2 黒路映画館には、気のきいたエントランスや受付はありません。
個室を出て、外を確認します。
メイクをしていた女性も、おばあさんもいなくなっていました。
トイレの中に入った人と出てきた人の容姿が違うことに気がつく人が、はたしているのかどうかは分かりません。しかし、警戒するに越したことはないのです。
トイレを出て、エスカレーターを駆けあがりながら最上階へと急ぎました。
最上階には、レストラン街が広がっています。いくつか入口があるのですが、今日はオムライス屋さんの近くにある入口から入ろうと決めました。
オムライス屋さんは、地図の端に位置しています。
お店の入り口を通過して、偽物のオムライスが飾られている棚も通り過ぎると、実はそこに少しくぼんだ場所があるのです。鬼ごっこかかくれんぼをしている子どもじゃないと、まずは気がつかないでしょう。
私はちらりと後方を確認し、だれも私を見ていないことを確認すると、その場所にするりと入りこみました。
その後、何もない灰色の壁を静かに押しました。高さは、ちょうど私の胸のあたりです。
壁は内側に沈むと、そのまま横にスライドしていきました。
そこには、電卓のように番号が振られたスイッチがあります。その横には、指紋認証の機械も置いてあります。
実は、電卓のようなスイッチはダミーであり、指紋認証の機械しか使用しません。
その機械に人差し指を置くと、スイッチが出てきたときと同じように、音も無く扉が横にスライドしました。私が入ると、扉はすぐに静かに閉まりました。
正直、見られていたところで入れないから、無関係の人に見られてもいいよ、と館長が言っていたのを思い出しながら、私は目の前の階段を登っていきました。
階段を登りきると、そこには灰色の道が続いていました。無機質、という言葉がぴったりです。
細い道を囲む壁には、絵も窓も無く、数歩進んだ先に扉がひとつあるだけです。
私は扉の前まで歩くと、ドアノブに手をかけました。
「パスワードをどうぞ」
女性の声が、どこからともなく響いてきます。私はあー、と、喉の検査をするときのような声を出しました。
お気づきの方もいると思いますが、パスワード、というのもフェイクです。このドアの前は、声の認証をする場所なのです。
かちり、とドアノブの奥から音がしました。
扉の先は、真っ暗闇です。一歩入り、後ろ手に扉を閉めると、足元を黄色の光が照らしはじめました。
その光は、私のつま先から頭の先まで調べます。私は目を閉じました。開いたままでも、光は容赦なく私の目を照らすためです。
全身のチェックをしているそうで、本人と体系が違いすぎると、ここで拘束、という仕組みになっています。成長する私のデータは、機械が微調整をしてくれるそうです。
全身チェックが終わり、目の前の扉が横にスライドします。指紋、声帯、全身のチェックが終了してやっと、入社です。
灰色の細長い廊下が、目の前に広がっています。黒路映画館には、気のきいたエントランスや受付はありません。




