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6 初恋と言われれば、きっと未来永劫、私は彼を思い出すのです。

 中学生は色恋の話が大好きです。


 毎日、学校に行ってはスカウト候補を探している私でしたが、なかなかぴんと来る人がおらず、唯一の候補である上崎君に接触し続ける日々が続きました。


 一緒に屋上に行こうという約束をしっかりと彼は果たしてくれました。

 勉強漬けの時間から解放された彼と、とりとめもない話をしました。


 中学生なのに中学生らしい話、という表現を使用するのはおかしい気もしますが、私と彼は中学生らしい話をしました。

 好きなこと、苦手な教科、学校について、天気の移り変わり、人々の噂。害の無い、心をいやしてくれるような会話をして、時間をつぶしたのです。


 こっそりと屋上に行くタイミングを見計らうため、そのときが来るまで、私たちは教室で勉強をしていました。といっても、上崎君は勉強をしながら話すことができましたので、彼が勉強している横で、私がずっと話しかけていたのです。


 彼は話上手でした。いつも難しそうな勉強をしていますが、よくその内容について分かりやすく話してくれたものです。彼は特に理科が大好きなようでした。そういえば、最初に彼に話しかけたときも、物理の勉強をしていたのです。


 教室で、男女二人が急接近。私の知らないところで、噂は広がっていたようでした。


 休日を言い渡されてから数日経った昼休み、私はいつも昼食を共にする七人の友人のひとりに、ずばりと言われました。


「あんずは、上崎君のことが好きなの?」

 色恋だ! 恋バナというやつだ! と思い、中学生らしいぞ、とわくわくしたのですから、私の心も随分とひんまがった成長の仕方をしています。


「……どして」

 わくわくはしたものの、予想外のことでもありましたので、私はそんなつまらない返事をすることしかできませんでした。


「だって、いつも放課後、二人で勉強してるんでしょ?」

 そうなのー! と何人かが驚きの声をあげます。

 あげなかった人は知っているのでしょう、身を乗りだして私の返事を促します。どうなの、どうなのと全員の目が言っているので、私は何か発言をしなきゃと、とりあえずえーっと、と切りだしました。


「勉強はしてるけど、好きとかそういうのじゃなくて……」

 きゃあ、と誰かが言います。私の頬が少し暖かくなりました。

「そういうのじゃないんだよ! 本当に」

 スカウトのために近づいているなんて言えません。私の否定も、彼女たちには肯定に聞こえているようです。


「いいじゃん、上崎君。頭いいよ」

「髪の毛長くてさ、顔がよく見えないけど、意外とかっこいいし」


 意外とね、と噴きだしそうになりますがやめておきます。上崎君は、確かに整った顔立ちをしていました。目が大きく、鼻筋も通っており、かっこいい部類に入るとは思います。

 しかし、勉強している内容は小難しく、いつもどこか胡散臭いため、彼がかっこいいと言われていると、なぜか面白くなってしまうのです。


「今まであんず、好きな人とかそういう話、全然しなかったじゃん」

 指摘され、そうだっけ、ととぼけます。そうだよお、と何人かが声をそろえて言いました。


「あんず、初恋はいつ?」

 正面の友人が訊ねます。その隣にいた友人が、話がずれるよと言って笑いました。


 初恋。


「恋愛とか……まだよくわかんないや」


 にこにこと笑ってみせます。

 私はきっと、うまく笑えていたことでしょう。



 初恋と言われれば、きっと未来永劫、私は彼を思い出すのです。


 背が高く、オールバックに黒髪の、いつも口元に笑みを携えている、私の師匠。

 素顔も、本当の名前も知りません。それでも、十三番の彼をイチサンと呼ぶときに、私はこの上ない幸せを感じるのです。そして、ヨーちゃんと呼ばれたときの喜びもまた、言葉にはできないものなのです。


 このことは、誰にも言いません。誰にも言わないまま、そっと静かに、胸の奥にしまっておくつもりです。



 私の心の奥底を察さない友人のひとりが、いいと思うけどなあ、と言いました。


 まあ、上崎君を同僚にほしいとは思ってるんだけどね、とも言わず、私は適当な相槌をうったのでした。



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