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5 「死ぬと思った? 死なないよ」


 一段飛ばしで階段を駆けあがり、屋上に到着しました。ドアノブに手を伸ばし、ひねると抵抗がありました。鍵が閉まっています。


「ちょっと!」

 私はがちゃがちゃと何度もドアノブをひねりました。しかし、屋上への扉が開く気配はしません。扉をがんがんと叩きながら、私は大声をあげていました。


「上崎君! 上崎君! ちょっと!」

 死んではいけない! とは叫びませんでした。

 死にたがっている彼に対するその言葉は、逆上の理由になるかもしれないと考えたためです。君に何が分かる、ぴょーん、なんてことになってしまっては困ります。


「勉強教えて! 上崎君!」

 死なないで、の代わりに叫んだ言葉は、随分と間抜けでした。声の調子からしても、そんなことを伝えたいわけではないことがすぐに分かったことでしょう。それでも私には、その方法しか思いつきませんでした。


「上崎君! 上崎君!」

 カチ、と扉の向こう側で、鍵を開ける音がしました。扉が静かに開きます。その向こうには、眉をひそめた上崎君が立っていました。


「どうしたの、雅さん」

 生きていた。そう思うと、急に足元から力が抜けていきました。へなへなと座り込んでしまった私に視線を合わせるように、上崎君は座り込み、もう一度訊いてきました。


「どうしたの、血相変えて」

「屋上に……上崎君の姿が見えたから」


 それだけで、何を伝えたいのか分かったのでしょう。上崎君は、はははと明るく笑いました。その笑顔は、間違いなく本物の笑顔だったと思います。いつも大人びている彼が見せた少年のような笑顔に、私は驚いてしまいました。


「死ぬと思った? 死なないよ」

 上崎君はそう言うと、私の手を取り、立ちあがらせてくれました。


「先生が来たら面倒だ。おいでよ」

 手をひかれ、私は屋上へと出ていきました。そのときの彼の手が随分と冷たかったのが、印象に残っています。



「しかし、よく見つけられたね」

 上崎君は風を浴びながら、うんと背伸びしました。

「目立ってたよ」

 私が言うと、そんなことないよと彼は振り向きました。勉強をしているときの彼とは違い、屋上の彼は随分と爽やかです。


「部活をしている人、帰る人、先生方も、みんな屋上なんてめったに見ないよ。俺がここにいてぼーっとしているのに気がつかない。だからこそ、いつも屋上にあがってぼけーっとしてるんだけどね。今日は気づかれた」


 くすり、と笑う上崎君の笑顔は、先ほどとは違います。少し大人びた笑顔でした。


 私は屋上の真ん中に座り、そっかーと適当な返事をしました。上崎君は、私の前を歩きながら、そうだよーと返事をします。どうやら風を受けて歩くのが好きらしく、座ろうとはしませんでした。


「雅さん、今日は珍しいね」

 どこかで聞いたことのある台詞を言われ、私は思わず顔をしかめてしまいました。


「そんなに、私が学校に残るのが珍しいかな」

「少なくとも俺は、雅さんが早々に学校からいなくなるところしか見たことがない」

「……まあ、そうだけど」

「何をしているんだろうって、噂になっているのも知らないでしょ」

「噂になってるの」


 そうだよーと、上崎君は笑っています。噂になっても、嬉しいことはひとつもありません。はあ、と私はため息をつきました。


「どんな噂なの」

「大した噂は無いよ。おうちに帰って店番をしているんじゃないかとか、どこかで特殊な習い事でもしている、実は将来有望な人なんじゃないか、とか」

「根も葉もない……」

「両方とも外れなんだ」


 どうやら鎌をかけられていたようでした。知らないと答えるも、すでに手遅れです。


「習い事でも、おうちの事情でもないとしたら、何してるのさ」

「なんでもいいでしょ」

「まあねえ」

「上崎君こそ、こんなところで何してるの」

「ぼけーっとしてるんだってば」


 言うと、上崎君は空気を抱きしめるように両手を横に伸ばし、そのまま膝を折り、ゆっくりと寝そべりました。


「俺、勉強ばかりしてるでしょ。いつも、この時間には屋上にあがって、休んでるの。鍵はこっそり合い鍵を作った」


 さらっととんでもないことを言います。思わず私は吹きだしてしまいました。

「あ」

 上崎君は目を細めて私を見つめました。

「雅さんがそういうふうに笑ったの、初めて見た」


 そういうふうに、とはどういうふうに、でしょう。その答えを、私はすぐに推測することができました。私が先ほど上崎君の本当の笑顔を見たと思ったように、彼も、私の笑顔が本物ではないことを見ぬいていたのかもしれない、と思ったのです。


「私も、さっき上崎君がああいうふうに笑ったの、初めて見たよ」

 言いかえすと、ふうん、と上崎君は言います。

「似た者同士かもね」

 どういうふうに、というのはお互いに聞きませんでしたが、何となく通じあっていた気がします。


「明日も来たいな」

 私は言いました。

「もちろんいいよ。教室で一緒に勉強をしているふりをして、いい時間になったらこっそり一緒に向かおう」


 うん、と私は無邪気に笑って見せましたが、心の奥底では、この人が黒路映画館にスカウトできるかどうかを見定めようと考えていました。奥底に何かを隠しているのが、彼にばれたかどうかは分かりません。


 上崎君もまた、私に無邪気な笑顔を返してくれましたが、その笑顔はどうも胡散臭く、私は楽しくなりました。


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