8 とても自然な流れで、私は彼に、嘘をついたのでした。
黒路映画館、と呟きながら、ロードクロサイトの文字を見つめますが、さっぱりわかりません。
「クロって言葉が入っていることしか、共通点が見つからないけど」
私の呟きに、そうだよ、と上崎君は身を乗りだします。
「黒とクロ。二十番、あってるよ。あとは英語の問題、ロードは?」
「ロードは……道か!」
「そう。この会社では路上の路の字を使ってるけどね。ロードクロ、まではいった。あとはサイト。これは、俺も知らなかった」
上崎君は、そういうと三枚目の紙を見せてくれました。よく見ると紙の一番下にアドレスが書いてあります。ウェブページを印刷したのでしょう、映画館のデータに関するもののようでした。印刷されていたのはグラフでした。日本の映画館についてのデータのようです。その中に、サイト数、という文字が見えました。私があ、と声を出すと、ね、と上崎君が言いました。
「映画館の数を、サイト数って言うんだって。黒路映画館は、ロードクロサイトの文字を入れ替えて、和風にしてたんだよ。言葉遊びだったんだ」
きっと、仮面の下の上崎君の目はきらきらとしていたことでしょう。爛々とした表情に、私も嬉しくなってしまいました。
「絶対にあってる。早速報告に行こう」
館長室にて、クイズの答えを上崎君が言い終えると、館長は満足そうに頷きました。
「その通りだよ。分かるとくだらない言葉遊び、でも、楽しかったろ?」
館長の声は、お爺さんの声です。上崎君は、はい、と笑顔で答えました。
「しかし、はやかったね。うちで働いている人の中でね、賢いだろうな、という人にはときどきこのクイズを出すんだ。最速記録に並ぶよ、君はいい脳みそを持っている。発想も、知識も、根気も必要なクイズだからね。予測だが、ほぼ二十番さんが解いてしまったのではないかな」
私は、はい、と小さく返事をしました。
「私は何もしていません。彼は、このクイズが解けてから、私を探し、私に説明してくれました」
そこまで言うと、館長は嬉しそうにはは、と笑いました。私の言いたいことをすぐに汲みとってくれたようです。
「じゃあ、間違いなく最速記録だろうね。まあ、手分けをしたようだけれど……二十番さんの行動が正解に近かったのだとしたら、運もあるね」
よろしい、と館長は手をたたきました。
「仕事終了、お疲れさまでした。四番さんは報酬、ふりこんでおくからね。二十番さんとは、報酬の話や、今後の詳しい仕事内容を話しあおう。四番さん、退出を願えるかな?」
私は素直に頷くと、失礼致しますと言って部屋を出ました。
これから、本格的に上崎君の仕事が始まり、いつか彼は、彼のお姉さんを殺した人までたどりつくのでしょう。
広間で、私は少しだけ考えました。上崎君に、いろいろと話さなければならないことがあるのです。その言い方として、どのようなものが最適かを、私はうんうんと考えました。
三十分ほど暖炉の前で考えましたが、結局、遠回しに言うと混乱を招きかねないので、そのまま私の考えを彼に伝えることにしました。
館長室を出てきた彼を暖炉の前に呼び、私は言いました。
「私は、ずっとここの社員でいるって決めている。二十番、君がいつか犯人を殺すとき、私も同席させてほしい」
「どうして」
彼は前かがみになって聞きました。暖炉の中の薪が燃えている音が、やけに耳につきます。
「私が殺したとき、イチサンが近くにいてくれた。それだけで、随分私は救われたの。私が救いになるかどうかは分からないけど、二十番が一人なのは心配」
「心配すること無いよ」
「二十番は人を殺したことがある?」
私の質問に、彼は答えませんでした。仮面の向こう側の表情が読めません。いったいどんな気持ちで、彼は私を見つめているのでしょう。
「私はあるよ」
続けると、二十番はうん、と素直に頷きました。
「分かった。じゃあ、犯人を殺すときは、絶対に四番に同行してもらう」
「絶対にね」
「大丈夫。館長に伝えておいてよ、俺からも、伝えておくけど。そうしたら安心でしょ」
「ありがとう」
上崎君は肩をすくめ、唇をへの字に曲げました。
「お礼を言われるようなことじゃないよ」
よし、と心の中で、私は拳を握りました。
とても自然な流れです。
とても自然な流れで、私は彼に、嘘をついたのでした。




