RAINY DAYS -7
6
翌日、学校が終わり教室を出て校門へ向かうと一台のメルセデスが止まっていた。
メタルブラックの最上級メルセデスはハルカの車だ。周囲の目を気にしながらメルセデスに乗り込む。
「この辺りはパーキングがないのよ。」
だからといって校門の真ん前にとめることないじゃないか…。
今日はナギサとヒカルとアスカの3人シフトが組まれていて俺は臨時休暇となった。まぁ、俺は時給じゃないから給料は変わらない。メルセデスは高速に乗り、横浜へと飛ばす。
「ツバサさんってどんな人なんですか?」
俺の言葉にハルカが、
「私とツバサは親友だった時期もあったわ。気分屋だけど一緒にいて楽しかった。
面倒見がよくて女性プレイヤーの姉貴分だった。そんなツバサが大好きだったわ。
パーティーは違うけど新宿のステーションで会うと朝まで二人で遊んでいたの。
でも女同士ってなかなかうまくいかないものなの。
喧嘩別れして会うのは3年ぶり。もし殴り合いになったら止めてよ。」
ナギサがハンドルを小刻みに揺らしながら怖いことを言う。
「なんで俺を連れていくんですか?」
「二人きりではちょっと会いづらい。
でもアキラが一緒だと警戒される。
じゃあ今でも繋がりがあるヒュウガがいいかといえば…ヒュウガは交渉事には向かない。
ヒデは論外。感情的になりすぎる。
消去法でいくとシーナになるわけ。」
なんじゃそりゃ…。
昨日、ハルカから誘われてツバサの事をちょっと調べてみた。
レイニーデイズと同じ時期に活動していた地球連邦軍のパーティーリーダー。
S級まで、登り詰めたハイプレイヤーだ。
別名スティンガーのツバサ。
アバターLのリベロで、スティンガー(地対空ミサイル)使い。
ジャベリン使いのハルカとは女性でありながらこの国のリベロの双璧として名をはせていた。
地球連邦軍が空中分裂してからは様々なパーティーに在籍、そして自分でも新しくパーティーを結成しているが解散を繰返し、現在はFRONTIERから足を洗った状態である。
ツバサを評価する上で最も特筆すべきはスティンガーではなく、戦略的プレイヤーであるということだ。
彼女の指揮してきたパーティーの策は、今のプレイヤーたちの基本を作ったといっても過言ではない。
横浜の繁華街でメルセデスをパーキングに入れ、2人で目的地を目指す。
ハルカは端末のGPS機能を使って現在位置からルートを探る。
裏通りにぺギー・リーという看板を発見し躊躇なくハルカは入っていく。
少し広めの店内は薄い照明にスタンダップ式のテーブルが幾つもあり、カウンターでオーダーをするセルフタイプの店だ。そしてジャズが流れている。奥には小さなステージがありバンドセットが揃っており、一際目立つグランドピアノが照明の光を不気味に反射させていた。
客は5人ほどがまばらにテーブルを陣取っていて、閑散とした店内に今日は大きなイベントがないことがすぐにわかった。ハルカがカウンターに向かい店主らしきバーテンダーに、
「スコッチをショットで2つ。」
とオーダーする。
俺はカウンターの中にあるレコードを見つけた。本物を見るのは初めてだ。黒い円盤がクルクルと回り、今店内に流れている音楽はこの不思議な機械から発信されている。レコードを食い入るように見ていた俺に店主が、
「初めて見るかい?」
と気さくに話しかけてくる。頷く俺に、
「機械自体はジャンク屋で部品が揃うが、円盤のコレクションはもうなかなか手に入らないから大切に使っているよ。」
と笑顔で言いショットグラスに注がれたスコッチを2つ俺とハルカの前に置いた。
「ところでこんな場末の店になんの用だい?」
店主の言葉に、
「ツバサいる?」
とハルカ。
「ああ、控え室にいるよ。この後1ステージあるからね。友達かい?」
と店主。
「ええ、古い友達で久しぶりに顔を見に来たの。少し話がしたいんだけど呼んでもらえないかしら?」
ハルカが丁寧に店主に頼む。
「ああいいよ。ステージまでまだ1時間あるからね。ちょっと待ってて。」
そういうと店主がバックヤードに入っていった。俺たちも一番隅のテーブルへと移動。そこでスコッチをグッと飲んだ。
「あんたがアキラと2人でこそこそ店のバランタインを呑んでるの知ってんだからね。」
ハルカが俺に言う。もちろん本気で怒っちゃいない。笑ってごまかす俺。
するとバックヤードから店主とひとりの女が出てきた。その女はこちらを確認して近づいてくる。
ショートカットでスレンダーな綺麗な人だ。
「ハルカ・・・。なにしに来たのよ・・・?」
驚いた顔のツバサ。それは怪訝の表情だった。
