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第二話 村祭り

秋になり上泉の集落に限らず、郷の各集落では収穫を祝い、鎮守の杜に収穫物を奉納し、祭事を始める。

上泉を含む部分は邑勢と呼ばれ、須和の局の屋敷がある万斛の南にある。

この郷は万斛を中心に、北の街道沿いに商店が立ち並ぶ「茶屋町」があり、南には流民が開墾をしている「邑勢村」がある。

最近は茶屋町と邑勢村の周りにも、流民たちが住み着いて開墾を始めており、いずれ高い収益となると庄屋として藩の税務官をかねてる権右ェ門は、正に大黒みたいな顔で、恰幅のよい体を今日は北、明日は南と走り回っている。

そんな中、今日は農作地である邑勢村の祭りであるので、名字帯刀を許されている身分らしく、羽織に脇差しを付け、朝から準備に忙しい。

そして万斛殿様も、たまの外出とあってはしゃいでいるのだが、警護方の隆起と隆起の補佐をする中間、輿を担ぐ人足や、荷物を持つ下男、お着きの女中などは準備に大わらわであった。


一方上泉番所である。

祭りともなれば、村全体がざわつく。この時代、他の村の祭りに遊びに行くような風習は無いので、外来者はさほどでもないが、とにかく無礼講である。

各集落には組頭がいて、若衆をまとめてはいるのだが、年に一度の祭りともなれば何も起きない方がおかしい。組頭は乱三に対して、祭りに参加してにらみを効かせるように依頼したので、乱三は仁坊に番所の、と言うよりはよろず屋の番を任せて、奈緒と出掛けるようになっている。奈緒まで招待したのは組頭のはからいなのかもしれない。


まずは朝の見回りを終えたあと、仁坊が集落の祠にお参りにいく。

各集落には小さな祠があり、集落の民はそこに参拝してから、村の鎮守へと行くのであり、集落からの奉納品もいちどそこに集められている。仁坊が着くと、すでに大八車には収穫された雑穀や、野菜が積まれ、大八車には竹竿が立てられて、注連縄やら何やら飾りつけがされていた。

仁坊は組頭に、軽く挨拶してから参拝し、番所に戻った。 


一方番所ではかなり賑やかな声が響いていた。

「あー、いつまでやってるんだ?」

体格のわりに高めの乱三の声は良く通る。

「よし、どうだ!」

と続いて響く奈緒の声。

要は祭りに着ていく服である。金三枚一人扶持では大した贅沢は出来ないが、奈緒に言わせれば、曲がりなりにも士分の奥方だから、綺麗にしなければならないらしい。

乱三なぞは藍色の着物に、同色の袴を履き、濃紺の羽織を引っ掛け、手甲と脚絆を身に付けて、大小二本差しで草鞋履きと、職務中と然程変わりはしない格好をしてるのだが、奈緒は薄い桜色の着物を着ている。奈緒は乱三を上から下まで見て「ホント着飾らない男だね」と呆れ顔で呟いた。

「別にお前が着飾りゃいいんじゃないか」と返す乱三を、ジト目で見ながらプイと横を向いた。乱三は土間の片隅にまとめてあった、奉納用の馬鈴薯を袋に詰め、紐で縛って肩に担ぐと「仁坊、あとは頼むぞ」と声をかける。「へーい」と気の抜けた返事を聞いた奈緒が「売り上げ少なかったら、しばらく飯抜きだからね」と言うと「姐さん、そりゃないよ」と返すと、奈緒は軽く笑い声を上げた。

乱三と奈緒が番所から遠ざかると、仁坊は軒先に座り、傍らに六尺棒を立て掛けて、店番を始めたのだった。


この時代あまり女性は外出せず、近所付き合いも少なかった。故にこの日の朝からの奈緒や万斛殿のはしゃぎっぷりは、日頃のストレスの発散と言える。

奈緒はまだ客を相手に出来るが、万斛殿はそうは行かない。来客と言えば、月に数回の乱三と、年に何度かの息子の久光くらいしかなく、他は女中や下女、仏頂面の隆起や何となく口煩い庄屋権右衛門しかいない訳で、賓客扱いとは言え、村祭りに行けるのは非常に楽しみだろう。

