11 狂いながら、人殺しになり、イチサンをますます愛していったのです。
人殺しになって、一番怖かったことは、その感覚に慣れてしまったことでした。
人殺しになった、ということを認めていき、自分の中に事実として取りこんでしまったのです。
悪夢を見なくなり、何をしても人の内臓や血液とつなぎあわせて考えてしまうこともなくなりました。
人を殺したことを怖いと感じなくなる自分が、何よりも怖くなりました。犯人を殺してから、半年ほど経ったときだったと思います。そのころには元の生活と同じ生活がおくれるようになっていたため、常にイチサンは傍にいませんでした。
イチサンを呼びだし、私は問いました。
「人殺しの感覚に慣れてしまいました。イチサンもそうですか?」
お茶を飲みながら、イチサンはふふ、と笑いました。
「私はそれに加え、少しの快感を覚えてしまった人間ですよ。抵抗ではなく、気持ちよさを覚えてしまったのです。だから仕事にできたのです。とち狂っているでしょう」
快感を覚えていると言われても、私は不快に思いませんでした。そういう人もいるのだなあ、という程度の感覚です。その感覚を覚えたことに対しても、私は私自身に恐怖しました。
「イチサン、私は自分が怖い」
イチサンは、ええ、と頷きました。
「私も、自分が怖いと、よく思います」
それでも自分を肯定して、堂々としているイチサンが、私はますます素敵だと感じたのでした。
優しくて、正直で、まっすぐなイチサン。人を殺したことで、私はもしかしたらイチサンに近い景色を見れているのかもしれない。
そんなことを考えてしまい、私はますます、自分が怖くなりました。
とち狂っている、とイチサンは言いました。私もきっとそれだと思いました。狂いながら、人殺しになり、イチサンをますます愛していったのです。
愛しながらも、私は薄々と自覚していきました。
人を殺して、生きていることに真正面から対峙し、恐怖し、自分が人殺しになったのだと毎日のように思い、しかし、それを受け入れてしまい、絶望する。
人を殺すと、人はこんなふうになってしまうのだという一例を、自分自身で体感しました。もちろん、私のような人ばかりではないでしょう。イチサンがはじめて人を殺した、その理由はよく知りませんが、イチサンはそのことで快感を覚えてしまったと言っていました。そういう人がいるのも事実です。
しかし私はそうでなかった。このことが、私自身にとってとても重要なことでした。
こんな感覚を、多くの人が持つべきではない、というひとつの結論に、私は達したのです。
そうして、おそらくこの感覚に間違いはなく、私はひとりでも、こんな感覚に陥る人が少なくなるようにと願ってやまなくなりました。それは、イチサンが、死は安らぎであり、相手に死を与えることで相手を幸せにしていると考えるのと、同じ気がします。
黒路映画館における正義は、自分勝手なものだと、改めて気がつかされました。
それで、いいのだろうとも思ったのです。
人を殺すことは、やめた方がいい。
でも、人を殺したいと恨む気持ちもよく分かる。
こんな私だからこそ、できることがある。
「館長、私をこれからも、ここに置いてください。私の新しい正義を見つけました」
その後、私の正義を話すと、館長はとても驚いていました。
「分かっていないようなら教えるけど、君の正義の対象には、十三番さんも入っていること、気がついている?」
「もちろんです」
もちろん、私は分かっていました。イチサンは人に恨まれる立場であり、いつか、イチサンを殺したいほど憎んでいる人が現れるだろうということも、そのとき、私は私の正義に基づいて、イチサンを殺すだろうということも。
「分かってるんだ」
館長の表情は分かりませんでしたが、声だけでも、その驚きが私に伝わってきました。
「君の師匠には、言うの?」
「言います。言ったうえで、彼の仕事場には毎回同行させていただきたいことも、伝えます。まずは、館長に許可をいただきたいのです」
「……本当に、いいんだね?」
「いいも何も」
私は、自嘲するように笑いました。
「私が納得してしまったのです。それに、私の師匠は、死が安らぎだと言っていました。そのことは、彼自身に対しても、同じだと思います。彼が死ぬこともまた、安らぎでなければおかしいでしょう」
「なるほどね」
館長は納得してくださり、私を会社に引き続き置いてくださることになりました。それ以降、私はイチサンの仕事についていく他にも、人を恨んでいる人が誰かを殺しそうになっているところへ赴き、その人の代わりに人を殺しました。
誤解を生みそうなので断っておきますが、私は殺しの依頼を受けて、殺しにいくわけではありません。あくまでも、人を本気で殺したいほどに恨んでいる人、放っておくと人殺しをするであろう人の代わりに、殺人を犯すのです。
「素数があまっていたら、間違いなく君にもあげるんだけど」
館長にそう言われるほど、私も正義の対象は限られていました。
「あいにく余っていないから、四の数字の中ではとっておきの四番を、君にあげるね」
こうして、私は死の象徴である四番の名前を頂きました。
これが、私の正義の経緯です。




