7 教えたいことは教えましたが、全てではありませんよ
「番号の中に四番が入っている場合は、基本的に殺しの仕事をしているんだよ。他の番号でも、殺しをしている人はいるけどね」
さらりと私は言いました。なるほどね、と彼は言います。社内で私が愛想よく振る舞わない理由のひとつを、私はこの会話の中で発見しました。四番という番号をつけているだけで、怖がってしまう人も少なくないのです。
「殺しの仕事をするっていうよりか、人が殺せます、っていう番号かな。私の四番の他に、今は四十番台が四十四番以外は埋まってて……二十四番、六十四番、七十四番も埋まってるかな」
「四番はどうして四番なの」
「一ケタ台はレアなんだよ。この年でしょ」
「レアね、なるほど」
上崎君は楽しそうに笑います。どうやら、彼は番号の仕組みがとても気に入ったようです。
「ほかにレアな番号はあるの」
「二十番もレアだよ。あとは素数かな」
「一ケタと素数か」
「微妙にニュアンスが違うんだけどね」
どんなニュアンス? と問いかけられたところで、私の後ろから声がしました。
「ヨーちゃん」
素数さんの登場です。突然の登場に、私の心臓が跳ねあがりました。続いて、みぞおちのあたりが苦しくなります。振り返ると、大きなサングラスをかけたイチサンがこちらに歩いてきていました。
上崎君は静かに立ちあがると、はじめましてとイチサンに向かって頭を下げました。どうも、とイチサンも微笑みを返します。
「君たち随分と噂になってるじゃないですか。二十番君、ですよね」
「はい。三日前に入社しました」
「そうですか。私は十三番です。二十番君、あなたは随分と礼義が正しい。素晴らしいです、ね、ヨーちゃん」
君とは違って、という意味なのでしょう。ぐう、とうなるしかありません。私たちは丸いテーブルに向かい合わせになって食事をしていました。隣の席から椅子を引きずり、イチサンがそこに座ります。
「あぁ、さらりと座ってしまいましたが、今大丈夫ですか? 真剣なことや、内密な話をしているのなら、失礼しますが」
私は慌てて首を横に振ります。
「大丈夫です、イチサン。二十番、紹介するね。私の師匠、十三番さん」
「ヨーちゃんから十三番さんと呼ばれたのは、久しぶりな気がしますね」
嬉しそうにイチサンは笑います。上崎君はそうだったんですか、と頷いたあと、ああ、と声をあげました。彼は話しながらも思考ができるため、考えるそぶりを見せずに突如分かったような反応をすることが多々あります。
「どしたの?」
「いや、なんで十三番さんなのにイチサンなのかなって。数字をそのまま呼んでいるんですね」
「そちらのほうが呼びやすいですからね」
なるほど、と言った後、上崎君はちらりとこちらを見ました。十三番は素数です。彼は、そのことをイチサンに訊ねていいのか、迷っているのでしょう。
「イチサン。今、番号の話をしていたんですよ。素数の話をしているときに、ちょうどイチサンがいらっしゃったらか、タイムリーでした」
ああ、とイチサンは朗らかに笑います。
「一ケタと素数はレアだよって話ですね。その違いは話しましたか?」
いいえ、と首を振ると、そうですかとイチサンは笑いました。上崎君は、すでに興味津々であり、身体を乗りだして聞いています。
「説明が難しくて」
私が言うと、そうですねえ、とイチサンは肩をすくめます。
「素数の方がよりレア……というよりは、クセがある、と言った方がいいかもしれませんね。
例えば十三番はご存知の通り不吉な番号です。死を連想させる数字ですので、二十番君はすでに察しているかもしれませんが、仕事内容は人の死に関係することです」
先述しましたが、イチサンは自分の正義を公にしています。
しかし、自分の正義を教えるのは、あくまで訊ねられた場合と、共に仕事をするときのみです。そのため、その両方に該当しない上崎君には、このような表現を使って自己紹介をしているようでした。
嘘はついていませんが、人を殺す、と言っているわけではありません。
このような話し方をするイチサンが、私はとても好きでした。
「私の正義は、随分と限定的な正義なのです。
おかしな例えですが、例えば多くの人がフルーツしか食べない、というような正義だったとします。その場合、私は赤いフルーツしか食べない、とか、一口サイズのフルーツしか食べない、とか、そんな正義なのです」
なるほど、と上崎君は何度も頷きました。いい反応をしますね、とイチサンもご機嫌です。
「番号は二百番までしかありません。素数は早々に振り分けられたので、その後に私のような人が入ってきた場合は、素数が与えられないままだったりもするんです。ま、あくまでも目安ですよ。
私が説明をしてしまってすみません。本当はヨーちゃんのすべきことですよね。今後は、私は黙って聞いていましょうか。
二十番君、どんどんヨーちゃんの質問をしてあげてください。私は、ヨーちゃんに教えられることは全て教えたので」
「全て」
二十番は驚いたように、言葉を繰り返しました。
「教えてもらったけど、私が完璧ってことじゃないからね」
と思わず言ってしまいます。
「そうですね、教えたいことは教えましたが、全てではありませんよ」
言われて、私は思わずにやりとしてしまいました。イチサンをちらりと横目で見ると、イチサンもこちらを見て口の端をあげました。
二十番が何、と私たちを交互に見ましたが、私はさあねとごまかしました。なんだよ、と二十番が悔しそうに眉をひそめます。
イチサンと私には、ひとつの約束があるのです。その話をしたのは過去に一度きりですが、私はしっかりと、その約束を覚えています。