「さて、行くぞ」と万斛殿が声を上げると、「まだ正午にもなっておりません」と護衛方の橘隆起が突っ込みを入れた。

賓客が早く行ったら、村人たちが返って迷惑であり、村人たちがある程度集まってから現れて、「みな楽しんでくれ」と短く挨拶するのが、一番良いのである。と言った内容をクドクドと聞かされながら、万斛殿は「分かった、分かった」等と言いながら、実は全く聞いていないのは何時もの事で、隆起はその都度ため息を吐くのであった。


さて、乱三と奈緒は連れだって祠の近くの組頭の家に着いた。相対的にどちらが上の立場とかではなく、組頭はあくまでもこの集落においての、自治の代表であり、乱三はあくまでも万斛殿の建てた番所の番人に過ぎないが、万斛殿からは番所を置く代わりに、本来なら集落でやるべき、見回りなどの役務をやっているという持ちつ持たれつの関係である。

乱三としても、招待された手前もあるし、集落の頭である組頭には敬意を払うのは当たり前であり、そのために馬鈴薯を持ってきたのであった。この時代、馬鈴薯はこの国には根付いておらず、太平の世になりようやく西国から海上交易により掛塚に入り、掛塚より往環路を伝い、橋羽を中継して、二俣に向かう途中の商人によって、上泉番所に種芋が売られて、番所で今年から育て始めている。

ついでに朝顔が青く咲くと馬鈴薯が美味いと言われたので、買わされてるのがやや間抜けな話ではあるが、お陰で夏の番所は朝顔が咲き乱れ、秋は順調に馬鈴薯を収穫できた。

奈緒の目下の悩みは、いかに薄味の馬鈴薯を美味く料理するかではあるが、番所だけの特産だけに、奉納しに来たわけである。乱三と奈緒は、馬鈴薯を一つ祠に起き、手を合わせてから、組頭の家に行き、挨拶をし、大八車を引く若衆や、周りで太鼓や笛でお囃子をする子供たちと一緒に郷社に向かうのであった。



邑勢神社は郷社である。

郷社とは簡単に言ってしまえば、その郷の神社の元締めであり、格式で言えば郷のどの神社より高い。

元亀元年に後に東海一の弓取りと言われた先主が、引間城を改築始めた年に、元よりあった古いほこらに勧請した社で、開拓地域らしく豊穣神の豊受大神を祭る。豊受大神は豊受媛とも言い、女神だとも言われており、狐を従えている稲荷神の一面を持っている。

そのため、秋の収穫を祝う祭が行われているのだ。

上泉番所がある集落は、まだ入植が始まったばかりであり、さすが村の中核となる神社周辺に比べれば、人が少ない。それだけに番所が夜回りを兼任しても、さほど問題は出ないし、事が起きたときも対処しやすいのである。

そんな上泉の集落の奉納品を載せた大八車が、邑勢神社に到着した。もういくつかの集落が到着しているが、神主を兼ねている庄屋の権右衛門が到着するまでは、どこも奉納品を下ろさず待機となるのだ。


やがて全ての集落の奉納品が揃い、万斛殿と庄屋権右衛門が到着する。きちんと神主らしい礼服を整えた権右衛門は、祝詞を唱え、次に神楽台にて神楽を舞った。

厳かな儀式が終わると、境内は途端に賑やかな喧騒に包まれた。乱三と奈緒は連れだって万斛殿に挨拶に行く。

「相変わらず仲が良いようで何よりだな」とにこやかに笑いながら万斛殿は二人を冷やかした。

「お陰様をもちまして」と乱三が堅苦しく答えると、「流浪人の我らを迎え入れて下さった、お須和さまには感謝もありません。乱三と共にお須和さまを母のように思ってます」と奈緒が続く。奈緒の世辞とも取れるが、万斛殿は実際に息子と同世代の乱三を、離れて暮らしている息子に重ねている節があり、奈緒はその辺を見透かしているのであった。

