2 「落下速度。ひゅーん」
昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴ったと同時に、私は椅子に手をかけ、身体を後ろに向けました。
上崎君は驚いたようで、一瞬だけ私をちらりと上目遣いで見ましたが、すぐにまた、問題集に視線を戻しました。
視線を動かす間も、手の動きは止まりませんでした。数学の問題集を解いているようで、随分と綺麗な数式が並んでいます。
私はしばらくそれを見て、あることに気がつき、思わず訊ねてしまいました。
「これ、まだ習っていない範囲?」
上崎君は
「高校生の物理だよ」
と小さく笑いました。
高校生の物理。私は言葉を繰り返し、口をあんぐりと開けてしまいました。
「物理? 数学の問題みたい、凄いね」
「凄くないよ。全然解けないんだ。数学も理科も、テストではいつも中間ぐらいだしね。でも、解いてみるのが楽しくて」
上崎君はそう言って、もう一度小さく笑いました。
私はまた、あることに気がつきましたが、今度は黙っておきました。その上崎君の笑顔は、嘘の笑顔だと思ったのです。
勘でしたが、おそらく私の勘は間違っていないでしょう。なぜなら、私も嘘を隠す際に、笑顔をひっぱりだすことが多かったためです。
笑顔に、人は騙されやすい。これも、イチサンが教えてくれたことです。
「どんな内容なの」
「落下速度。ひゅーん」
無邪気に彼は言いました。その無邪気さも偽物のような気がして、私は少し怖くなりました。
「……ごめんね、邪魔して」
「邪魔じゃないよ」
嘘をついている自覚がある私が言うのもなんですが、彼はおそらく嘘つきで、そんな彼とは仲良くなれそうにも無いな、と感じました。
そういえば、イチサンも自分のことを嘘つきだと言っていました。私はそんなふうに思ったことがあまりないのですが、そういうと、貴方は騙されているだけですと笑われたのです。
世の中に、嘘つきでない人はいないのかもしれません。