「久しぶりねツバサ。」
笑顔のハルカ。ツバサは疑心に満ちた表情でテーブルについた。
「あ、こっちはシーナ。私の里子。」
ハルカに紹介された俺は軽く頭を下げた。
「ああ、例のレベル3ね。でも里子って女の子じゃなかった?」
ツバサが言う。・・・やっぱり連隊の話は有名なんだな。
「この春にこの子を引き取ったの。最初の子のナギサも元気よ。何回か会ったことあるわね。」
ハルカは平然と振舞っているがツバサは疑いの目を続けている。ナギサがハルカの里子になって4年。この2人が喧嘩別れしたのが3年前。
そうか、ナギサも面識があったのか。だったらレベル3じゃなくてナギサを連れてくればよかったじゃないか。
「まだそんな偽善をやっているの?」
ツバサが先制攻撃を仕掛けてきた。ハルカの腹がわからない状況だ。
これは切り込むきっかけのジャブのようなものだろう。
「偽善ね・・・。確かに自己満足な行為に近いわね。」
あっさり受けるハルカにツバサは次の手を考えているようだ。そこでハルカが口を開く。
「ところでツバサ、あんたの男は女に手を上げるゲス野郎なの?」
この言葉に反応したツバサは右頬をサッと覆った。よく見ると化粧で隠れてはいるがうっすらとアザのようなものがツバサの目の下に浮かんでいる。ハルカは続ける。
「昔からあんたと私は男に恵まれなかったわね。」
ここでツバサが感情的になる。
「あんたに男のことでとやかく言われたくないわ!子供をはらまされた上に逃げられた女が偉そうなことよく言えるわね!!」
「あの時、一番慰めてくれたのはツバサだったわね。ずっと一緒にいてくれた。感謝しているわ。」
冷静でいて穏やかなハルカの態度にツバサは困惑を深める。
「なによ・・・あんた喧嘩売りに来たの・・・?」
ツバサの言葉に、
「そんなわけないじゃない。それに喧嘩の決着は3年前に済んでるわ。あんたがクスリの売人やってるクソ男に熱を上げた時に私が反対したら感情的になって殴り合いになった。その時あんたをボコボコにして私の勝ちよ。その代わりにあんたとの友情を失った。もう親友を殴りたくはないわ・・・。」
悲しそうな目をするハルカ。
「最悪な親友よね・・。」
ツバサの顔が穏やかな表情に変わった。
「で?今日はなんの用なの?」
ツバサが素直にハルカに問う。駆け引き合戦が終わった。
「連隊の話はもう知っているようね?」
ハルカの問いに、
「ええ、シゲのサイトで知ったわ。」
とツバサ。
「うまくいくと思う?」
とハルカ。
「真剣にコンプリートしようとしているメンバー構成には思えないわね。」
とツバサが俺を見ながら言う。
まったくその通り。これから【虐殺の門】に挑むってパーティーの中にレベル3がいたんじゃそう思われて当然だ。
ツバサが続ける。
「ヴァンダルハーツとスラムドッグスの連隊ならば話はわかるわ。
あんたのパーティーにはあのアキラがいるし、スラムドッグスも同じステーションで活動していたからメンバーの強さも知っている。
でもヒデのパーティーが加わることの意味がわからない。
B級の上位パーティーっていってもパーティーの中にレベルが3と6がいる。
3パーティー連隊が今考えられるコンプリートの手段だって事はわかるけど、ヒデのパーティー以外はなかったの?
トライにまで何年かかるかわからないわ。」
それを頷きながら聞くハルカが俺の肩をグッと抱き寄せ、
「あんたにこの子を預けたいの。」
と驚愕の言葉を口にした。
「はあ?あんたなに言ってるの?」
ツバサが言う。もちろん俺も同意だ。
「地球連邦軍がS級に上がった最大の理由はあんたの指導力よ。
パーティーリーダーという面で言えばシュウよりもあんたの方が優れていた。
もう一度その力を発揮してみない?」
ハルカの言葉に困惑するツバサ。もちろん俺もだ。
「あんたもしかしてスカウトにきたの?」
ツバサが気づく。
「正解。」
とハルカ。
「やめてよ。わたしはもうFRONTIERから足を洗ったの。それに【虐殺の門】なんてコンプリートできやしないわ。」
ツバサがはっきりと言う。
「コンプリートできないですって?
【虐殺の門】の前に立ったことすらないあんたが偉そうなこと言わないで。
そんな言葉はあそこに立った人間にしか言う資格はないのよ。」
今度はハルカが声のボリュームを上げる。
地球連邦軍は結果的にはトライアルをクリアできずに【虐殺の門】へのトライは出来ずに終わった。ハルカがさらに続ける。
「あんたの力が必要なの。あんたのスティンガーと私のジャベリンで【虐殺の門】に風穴を開けてやろう!