「よいよい、わらわも息子夫婦といるようで楽しいでな。これからも仲ようしとくれ」と万斛殿は上機嫌で答えたのだった。

「さあ村の衆、今日は無礼講だ、みな楽しんでおくれ」と言う万斛殿の叫びと共に、祭は盛り上がりを見せ始めた。



「こんにちは」

いきなり仁坊は声を掛けられた。

乱三と奈緒が出掛けたあと、一人留守番を兼ねてボケボケしていたのだが、不意に声を掛けられたのである。しかも集落側から、女の子にである。

「誰だ?」と仁坊は声を掛けたが、自分でも妙なことを言ったと思った。なんせ、上泉番所のある集落は郷の中でも一番の外れであり、主に職人たちが住む地で、戸数も少ないので、知らない顔は無いと言っても良いほどである。

しかし、仁坊は娘を見たことが無かった。娘は桜色の頭からスッポリ被るような、見たことが無いような服を着ており、そんな服を見れば、否が応でも覚えている筈である。

その服、貫頭衣と言う服なのがだ、相当古い形の衣類なので、仁坊が知らないのは無理がない。

「お勤めご苦労様、でも暇そうだね」と娘は目を細めながらにっこりと笑った。

「いや、だから誰?」仁坊は一瞬気を取られたが、すぐさま頭を振り問いただすと、「りお」と言い仁坊の隣に腰を下ろした。

「りお?」仁坊が呆気に取られていると、「はい」とりおと名乗った娘が懐から何かを取り出した。「なんだこれ?」と言う言葉に、すかさずりおは「やきいも」と答えた。

それはサツマイモであったが、仁坊が見たことが無い物だった。当時サツマイモは馬鈴薯と共に、南方から入ってきたばかりで、この国では馴染みが無かったのだ。

りおは両手で、サツマイモを仁坊に差し出しながら、にんまりと笑いながら「美味しいよ」と答えた。半信半疑ながら仁坊は受けとると、一口食べてみた。

「甘い、そんで美味い」と思わず呟く。「でしょう」とりおは、さらににんまりした。

改めて見ると、仁坊と同じくらいの歳だろうか。いつもつり上がり気味の目を細めて、まるでイタズラに成功した子供のようにニンマリしてる。

「みんなお祭りなのに、一人仕事偉いなあって思ったんだ」と、りおはにこやかに話す。「まあ、これが仕事だし」と仁坊はぶっきらぼうに答えた。

「偉い偉い」と、りおに腕を絡まれた仁坊は慌てた。「こらこら」等と言いながらも、仁坊とて若い男であるから、可愛い娘に絡まれれば悪い気はしない。

「みんな祭りで、ひとりで暇でしょ?『りお』が付き合ってあげるよ」と、りおは悪戯っ子のような声を上げた。「ん?」と仁坊は一瞬、りおのお尻の辺りに何かが見えたような気がしたのだが、特に気にしないようにした。

大体この世の中、不思議な事がいくらでもあるのだ。そう割りきると、仁坊はりおを受け入れて、祭りの日の番を、りおと過ごすことにしたのだ。


そして夕刻。仁坊は木戸を閉めると、一応集落の見回りに行くことにした。

見回りついでに送ると言うと、りおは着いてきたが、結局集落を一緒に回って帰ってきただけである。

「お前どこから来たんだ?」仁坊の問いに、りおは特に答えずまたニンマリとする。「台所借りるね」と言うと、りおは木戸小屋で何やら作り出した。

「はい」とりおが差し出したのは、妙な肉である。仁坊が一口食べると、また美味い。

何の肉か訪ねると、ウズラだと答えた。たしかにウズラはこの辺の野原にいるが、一体いつの間にとんまえたのか。

でも、りおのニンマリとした顔を見たら、また考えるのを止めてしまった。「何か変だ」とどこかで考えようとすると、途端にりおの悪戯っ子みたいな顔が目に入り、思考を停止してしまう。

