UNDEAD -アンデッド--4
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その日の仕事はなんだか上の空だった。久し振りの姉との再会。集中力を欠いた俺は、洗い物の最中ワイングラスを落とし割ってしまった。
「大丈夫?」
ナギサが心配してカウンターからやってきた。俺のこの店の戦場は、カウンター裏にある狭いキッチン。この小さなフィールドで、客からのフードのオーダーが入ると調理をする。調理といってもチョリソーを焼いたりチーズを盛り付けたりと簡単なものがほとんどで、マニュアルさえあれば俺にもすぐにできた。一番の仕事はやはり洗い物。グラスを綺麗に磨き洗う。これは意外と難しい。コツを掴まないと、水滴の跡がグラスに残る。店内と違いキッチンは明るい照明で照らされており、その照明にグラスをかざしてチェックする。この行程で手を滑らせワイングラスを落としてしまった。
「すいません…。」
俺の謝罪にナギサは、
「気をつけてね。」
と、一緒に割れた破片を片付けてくれた。
ナギサは北地区の施設に収容されていた時、当時できたばかりの里親制度によりハルカに引き取られた。これはヒデに聞いた話だが、この時期はちょうど【虐殺の門】へのトライに失敗し、シュウのアンデッドによりレイニーデイズが解散した時だった。もうFRONTIERから足を洗うつもりでいたハルカは、4等分に分配されたレイニーデイズの資産を元手にオンリーイエスタディをオープンさせた。そして社会貢献にも目覚め、戦争遺児への支援もはじめた。たまたまボランティアで訪れた北地区施設でハルカの炊き出しを手伝ったのがナギサであった。当時17歳だったナギサは、表情に乏しく暗いイメージだったと、この時無理矢理付き合わされたヒデが回想する。しかし、テキパキ動き自分をサポートするナギサを気に入ったハルカは、彼女と交流をはじめ里親になることを決意したのだ。特に趣味や趣向がなかったナギサへ、ハルカが軽い気持ちで誘ったのがFRONTIERであった。それはけっして戦闘目的ではなく、一昔前の世界中の街並みを見ると言う観光が前提であった。だがやはり大日本帝国最強の女。ストレス解消で、その場にいたイーター達を一人で蹴散らした。(その時ダイブしたのはナギサの安全を考慮し、E級フィールドであった。)それを見てナギサは影響されハルカを指導者としFRONTIERのプレイヤーとなった。
深夜1時。ラストオーダーを無事終え、アスカが帰宅しハルカとナギサ、俺の三人で閉店準備に入った。眠らない街歌舞伎町の中では早い時間の閉店となるが、ハルカの『美味い酒を呑める時間帯』だけで勝負したいとのポリシーから、この営業時間に設定された。ちなみに定休日は日曜日である。はしごの泥酔客が来る店にしたくないのだ。20時の開店からじっくり酒を楽しめる時間と考えるならベストな時間設定だと言える。比較的、紳士的な客が多いのもハルカの経営コンセプトのセンスが物語っている。
しかし、このラストオーダー後に堂々と来る客が一人いる。ハルカは無下にせずウィスキーのボトルをその客の前に出し、セルフで呑ませる。
アキラだ…。
パシッとスーツで現れる。そしてこの男は、俺を指名してくる。別にこれといって弾む会話もない。閉店後だから俺がカウンターに立っても問題はないのたが、特に接客という対応はしていない。アキラ曰く、『ハルカやナギサとは話が合わない』だそうだ。同じヴァンダルハーツのメンバーである二人。ましてやハルカとは古い仲である。この国NO.1のパーティーリーダーの孤独を少し感じられた。しかし、だからって俺を前に立たせて「なんか歌え」「おもしろい事を言え」と無茶ぶりをしてくるのには困っている。この男のせいで俺は、寝不足のまま日常生活を送る羽目になっている。
しかし今日のアキラは様子が違っていた。ハルカとナギサを前に立たせなにやら真剣な話をしている。俺はキッチンで洗い物の山と格闘していたが、狭い店であるため会話が聞こえてきた。
「今週末トライアルいくぞ。」
