表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/51

13 死を意識せよ


 私は何を叫んだのでしょう。何を言っていたのでしょう。


 血だまりの中で、私の記憶は途切れ途切れになり、思考もばらばらになり、どうしていいのかも分からず、ただ言葉にならない言葉を発し、喚き、自分の心の中に広がるこの気持ちの名前をとうとう思いつかず、悲しいのか嬉しいのか楽しいのか、何もかも分からず、ただただ叫んでいたのです。


 その後、社員の方と館長がどこからともなく現れたときも、イチサンと私がひきはがされたときも、小さな部屋に連れていかれるときも、私は喚いていました。


 何日も、そうしていたように思います。しかし、実際には数時間の出来事だったと、後に館長に聞かされました。疲れ果て、電池が切れるように眠りに落ちた私は、目が覚めると平然と言ったそうです。


「館長に会わせてください。仕事の報告をします」


 自分でも、自分が分からなくなることがあるように、自分でも自分が恐ろしくなると、後々思い出してはそう思います。私は、もうすっかりイチサンの死を受けとめていたのです。



 館長室に戻ると、部屋はいつも通りになっていました。イチサンの血も綺麗に無くなり、椅子と階段がいつもの場所にあり、いつものように館長が私を待っていました。


「お仕事、お疲れさまでした」

 女性の、透き通るような声でした。


「二十番は、どうなりましたか」

「治療室にいますよ。君がぼきぼきにしてしまいましたから」

 ふふ、と館長は笑います。

「彼を救いましたね」


 その言葉に、私は素直に頷くことができました。私は、上崎君を救いました。

 館長が、うん、と言って仮面を上下に動かしました。


「よい正義です」

「ありがとうございます」


 ふふ、と館長がもう一度笑うと、手をすっと横に出しました。部屋の奥から、いつもの女性が現れて、その手の上に黒い箱を置きました。


 館長は、黙って黒い箱を静かに開けました。そこから取りだされたのは、血でまみれたイチサンの仮面でした。私の胃が、痛くなりました。


「つけますか」

 館長が、仮面を私に差しだしました。そこで初めて、私は自分が仮面をつけていないことを意識しました。思わず頬を押さえましたが、彼の仮面をつけるわけにはいきません。私は首を横に振りました。


「いえ。それは、私のものではありません」

「自分が死んだら、弟子に渡してくれと、彼に言われたんですよ。それに、きっと君へのメッセージも」


 館長は、乾いた血がこびりつく仮面をひっくりかえしました。そこには知らない言葉と13の数字が彫られていました。目を凝らしてみましたが、それは知らない言葉でした。館長が小さく仮面を上下に振ったので、私は黙ってイチサンの仮面を受けとりました。


「私も知りませんでした」

 館長が言います。私は、館長に何と読むのかを訊きました。

「メメント・モリですよ。私の好きな邦訳は、死を意識せよ、ですね」


 私は無言でその言葉を見つめました。Memento mori。

「これは、きっと彼の好きな言葉だったのだと思います。いつか、私に教えてくれると、約束していました」


 素敵なレディになったら教えてくれると約束した、あの日のことを思いだしました。

「私の師匠は、死をいつも意識している人は異常だと言っていました。だから、私もおかしいのだと――」


 それなのに、こんな言葉を遺すなんて。

 気がつくと私は泣いていました。


「すみません」

 涙を拭っても拭っても、その涙が止まる気配はしないのです。止めようと必死になっていたため、館長が静かに立ちあがり、私の方に歩いて来たことに気がつきませんでした。


 ばさりと両腕を広げる音がして初めて、私は目の前に館長がいることに気がつき、はっと顔をあげました。

 その瞬間、私は館長に抱きしめられました。私は息をのみました。


「十三番を、受け継ぎなさい。その数字は、雅あんず、あなたが受け継ぐべき数字です」

 驚いたことに、その声は機械を介したものではなく、仮面の向こうから聞こえてきました。初めての肉声に、私は目を丸くしました。先ほどから聞いていた声と同じ、優しい女性の声でしたが、機械を介しているときよりもさらに暖かい声でした。


「正義は美しい。貴方達三人の姿を見て、私は確信しました。どんな形でもいい。正義は美しいと実感させてくれてありがとう。もしよければ、今後も私のもとで働き、貴方の正義を貫いてほしいのです」


 手にしている仮面を握りしめながら、私は静かに頷きました。私が泣きおわるまで、館長は黙って、私を抱きしめ続けてくれました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