帝国最強の女-8
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人混みをかき分け、メインストリートを一本入った雑居ビルの4階にあるONLY YESTERDAYという店の前についた。店の扉にはCLOSEがかかっていたが、ヒデはお構い無く中へ入り、ダイキと俺も続いた。
「いらっしゃい。まってたわよ。」
俺たちを出迎えたハルカ。さっき会った時からさらにハデなメイクに華やかなドレスを着ている。ここはハルカが経営するバーである。カウンター15席程の小さな店だが、カウンター越しにさまざまな酒が棚に並んでいる。まだ時間が早いようで店は開店していなかったが、カウンターに1人、男が座っていた。すでに呑んでいる様子で、男の前にはウィスキーの瓶と、手には飲みかけのグラスが握られていた。
「よう。来てたのか。」
ヒデがカウンターの男に声をかけた。男は黒のスーツ姿で、睨み付けるようにこちらを向いた。
「アキラさん!?」
ダイキが驚いたように男の名を呼んだ。アキラ!?ヴァンダルハーツのパーティーリーダーアキラがそこにいた。
「ヒデか…あとガリ勉メガネ…なんだそのガキは?」
アキラは俺たちを一瞥してグラスを一気にあけた。一瞬目が合っただけでゾクッとする威圧感。伝説のパーティーレイニーデイズの一員でありサブリーダー。
現在ヴァンダルハーツのパーティーリーダーとして大日本帝国のFRONTIERプレイヤーの頂点に君臨する男。
「私が呼んだのよ。ヒデが来るからってね。」
ハルカが新しいウィスキーの瓶とグラスを3つカウンターにおきながら言った。ヒデは軽く笑いながらアキラの隣に座りダイキ、俺が順番に続いた。
薄暗い店の中には、ステンドグラスをあしらった洒落た照明でカウンターを照らしていた。アキラは懐からタバコをだし、一本くわえるとジッポで火をつけた。その仕草に見とれていた俺は、大人の渋さを感じていた。アッサリした顔立ちだが目付きが悪い。だがなんだかカッコいい。この雰囲気に凄くマッチした風貌だった。
「おいハルカ。シーナはノンアルコールだ。」
ヒデがハルカに笑いながら言う。ハッとした顔でハルカが俺の前にコーラを持ってきた。ダイキが二人分の酒をつぎ、乾杯もなくグラスを口に運ぶ。しばらく沈黙の四人。ここでハルカが切り込む。
「リョウは?」
「リョウはこの街が苦手なんだよ。オテンバ娘だがやはりお嬢様だからな。」
ヒデが説明する。
「やっぱりね。まぁいいわ。今日はジャンジャンお金使ってね。」
笑顔でえげつない事を言うハルカ。しかし、これで場が和んだ。
「アキラ、なかなかフィールドNO.1には挑めてないようだな?」
ヒデがアキラに意地悪な声で言う。フィールドNO.1とはもちろんS級のラストフィールドの事だ。現在、日本で唯一のS級パーティーであるヴァンダルハーツでも、挑戦すらできないNO.1フィールド。
「トライアルがなかなかクリアできなくてな。」
アキラが気だるそうに返す。俺は小声でダイキに
「トライアルって?」
と聞いた。ダイキはいつものように笑顔で教えてくれた。
R-SフィールドNO.1、別名【虐殺の門】。世界中のプレイヤーが目指す最終フィールド。このフィールドへ挑戦するには大きな条件が必要とされる。それがトライアル・フィールドだ。フィールドNO.2~NO.4のいずれかをクリアしなければならない。もちろん難易度の高いフィールドであることは言うまでもない。この条件をクリアしたパーティーにのみ、その後30日以内に1回だけ挑戦権が与えられる。その1回の挑戦に失敗、または30日間の期限を過ぎたら、もう一度トライアルからやり直しとなる。
そしてペナルティーとして2か月はトライアルへ挑戦はできない。
このトライアルの難易度が高すぎて、ここで足踏みするパーティーが多く、フィールドNO.1に挑戦できるのは世界でも一部の有力パーティーに限られており、3ヶ月から4ヶ月に一度のペースである。唯一この【虐殺の門】だけは世界中にライブ中継される。ごく少数しか挑めない最終フィールドを世界中のFRONTIERプレイヤーがネットやステーションのモニターを通して見る事ができるのだ。
「俺たちがトライした【虐殺の門】…もちろん覚えているよな?」
アキラがヒデに問う。
「もちろんだ…。」
ヒデは静かに答えた。
「散々だったわね。」
