7 君の番号は二十番だ
「黒路映画館では、基本的に皆、自分の本性を明かさない」
館長の声が、男性の太い声になりました。口調も少し変わっています。上崎君は驚くようすも見せず、だまって頷きました。
「仕事に支障をきたすからだ。ここの社員は、隣の彼女のように、普段は社会に溶けこんでいる場合が多い。常に黒路映画館本社にいる人も、本名を調べたら重要犯罪人、なんてこともある。そのため、基本的には本性を明かすのをやめよう、ということにしている。これはルールというより、マナーだ。ここまでは理解できたかな?」
「はい」
「よろしい。それと、君の正義について。君は、犯人に真実を聞いたうえで殺すためにはなんだってする。その信念を、この会社では正義というんだ。
黒路映画館の社員は全員、自分の正義を持っている。この正義は絶対だ。いいかい、絶対だよ。例えば、君が仕事を選び出したら、その正義はなまぬるいただの希望でしかなくなる。犯人を見つけて怖気づいたら、君に正義を語る資格はない。
正義に反することができた瞬間、君の信念はただのエゴになりさがる。自分勝手でころころ変わるただのありふれた欲望に、私は支援する気はない。このことを、よく心に留めておくように。
いいかい。正義に例外はないんだ」
館長は、念を押して言いました。すぐに、上崎君は「はい」と返事をしました。目には迷いの色が見えません。彼は、本当に犯人を殺したいようです。館長もそれを察したのでしょう、少し満足げに続けます。
「よろしい。今の返事を忘れないように。
説明が続くが、もう少しだから許してくれ。
先ほど、社員は素性を隠す話をしたね。ここの人達は、名前の代わりに皆、番号を与えられている。隣の子は四番だ。四番さんでも、四ちゃんでも、まあそこら辺は君たちが決めてくれ。
彼女の素性を君は知っているだろうが、それは誰にも明かしてはいけない。仕事の関係者にも、同僚にも、だ。これはルールだ。明かしたら違反になるからね。同級生に彼女の仕事を漏らすのもだめだ。いいね」
「はい」
「君の番号を言いわたすまでが、私の仕事だ。その他の基本的なことは四番さんから聞いてくれ。もろもろの手続きも彼女と一緒にしてくれ。四番さんは今日から君の師匠だ。四番さん」
名を呼ばれ、はいと私は上崎君と同じようにはっきりとした返事をしました。自然と、背筋が伸びてしまいます。
「いろいろ教えてあげるように。年は同じかもしれないが、君は彼の上司だ。つきあいかたは任せるが、しっかりと彼を一人前の社員にするように。素晴らしい人をスカウトしてくれた」
「ありがとうございます」
褒められ、私は少し嬉しくなりました。きっと誰でも、褒められると嬉しいものです。
「そうそう。彼女が顔を隠していることで察しているだろうが、顔も隠すのがここのマナーだ。こちらからは、仮面を用意している。これをずっとつけてもいいし、普段は外していてもかまわないが、社内にいるときは必ず顔を隠すように。任務のときは、こちらの支持が無いとき以外は、基本的に仮面をつけて任務に当たること」
上崎君がはい、と返事をしたそのとき、同タイミングで女性が部屋に入ってきました。両手で仮面を持ち、ゆっくりとこちらに歩んできます。彼女は上崎君の前まで歩いてくると、にこりと笑って仮面を差し出しました。
上崎君は、少し困ったような顔をしながら、両手で仮面を受け取りました。上崎君の仮面は、左目の上にピンク色の宝石がひとつ埋め込まれているだけの、シンプルな仮面です。
「つけましょう」
女性は言って、上崎君の後ろに回りました。ひんやりとするであろうその仮面を、上崎君は迷いなく目元に持っていきました。女性が、慣れた手つきで紐を結びます。
仮面をつけ終わると、女性は上崎君を前から見て満足そうに頷き、静かに部屋の奥へと消えていきました。
「似合うじゃないか」
館長が言います。ありがとうございます、と上崎君は言って、少しだけ微笑みました。確かに、彼に仮面はとても似合っていました。燕尾服でも着て、オールバックにしたら、何かの舞台で主役ができそうな雰囲気です。
「明日と明後日は休日だが、二人は来れるかい?」
私たちは同時に「はい」と返事をしました。
「よろしい。では明日の十時、出社で頼むよ。今日と明日と明後日で、全ての手続きを済ませることができるだろう。終わったら、第一の任務が終了だ」
さて、と声がいい、館長は手を組みました。
「上崎優斗君。君の番号は二十番だ」
二十番! 思わず私はおお、と声を漏らしてしまいました。ふふ、と館長が笑います。
「四番さんから、番号の意味をききなさい。では、私は次の仕事に移るからね」
「かしこまりました。失礼します」
二十番である上崎君は言います。もうすっかり慣れたようすで、私は驚いてしまいました。慌てて彼に続き、失礼しますと頭を下げ、館長室を後にしました。




