4 「このような、傷を」「ご存知、ですね」
案内された部屋には、まだ誰もいませんでした。長い机と、それを囲むように椅子が配置されただけの、静かな会議室です。イチサンは机の左側に行くと、真ん中の席に座りました。案内人はぺこりと頭を下げて出ていきます。
部屋には、私とイチサンだけになりました。私は、彼の左後ろに立ちました。彼は、何も言わずに腕と足を組んで待機しています。
私たちは、五分ほど待たされました。三人の人々は、ノックもせずに部屋の中に入ってきました。眼鏡の男と、小柄な男と、長髪の女でした。ノックが無かったのは、無礼では無く緊張のせいだったようです。彼らは不安そうな表情を浮かべていました。長髪の女が、静かに扉を閉めます。
「はじめまして。黒路映画館の者です。どうぞこちらへ」
面接のようなイチサンの態度に怯えながら、三人はイチサンの前に歩いてきました。イチサンは立ちあがると、椅子を机の中に戻し、さて、と言いました。
「妙なまねをしたら殺します。私からの要求は、正直に、質問に答えて頂くことのみです」
嘘がちりばめられたセリフでしたが、嘘つきだなあ、なんてのんきなことを考えている余裕は無くなりました。いつ何が来てもいいように、私は常に身構えていなければなりません。
「まずは練習です。これは簡単なアンケートです。黒路映画館はご存知ですか」
眼鏡の男と長髪の女は頷き、小柄な男は首を横に振りました。そうですか、とイチサンは微笑みます。これは、特に意味のない質問です。
「では本当の質問です」
その後、イチサンは彼らの行ってきた悪事を淡々と述べていきました。この悪事は、私も事前に知らされていました。
眼鏡の男は、こっそりと店の売り上げを盗みだすことを数年間続けていました。
小柄な男は他の店からのスパイであり、店の情報を逐一他の店に流し、それで金を得ていたようです。
長髪の女は、売ってはいけない薬の数々を、身体を使って得ていたということです。
金、情報と金、薬と金。どろどろとした情報を、彼らはそろって否定しました。
「嘘の情報でしたか」
イチサンはふう、と残念そうにため息をつきました。もちろん、この情報が嘘なはずはありません。今回の仕事は、これらの悪事が原因で殺してほしいという依頼があったために、行われている仕事なのです。
「それでは次の質問です。あなた方の共通点を御存じですか」
この質問に、三人は困っているようでした。イチサンは両手の人差し指を伸ばし、自分の目の前でバッテンを作って見せました。それでも、三人はその意味が分からず、困って目を泳がせています。
「このような、傷を」
言った瞬間、三人の目が同時に大きく見開きました。ああ、と長髪の女が声を漏らします。イチサンは重たい声で、続きを言いました。
「ご存知、ですね」
言いきった形です。質問でもありません。
「水野さんはお姉様を、柿谷さんはお爺様を、一之宮さんは弟様を、殺されている」
彼らの返事は明確でした。眼鏡の男はわなわなと震え、小柄な男は何かを言いたそうに口を震わせ、長髪の女は自分を両手で抱きながら、涙を浮かべていたのです。
「秘密にしていたのなら、申し訳ございません。あなた方は、犯人を恨んでいるのでしょう」
「当り前だろう」
眼鏡の男が叫びました。続いて、なんなんだよと小柄な男がさらに大きな声で叫びます。長髪の女は、ぽろぽろと泣きはじめてしまいました。イチサンは彼らを順々に見つめながら、少し声を大きくして言いました。
「最後の質問です。もし犯人が現れたら、殺したいと考えますか」
その質問に、三人は硬直しました。
彼らはおそらく知りません。この答えが、この部屋にいる全員の運命を握っているのです。
初めに反応したのは長髪の女でした。首を横に振り、取り乱します。
「私は弟に言われたのよ。犯人を憎まないで、憎しみに囚われないでって。そんな質問やめてよ、殺したいに決まってる。でも、弟はそれを望んでいない。だから私もそれを望まないわ」
きんきんと響くような高音が部屋中に響き渡ります。彼女が落ちついた後、続いたのは小柄な男です。
「俺の爺さんは、殺されて当然のことをしていた。殺されたのは運のつきだ、自業自得だ」
おや、と漏らしたのはイチサンです。私も思わずそう言いそうになりました。なんだよ、と言いたげに小柄な男が眉をひそめます。失礼、とイチサンは謝罪しました。
「予想外だっただけです。最後に、あなたは」
手の平で指された眼鏡の男は、真剣に悩んでいるようでした。
「分からない……恨んではいるが、殺したいのは、別の感情だ」
その答えが一番面倒だな、と思いました。イチサンがどう思ったか分かりませんが、私は困ります。なるほど、とイチサンは独り言のように言いました。
「質問は以上です。ありがとうございました。そして、まずは一之宮さん。申し訳ございませんでした」
「……何がです?」
長髪の女は、涙を拭きながら問います。イチサンは、沈むような低い声で言いました。
「私は貴方を苦しませた。苦しい思いをさせてしまって、本当に申し訳ない。私が、貴方の弟様を殺した張本人です」