アキラの言葉に俺の手が止まる。そうか!ヴァンダルハーツが久しぶりにトライアル・フィールドへ挑戦か!俺も最近この手の話が楽しくなってきた。学校の友達(2人しかいないが・・・)にも自分がFRONTIERのプレイヤーだとは言っていない。学校にバレるとまずいし、戦争孤児としての身分もある。幸いにも自分の周りには絶対数の少ないハイプレイヤーが4人もいるし、師匠とも言うべきリョウはこのハイプレイヤーたちが認める天才である。プレイヤーにとって恵まれすぎている環境の中で俺は育てられていた。
「ユウジとは話がついたの?」
ハルカがアキラに問う。
「いや、ユウジはもう使わん。成功報酬40パーセントもふっかけてきやがった。」
答えるアキラを
「どうするの?」という目でハルカが見る。ユウジとは結構有名な傭兵でレベルは9だが、援護ポジションのスペシャリストとして名を上げている。現在、ヴァンダルハーツの正規雇用メンバーは3人。リーダーのアキラにリベロのハルカ、スナイパーのナギサである。あと一人ガクというメンバーがいたが家庭を持ったのを理由に、最近FRONTIERから足を洗った。
「リョウを招聘する。ヒデとは話がついている。」
アキラの言葉に俺はたまらずカウンターにでた。
「マジですか!?」
俺のリアクションにハルカが笑っている。
「ああ。あいつもレベル8に上がり、レベル9が見えてきた。そろそろハイプレイヤー条件も必要だろう。それに今俺が招聘できるプレイヤーの中ではどんな傭兵よりも使える。」
ハイプレイヤー条件とは、レベル10(ハイプレイヤー)に上がるために必要な条件である。レベル9から10に上がるためには経験値とは別に、ある条件をクリアしなくてはならない。それは正規雇用パーティーでS級フィールドのミッションをコンプリートした実績があるという事。どんなに腕のいい傭兵でもレベル9が多いのがこの正規雇用パーティーでのコンプリートという点だろう。傭兵契約によるコンプリートはカウントされないのである。
今まで沈黙していたナギサが口をひらく。
「一旦こちらで正規雇用するのね。」
なるほど。現在リョウが正規雇用されているのはエンドオブザワールドである。しかし今回のミッションだけはエンドオブザワールドを抜け、ヴァンダルハーツへ正規に移籍する形をとるわけだ。実はこういうケースは多々あり、協力関係にあるパーティー間でのトレードはひとつの戦略である。もちろん単発のトレードで、ミッションが終われば自分のパーティーへと帰っていく。今回のリョウのケースは、腕のいいメンバーが欲しいヴァンダルハーツと、メンバーのハイプレイヤー条件をクリアしたいエンドオブザワールド両者にメリットがある。
「リョウちゃんとはA級ミッションの時にヘルプにきてもらって以来ね。1年ぶりだからポジショニングの確認とかしないで大丈夫?」
ナギサの冷静な言葉に、
「大丈夫だ。あいつに作戦とか関係ない。兄貴そっくりで先頭に立ち突っ走る。それがリョウだ。リョウとおまえとのツートップで、今度こそトライアルをクリアする。」
アキラの強い決意が伝わってきた。しかしハルカがそれを遮る。
「アキラちょっと待って。あとひとりはどうするの?まさか4人でトライアルに行くんじゃないでしょうね?」
ハルカの言葉は極めて重要な事だ。トライアル・フィールドの難易度は至極高い。ハイプレイヤーを揃えたパーティーであってもクリアの可能性は低い。現にヴァンダルハーツもすでに5回のトライに失敗している。その状況でフルパーティーで臨まない選択はないに決まっている。
「もちろんもう一人招聘してある。さっき話をつけてきた。胸糞悪いヤツだが、腕はこの国で1番だ。もちろんこいつはヘルプだから傭兵契約での参加だがな。それに報酬はいらないって言いやがるから余計に腹が立つ。
だが・・・こんな状況だ。嫌なヤツにも頭ぐらい下げてやるさ。」
アキラの言葉にハルカの表情が緩む。
「頭なんか下げてないでしょ?そっか・・・。久しぶりに楽しいミッションになりそうね。」
ハルカは本当に楽しそうだ。ナギサが困惑した顔でハルカに聞く。
「誰?」
ハルカがナギサの肩を抱いて答えた。
「ヒュウガよ。」
元レイニーデイズの天才スナイパーの名前だった。




