・。」
「気にしないで。私、痛みには強いの。」
とナギサ。顔は笑顔だ。フラッグ戦でのリョウのミスでナギサが被弾したとアキラが説明をいれる。
「ミオ・・・。がんばって・・・。」
ツバサが静かにつぶやいた。
ミオにとってはじめてのトライアルでこの最後の難所を一人で超えなければならない状況になってしまった。
孤独の戦いだ。リョウが帰還してきて5分が経ち、エレベーターホールからミオが現れた。
ミオは俺たちを見つけると、走りよりリョウとナギサに抱きついた。
その瞬間、ステーションのモニターすべてが
レイニーデイズ・トライアルコンプリート
の文字が映し出された。人でごった返すロビーが歓声で沸く。
「やったよーー!」
はしゃぐミオ。
「あなた・・・よくやったわ!」
リョウがミオをきつく抱きしめる。ミオの頬に薄っすら刻まれたリアルダメージのアザ。過酷なミッションを乗り切った証明である。ナギサがそのアザをさすりながら、
「どうやって抜けた?」
と優しく問う。
「飛び超えた。」
ミオの一言に皆が驚いた。
「飛び越えたって、ガトリング部隊を飛び越えたってこと?」
ツバサが聞き返す。
「そう、セーブポイントが見えていたから、まっすぐそれに向かって。」
ミオは笑顔で答える。
「そういうことか・・・。」
アキラがつぶやく。その顔は笑っている。
「ミオやったね!」
アサミの声に、笑顔で応え抱き合う2人。
「飛び越えたって・・・状況が見えないんだけど・・。」
小声でスグルが俺に聞く。このスグルの疑問はこのゲームのプレイヤーなら皆が抱くことだ。
ガトリング部隊とは通常のミッションステージならば、最後の難所として殲滅することで次のステージへと道が開く。しかし今回のケースではセーブポイントという最終地点がガトリングの向こう側に見えていたのだ。
リョウはこのガトリングに気をとられた結果、リタイアという末路に至った。だがミオの視界はガトリングの先にあるセーブポイントのみを捉えていたのだ。
これはミオが所属するスラムドッグスがミッションコンプリートだけを目的とした戦い方を日ごろから展開していることが大きい。
ガトリングを対処しようとしたリョウと、相手にしなかったミオの差が結果に出たのだ。いや、むしろリョウが結果的に囮になったってことも考えられる。
リョウの性格上、ミオの前を進んでいたことは明らかにわかる。ミオがガトリングを確認した時には、リョウが盾となっていた。だから迷いなく真っ直ぐにミオはガトリングに走りそれを飛び越えた。
これでレイニーデイズ連隊のひとつめのアカウントが【虐殺の門】へのチケットをゲットした。
「ナギサ、リョウ、ミオ、お疲れ様。さぁなんか美味しいものでも食べに行きましょう。アキラのおごりでね。」
ハルカが3人を労う。アキラはポケットから1万円札を数枚だしナギサに渡し、
「次は2日後、エンドオブザワールドの番だ。この流れを止めるなよ。」
そう言うとひとり出口へ向かい姿を消した。
「シーナ、ちょっと一緒に来てくれ。」
ヒデが俺を誘いアキラを追いかける。
はぁ・・・?これからリョウたちとアキラの金で美味しいものを楽しく食べるんですけど・・・。
ハルカが俺に、
「お願い、行ってあげて。」
と耳打ちする。
わかりましたよ・・・。
あきらめた俺はヒデの後を追った。