ハルカは笑顔だ。アキラが、再びタバコをふかしなから話始めた。
「最初にハルカがリタイアして、次にヒデ。そしてヒュウガが消えた。俺はシュウの援護をしながら蜂の巣にされたよ。リタイアする寸前…意識がなくなりかけた俺はシュウが【虐殺の門】を通過するのを見た…。」
アキラの言葉にヒデとハルカは口を閉ざした。それはつらい過去を思いだし、言葉にならない様子だった。そのトライ後にシュウはアンデッドしたのである。
「【虐殺の門】とはそれほどまでの難易度なんですね…」
ダイキが静かに言葉を発した。
「ガリ勉メガネ…あそこは地獄だ。」
アキラの呟きにダイキも口をつぐんだ。FRONTIERの歴史上、一度もコンプリートされたことのないフィールドNO.1【虐殺の門】。
幾多の実力者が挑み破れた難攻不落のラストフィールド。しかしゲームである以上、なんかしらの攻略法があってもいいはずである。俺の好奇心が、勝手に口を開かせた。
「しかし…ヴァンダルハーツほどの最上級パーティーであれば…ましてや【虐殺の門】を経験しているアキラさんとハルカさんがいるパーティーです…なにかコンプリートへの策もあるんじゃないですか?」
俺の言葉にアキラが深くタバコを吸い込みゆっくり吐き出し、俺に視線を合わせた。
「ガキ…いや、シーナと言ったか?お前がもしあのフィールドにトライした時、戦う相手は自分の中の絶望だよ。」
アキラの静かで強い口調に俺は好奇心で口にした言葉を後悔した。しかし、
「だがな…ひとつだけ少ない可能性だがチャンスはある。」
アキラは少し表情を緩めて言った。
「3パーティー連隊でのトライね。」
ハルカが続く。
「むしろこれしか考えられないな。」
ヒデもこれに相槌をいれる。
「3パーティー連隊?」
さらに好奇心に襲われた俺はアキラにさらに強く聞いた。
「【虐殺の門】っていうのは要塞なんだ。その要塞にある小さな門を抜けることでコンプリートとなる。
ただ問題なのは、パーティー人数の50パーセントが抜ければならない。フルパーティーなら3人、4人のパーティーなら2人だ。今まで抜けたヤツは何人かいた。シュウもその1人だ。しかし、パーティーとしてコンプリートしなくては意味がない。それが【虐殺の門】だ。」
アキラは俺の事は見ずに話を進めた。続けてヒデが口を開く。
「その要塞から何百という機関砲やガトリング、ランチャーが一斉にプレイヤーめがけて撃ってくる。スピードに特化したプレイヤーなら、それを掻い潜って 門へ直行できないこともない。シュウがくぐれたようにな。しかし、パーティーってのは様々なポジショニングを想定した構成で作っていく。言い換えるなら、【虐殺の門】までたどり着いた時点で、スピード特化のプレイヤーはパーティーに1人か2人しかいない。ミッションフィールドのフラッグではリベロが必要だから、リベロを育てる事を最優先にS級まで上がったのに、ラスボス戦ではリベロがまったく役にたたないんだ。」
ハルカもこれに加わる。
「私やヒデのようなリベロは完全に援護に徹する状況になるわ。例えばフルパーティーだったとしても門まで3人向かわせてしまったら、実質の戦力は2人。あの嵐のような火器砲火では、1パーティーだけでの戦力では足らないのよ。」
それを聞いたダイキがハッした表情で話し出した。
「なるほど…たしかR-SフィールドNO.1のパーティー接続上限は3でしたよね?それで3パーティー連隊ってわけですね?」
ヒデが大きく頷いてまた話し始める。
「1パーティーをコンプリート部隊として、残りの2パーティーでひたすら援護をする。もちろんその3パーティー間でもメンバーを入れ替える。パーティーリーダーさえ変わらなければトレードは自由だ。コンプリート部隊にスピード特化のプレイヤーを集中させる。現状考えうる策はこれしかない。」
グイっとグラスをあけたアキラが、こう付け足す。
「まぁ、不可能な策だけどな。」
と。
「なぜ不可能なんですか?そこまでしっかりとしたプランがあるならばやるべきですよ。」
俺の無駄口に、
「やれるなら、とっくに世界中のどこかのパーティーがやっているわ。」
と、ハルカに一蹴された。俺はダイキの顔を見た。ダイキは俺の視線に気づき、真剣な眼差しで口を開いた。
「トライアルだよ。」
ダイキの言葉に俺は理解できない顔をした。