一緒に・・・やってくれない・・?」
ハルカの懇願に、ツバサが腕を組み考えている様子を見せる。明らかに迷っている感じだ。
「わたしが地球連邦軍を解散したあと、ろくにパーティーも組めずにさ迷って結局ソロの傭兵をやっていたことは知っているわよね?」
ツバサが口を開く。ハルカが頷く。
「リベロの傭兵なんて聞いたことある?ハイプレイヤーのリベロなんてどこのパーティーも欲しがる存在よ。
確かにスカウトはあったし参加もした。でも結局は放逐されてひとりになってしまう。なぜだかわかる?」
ツバサの目線はハルカではなく俺に向けられた。ハルカは当然その理由を知っているからだろう。戸惑う俺にハルカが説明する。
「リベロっていうのはレベルアップが非常に難しいアバターなの。
だって常に後方に待機してミッションするわけだから個人の経験値が上がらない。
だから自分たちのパーティーで育てるよりも、すでに出来上がったプレイヤーを獲得するほうが手っ取り早くて楽なわけ。
今でもリベロの引き抜きは盛んで、腕のあるリベロはかなりの額の契約金で引き抜かれている。
残されたパーティーにとってはたまったもんじゃないわ。
今までパーティーポイントを優先的に与え育て養ってきたリベロを奪われるんだからね。
わたしも海外のパーティーからヘッドハンティングされているわ。
もちろん断る。だってそのほとんどがツバサのような末路にたどり着くのを知っているから。」
ハルカの話によると、リベロというのは必要な存在ではあるが、時に不要になる時期があるのだという。
それは【虐殺の門】をあきらめた時だ。
上を目指すのをやめたパーティーにとってこのゲームはただのサバイバルゲームに変わる。
そんなときに一番使えないアバターがLでありリベロなのだ。
そして元々の仲間ではない引き抜いたリベロが放逐されるのは当然のことだろう。
「じゃあ、なんで地球連邦軍を解散しちゃったんですか?」
俺はすぐに口に出る。思ったことを考えるよりも言葉にしてしまうのが悪い癖だ。
ツバサが眉間にしわを寄せて話し出す。
「結局ね・・・男ってのは女をなんかの道具としか思っていないのよ!」
ん?突然この人なに言ってんの?
ハルカが俺の肩を叩いた。
「人間関係の崩壊ってやつよ。」
と一言。女性パーティーリーダー故の・・・ってことかな。
「今度は私も一緒よ。あんたと運命を共にするわ。」
ハルカの一言で、ツバサの眉間のしわがなくなった。しばらくの沈黙があり、
「わたしの役割は?」
とツバサが言った。
「私と一緒よ。【虐殺の門】ではアタック部隊を逃がすためにひたすら重火器を撃ちまくる囮。
いやな役目よ。それまでは、下位レベルのメンバーの教育係をしてほしい。
そしてなによりも、あんたが一番得意な作戦プランニングを任せたいと、アキラから伝言されているわ。」
作戦プランニングとは、ミッションにおける作戦を立てる策士のことを言う。
今後の連隊のミッションにおいてステージ進行のプランをツバサに一任するという重役級のポストである。
「このレベル3を教育すればいいのね。」
俺を見ながらツバサが言う。
「当初はアキラが自らするつもりだったんだけど、アキラ自身3つのパーティーを見なければいけない。
当然、常にシーナの面倒を見れるわけじゃない。
でもあんただったら迅速にシーナをレベルアップさせることができるわ。
地球連邦軍でその手腕は証明されているからね。
メンバーたちをわずか2年で上位プレイヤーに育てたことはなによりも心強い。」
ハルカはもう確信の顔をしている。
この数日間で、俺の意思とはまったく関係なく俺の人生が決められていく。
「所属パーティーは?」
ツバサの問いに、
「ヴァンダルハーツよ。」
とハルカ。
そうでしょうね・・・。俺もそこに移籍するんだから。
「これで仲直りね・・・。」
ハルカが言う。
「そういうことね。」
ツバサが答える。
「レベル3も、よろしくな。」
ツバサの言葉に、
「シーナです!」
とキレ気味で答える。それを見て笑うハルカ。
これで13人目のメンバーが加入した。
元S級パーティー地球防衛軍パーティーリーダー
ツバサレベル11
ジョブ アルフォンス
別名スティンガーのツバサ
ハルカ同様、この国で最強と呼ばれた女性プレイヤーである。
「そろそろステージだから。」
とツバサ。
「2人で聴いているわ。」
とハルカ。
すでにステージにはバンドメンバーがスタンバイしており、いつの間にか客も30人程に増えていた。店の照明が落とされステージにライトが集中する。そしてツバサがそのセンターでマイクを構えた。
詳しい打ち合わせは週末にオンリーイエスタディにツバサが来てアキラ同席の元、行われる事となった。
帰りのメルセデスの中で、俺はハルカに言った。
「結局、俺を餌にするつもりで今日連れてったんでしょ?」
少し脹れてみせる。
「ごめんね。でもこれが一番最適なシチュエーションだと思ったの。
それにシーナにとってもいいと思うよ。
ツバサは本当に教育がうまい。それにアキラよりは優しいわよ。」
と嬉しそうに言う。
「でもよかったですね、仲直りできて。」
「うん。」
打ち解けた2人の顔を見て、本当によかったと思った。
ハルカが言った、『運命を共にする』の言葉は決意を感じさせた。2度と変わらぬ友情とでもいうべきか…。
きっとこの連隊はなにか予期せぬものを運んでくるに違いない。
そう感じずにはいられなかった。