そんな内にいつの間にか、酒まで飲まされてしまっていた。そして滅多に飲まない酒で前後不覚になった仁坊は、記憶を無くしてしまったのである。



夜もふけた。乱三と奈緒は集落の衆に遅くまで付き合わされ、その足で番所に帰ってきたのである。

「おい、着いたぞ」と乱三が言うと、「あい」と呂律が回らない口振りで奈緒が答えた。奈緒はホロ酔い加減で、集落の若衆を『人外の美貌』で魅了してしまい、あれよあれよと酌をされ、すっかり出来上がってしまって、乱三が半ば担ぎながら帰ってきたのだ。

すでに仁坊はおらず、おそらくは寝付いているものと思われた。乱三は奈緒の打ち掛けだけ脱がしてやり、布団を敷いてやると、寝かしてやる。

やれやれと思ったら、寝ぼけているのかどうか分からない奈緒にしがみつかれた。呂律は回らないが、乱三の所有権は自分にあるみたいなことを騒ぐと、眠りについてしまったので、結局乱三もこのまま眠ることとなった。


翌朝。

前後不覚になっていた仁坊は、状況がいまいち飲み込めてなかった。なんだか、りおの件が狐にでもつままれたかの様であり、未だに微睡んでいる感じなのだが、その当の狐が、娘の姿のまま同じ布団で寝ていたのである。

木戸小屋から漏れる光からすると、寝過ごした感じであり、急がなければならないが、小屋から出ると、りおの存在が見られるかもしれない。色々ごちゃごちゃ考えたが、りおの『頭側にある』耳元で「ちょい待っててな」と囁くと、急いで服を着て雨戸を外す。

一連の中でも、違和感は巧妙に忘れているのがおかしいのだが、仁坊は特に気にしてはいない。

慌てて木戸を明けに行こうとすると、すでに開いていた。「あよ」と声がしたので後ろを向くと、りおが寝ぼけながらも歩いていた。

「服着ろ、服」と大慌てで仁坊は叫ぶと、りおは頭の上の耳と、お尻の尻尾が見えてるのに気付き、慌てて小屋に入るが、相変わらず仁坊は服を着てないのは気付いても、耳と尻尾には気付かない、もしくは巧妙に意識出来なくなっていた。

「よう、おはよう」そんな仁坊に背後から奈緒が声をかけた。

「あ、姉さんおはようございます」と、半ば絶望的な気分となりながらも、かろうじて答える。

「兄さんは?」と言うが、頭では留守中に女を連れ込んだ事への言い訳をしようと必死である。

「見回りだよ。こんな時間まで優雅だねえ」と奈緒はニヤニヤしながら答えた。

そんな奈緒を確認した、りおは、思わず隠れた。

「ふ~ん、仁坊はああ言うのに好かれやすいんだな」とからかうように奈緒が答える。

「『あやかし』に好かれるのもいれば、『あやかし』を好くのもいる。まあ、この世界なら普通なんだから、お互いが良ければいいさ」と奈緒は言うと、仁坊に店番を押し付けて、もう一眠りしに奥へ消えた。


しばらくしたら、りおはいつの間にか番所から消えたが、仁坊の夜回りにはいつでも番所の入口に立っていて、一緒に回るようになり、帰るといつの間にか消えていた。

時折、仁坊の小屋に泊まるが、朝早く焼き芋を置いて消えていたのであった。



地元には狐が人に化けて一緒にくらし、人はそれが狐と分かっていながら、受け入れていると言った民話が多く残ります。

おそらく、お隣三河の豊川稲荷の影響が強いのだと思いますが、私はこの狐たちの話が大好きで、この私のお伽噺に取り入れたかったんですね。

あと今回の奈緒の台詞には、いくつかの伏線があり、よく読むと奈緒のことも色々見えてくると思います。

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