「トライアルで【虐殺の門】へと挑戦権を獲るパーティーは、3ヶ月に1回あるかないかだ。そんな状況で3パーティーも同時にクリアできるわけないだろう。それに世界中でS級パーティーなんて一握りの存在だ。限りなく少ない確率の中で、この策は不可能なんだよ。」
ダイキの説明で、納得がいった。
アキラがさらに口を挟む。
「仮に3パーティー揃ったとしよう。じゃあ、どのパーティーがコンプリート部隊になるか…これで揉めるな。3パーティーが力を合わせて難攻不落の【虐殺の門】をクリアしたとしても、称賛を浴びるのはコンプリート部隊が集められた1つのパーティーだけだ。歴史に名を刻むのも、そのパーティー名だ。まったく知らないパーティー同士では成立しないんだ。」
なるほど…じゃあ同じ志をもったパーティー同士なら、無い話でもない。俺の顔を見て思惑を見透かしたようにハルカがつけたした。
「S級パーティーが3パーティーも同じフィールドに存在すること自体、めずらしい状況ね。 何度も言うけどS級パーティーは絶対数が少ないの。S級フィールドに接続上限なんて関係ないわ。だって他のパーティーにほとんど会ったことないもの。大日本帝国では私たちヴァンダルハーツしかS級がいないからなおさらね。時差もあって海外のパーティーに会うこともないわ。それに例えS級の3パーティーが仲間になったとしても、同じ時期に【虐殺の門】への挑戦権を獲る可能性は低いわ。」
結局、話は振り出しに戻る。しかし、これはゲームだ。絶対になにかコンプリートのキーワードがあるはずである。俺のモヤモヤは大きく膨らむばかりだった。
俺のへたれた顔を見たヒデは、ハルカに言った。
「ハルカ、久しぶりにあれを歌ってくれよ。」
言われたハルカは、
「はぁ?今?」
と嫌そうな顔をした。
「俺も聞きたい。」
アキラも表情を変えずに続く。ため息をひとつ漏らして、ハルカは、店に飾ってあったアコースティックギターを構えた。
「なんの歌?」
ダイキがヒデに問う。
「レイニーデイズの歌だよ。」
ヒデが嬉しそうな顔をした。レイニーデイズの歌?
「シュウが好きな歌だったRAINY DAYS AND MONDAYSってカーペンターズの曲名から、レイニーデイズって名がつけられたんだ。」
アキラが付け足した。ハルカはポロンとギターを一度鳴らして、透き通る歌声を発した。
俺は感動していた。ハルカの歌声は俺の胸の奥深くにある魂をギュッと掴んだ。もちろん歌詞の意味はわからない。だけどすべてが浄化される…そんな気持ちにさせられた。
「お前の歌声は、いつ聞いても癒されるよ。」
ヒデが言うと、
「おだてないで。今日はめんどくさい仕事をさせたんだから、ちゃんとお返ししなさい。」
ハルカは、新しいボトルをヒデの前に置いた。
めんどくさい仕事?
ダイキの顔を見ると、
「ハルカさんが、前にいたコリアンパーティーを排除してくれたんだよ。」
とバツが悪そうに答えた。
プレイヤーキル!?
俺の疑視はヒデに向けられた。
「いや…まぁ…あれだよ…。」
歯切れの悪いヒデの態度にアキラが口を挟んだ。
「コリアンへのプレイヤーキルは当然の事だ。殺らなきゃこっちが殺られる。シーナ、これだけは覚えておけ。コリアンはイーターと同じだ。見つけたら必ず撃て。どうやって俺たちレイニーデイズがわずか3年足らずでS級までかけ上がったか…邪魔するヤツは例えプレイヤーキルになろうと、排除してきた貪欲さだ。ヒデはアマいヤツだから、お前たちガキンチョメンバーたちには、プレイヤーキルなんてさせたくなかったんだろう。ありがたいと思え。」
う~ん…なんか納得いかない。
「ま…まぁ、あれだよシーナ。世の中綺麗事だけじゃあ…まぁ、あれだよ…なぁダイキ!!」
ヒデが焦りながらダイキに振った。ダイキも首を何度も上下させ俺の肩を叩いた。
う~ん…納得いかない…
けど…これが俺の選んだ仲間なんだと思えば不思議と納得できた。理由なんてない。自分を受け入れてくれたヒデを信じるだけだ。
「さぁ、そろそろ店の女の子たちも出勤してくるわ。ナギサももうすぐ来るから…ダイキ、もう少し待ってね。」
ハルカが場を切り替えようと明るく言った。ダイキの顔が満面の笑顔に変わる。
なるほど…ダイキが今日のハルカ参戦を喜んでいたのはコレか…。ナギサって女がお目当てだったわけだ。
俺はコーラを一気に飲み干した。今日は楽しもう。なにも考えずに仲間たちと。ふと店の隅に、張り紙が見えた。薄暗い店内で今まで見えなかった。《従業員募集》と書かれた張り紙。俺の中で、何かが動きはじめた。




