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第三話 冬の足音

秋祭りも終わり、遠州特有の強い西風が万斛にも吹き始めた。信州から出てきて、初の遠州の冬を迎えた乱三と奈緒は、時折吹く息もできない程の風にやや辟易している。

伊那は山間だけに雪こそ降るが、風はさほどでもない。即ち遠州とは真逆なのであったので体感温度の違いに乱三はやや体調を崩し気味であった。


そんな中、奈緒は目の前の物と、自分が育てている馬鈴薯を見比べていた。目の前の物とは先日掛塚湊から、二俣に向かう行商人が売り付けてきたサツマイモである。

なんでも馬鈴薯と同じく、南方の産で、薩州にて栽培が始まっているらしい。行商人は一通りの説明をすると、焼き方を教え、これまた破格の安さでお試しの十本を置いていったのだ。

奈緒はそれを言われた通りに焼いてから、サツマイモが時折、りおが仁坊に持ってくる差し入れに酷似しているのに気付き、さらに食してから、塩もかけないのに程よい、栗に似た甘味が出たのに気付く。何やら馬鈴薯の苦労を根底から覆されてしまった様な感じである。

さらに奈緒の頭の中では、算盤が恐ろしい速さで弾かれた。そして答えが出ると、木戸の仁坊を呼びに行ったのだ。


仁坊は木戸の周りの落ち葉を掃除していたのだが、唐突に奈緒に呼び止められた。大抵こう言うときには、あまり良い時がないので警戒していると、りおが毎回持ってくる焼き芋と同じものを奈緒が差し出してきたのだ。

「姉さん、こりゃ一体」と言うと、奈緒は「まず食え。そしていつもの奴と比べてみろ」と命令した。仁坊は奈緒の焼き芋の皮をむしり、一番美味い腹の部分を食ってみた。

やはりと言うか、甘味が足りなくパサパサしている。正直に言おうか悩んだが、意を決して真実を告げると、奈緒が小難しい顔をして母屋に消えていった。

戸惑いながらも、仁坊は掃除を続けていたら、おもむろに後ろから声を掛けられた。いつも聞きなれた、やや舌足らずの声は、りおであった。

「今日は早いな」と仁坊が問うと、「なんとなく、来た方が良いと思ったの」と、りおが答えた。仁坊はりおに奈緒がサツマイモを手に入れた事と、なにやら試行錯誤しながら焼き芋を作ってる事を話し、りおは相槌を打ちながら、親身に聞いていた。


「そういう事だから、手伝ってくんないかな?」

仁坊とりおが話していたら、背後から奈緒が割り込んできた。仁坊とりおが一瞬固まる。

奈緒は時折、鬼気とも言うべき気を発する時があるが、今発している気こそが正にそれであった。仁坊が考えている以上に、焼き芋作りは切羽詰まっていたらしい。

「合挽き中悪いけど、この娘借りるね」と奈緒は丸で悪びれず、りおの襟をつかんで母屋に連れていった。

「あわわわ」と蛇に睨まれた蛙の様に、無抵抗のままりおは引きずられ、「なあに、別にとって食う訳じゃないよ。減るもんじゃないし、一緒に楽しみながらしよう」等と、誤解を生みそうな言葉を並べながら、奈緒はりおを母屋に引きずり込んだのであった。

一人取り残された仁坊は、気をとり直して木戸周りの掃き掃除を続けたのであった。



母屋の中にいた乱三は、奈緒がりおを引きずってくるのを一瞥すると、少し咳き込みながら、「ちと寺に顔を出してくるわ」と太刀を持ち、立ち上がった。「あいよ、悪いね」と奈緒が返すと、乱三はかるく右手を上げながら、番所の北口から出ていった。

「さてと」と奈緒は土間の籠からサツマイモを持ってきた。「美味しく焼きたいんだ、教えてくれ」と頭を下げた。

りおがキョトンとしていると、「なんだ、アイツ、つまり乱三の奴が最近調子悪くてな、美味しくて栄養が有るものを食わせてやりたんだよ」と、乱三にもなかなか見せない態度を取った。何度か試したけど、どうしてもパサつくし、美味くないと説明をすると、りおが少し笑いながら、「いいよ」と答えた。



番所で奈緒が四苦八苦してる頃、乱三は禅寺にいた。曹洞宗のこの寺は、所謂ここの開拓集落の菩提寺とも言え、付近の村役人なども集まる寺である。

最近では新幕府により、「村民皆檀家体制」が敷かれ、定住をする者は付近の寺院の檀家とならなければならず、乱三も例に漏れずこの寺の檀家となっている。曲がりなりにも、万斛殿の臣としてこの付近の治安を司る立場としては、寺院の住職とは繋がりは強くなる。

この時代、僧侶とは知識人層であり、また一種の支配層であるから、僧侶と付き合うには一定の知識と作法を必要とする。故に村の戸籍を管理する僧侶、村の内政を管理する庄屋や村役人は、ある意味武士階級と肩を並べる。

僧侶も、庄屋も、しっかりとした「貫高」を有する「役人」なのである。そうなると、万斛殿の領の境一帯の治安(守備)を司る役目の乱三は、本来ならば万斛殿の代官的な役割なのだが、そこは流民が多い開拓地だけあり、あまり分け隔てが無いのが乱三としてはありがたい。

乱三は、住職より薬湯をもらうと、それをすすりながら、茶屋にて購入してきたヨモギの団子を茶請けにと住職に差し上げた。薬湯はオオバコとヨモギを煎じた物で、やや甘味を加えてあるために飲みやすい。

この時代は、薬草学が主流であり、オオバコもヨモギもその辺の野原や川原で手に入る。住職はどうやらこの手の薬草を栽培しているようで、薬湯を庵にて煎じて客人に振る舞うのを道楽としているようである。

住職はオオバコと、ヨモギの組み合わせは喉に良く、咳に良いと乱三に力説し、乱三は感謝しつつも、やや困惑気味であった。やがて薬湯とヨモギ団子を食し終わると、世間話が始まる。

大抵、集落の中の誰が最近どんな状況だとか言う内容であり、乱三の方は番所を通行する旅人、つまりは外来者の情報である。これにより、大抵の情報が交換され、各集落の長などに色々と伝わり、集落の長から集落の住民に伝わる訳である。

乱三の担当している集落はまだ小さく、それほど戸数は多くはないが、最近になり流民たちが持ち込んだ「菜種」により「菜種油」の原料の産地となりつつある。菜種は万斛一帯に広がり、庄屋権右衛門も奨励したために、夏の米と冬の菜の花体制により、実際の年貢高の約五割ましの収益をもたらし始めた。

それは形式上の支配者でもある、万斛殿の功績にもなり、菜種油の幕府への献上と言う形で、幕府への発言力を高め出している。万斛の宿場方面の境に番所が建てられたのも、乱三のような浪人を足軽分として雇い入れたのも、こう言った背景からの「外敵」に備える為であった訳である。

そう言った背景を、乱三も住職も踏まえながらも、日々は自分達の暮らす集落の事を考えながら、午前中の一時をこうして過ごしていた。




奈緒は目から鱗が落ちる思いだった。「焼く」と言う言葉から、山国出身の奈緒はてっきり囲炉裏の周りで魚を焼くように、串で刺した芋を直火で焼いていたのである。

しかし、りおの焼き方は違った。りおはまず、石を積み上げて、簡単な竈を作り、落ち葉などを持ってきてそれを焼き、その竈の上に素焼きの皿を乗せて焼き出したのである。

この焼き方は、後に「石焼き芋」と言われる焼き方の原型であり、大量に焼くのには向かないが、素焼きの皿から来る熱により、直火で焼くより水分が蒸発せず、ホクホクに焼けるのである。奈緒はその焼き芋の甘さにじんわりと、そしてほっくりとした感覚に包まれていたのである。

「よし、私が焼く」と同じように竈を組み、落ち葉を焼き、上に金棒で台を作り、素焼きの皿を乗せてサツマイモを焼き出した。ふと乱三の為に焼きながらも、軒先に竈を本格的に作って、焼き芋を販売したら売れるかも等と考えるのだが、「なんか人間臭くなってきたな」と呟く自分を意外と奈緒は気に入ってる。

この肉体になってからまだ五年程度、それまでの長い年月の間、乱三を見つけるまで、このような食事と言う概念もなく、銭儲け等と言う俗事も関係なく、百年近い年月の間、山間の村落を見守り続けてきた。

乱三は人である以上、このまま老いる。しかし、自分は乱三が居なくなった後も存在し続けなければならない。果たしてそれに自分は耐えられるであろうか。

と、我に戻る。おそらく晩秋の雰囲気が、そんな思いを頭に巡らせたのだろうと奈緒は頭をふり、乱三ね分の芋を焼き始めた。

もうじき昼の鐘が鳴る。そうすれば乱三は、自分の元に帰ってくる。今はそれで奈緒は満足であった。



住職が、昼の鐘を打つ為に話を終わらせた乱三は、そのまま番所に向かう。番所に着く頃に丁度鐘が鳴るために、奈緒も帰りを察しやすいのだ。

この時代は、まだ昼食と言う概念は無いが、番所では奈緒の作る新作の「試食」が行われるために、昼食とも言える食事がある。番所では既に準備を済ませた奈緒が、乱三と自分の分の焼き芋を用意していた。

仁坊とりおは、二人で集落の見回りをするとかで、連れ立って出ていったので、二人きりである。住職程ではなくても、薬草の知識はある奈緒が、オオバコの薬湯を湯呑みに注ぎ、乱三と二人で軒先に座りながら、焼き芋を頬張る。

「甘くて美味い」と乱三の率直な感想を聞き、大満足の奈緒は、ふと「このままが続け」と心に願った。


数日後、番所の軒先には、小さめのしっかりとした竈が作られた。竈の上には金網を敷き、素焼きの皿を複数手に入れ、燃料は落ち葉は色々な肥やしになるので、集落中から藁などを安価で引き取る事にした。

すると割りと換金する村人が多く来た。半分は「自称看板娘(?)」ね奈緒を見に来てるのかも知れないが、換金された藁は燃料となり、改めて仕入れたサツマイモの代金と合わせても、元金は安く済む。

サツマイモの仕入れは、宿場町まで毎日仁坊が行き、藁はほっといても村人が持ってくる訳だから、色んな意味で安上がりだ。

種芋も手に入れ、裏の一反程度の畑の半分をサツマイモの栽培地にしたので、実るようになれば、来年からはサツマイモは畑から採れるだろう。

色々頭を巡らせながら、奈緒は軒先の品書きに「焼き芋四文」と書き込みながら「これからの冬は楽しそうだ」と思いを巡らせたのである。


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