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4 「さあ、行きましょう、ヨーちゃん」

 私とイチサンは、車に揺られて都心に向かっていました。時刻は夕方六時半。まだ、学生が外をうろついているような時間帯です。


 車は、十人乗りの白い車でした。車は三列あり、私とイチサンは真ん中の列に座っています。

 後ろには、護衛として筋肉隆々の男性が二人(五十七番と五十八番です)、前には運転手の男性(彼は三十九番の新人さんです)が一人乗っています。私たちはそれぞれ好きなもので、目元を隠しています。


 窓は黒く、外からは見えないようになっていますが、運転席から覗けば中を見ることができるため、まだ誰も仮面をかぶってはいませんでした。

 都心での仕事は多く、仮面をつけている人は黒路映画館の人、というのは、知っている人なら知っているためです。


 黒路映画館は、殺しをもみ消せるほどの力とコネクションを持っている会社です。私にとって初めてのあの殺人も、綺麗にもみ消してしまったのです。

 その仕組みについて、イチサンは「知らなくていい」の一点張りです。殺しの方法を事務の人が知らなくていいように、事務関連を私たちが知る必要はない、とのことです。分かりやすい理屈です。


 車内で話す人は誰もいませんでした。後ろの二人は、私が乗ったときから座っており、動く気配がありません。腕を組んだまま、だまって前を向いているのだと思います。きっと警戒しているのでしょう。


 私は、ほとんど窓の外を見ていました。少しずつ夜になっていく景色が、私は好きです。


 イチサンを盗み見ると、彼も私と同様、窓の外を見ていました。口元はうっすらと笑っています。横顔からも、目元を確認することはできません。サングラスを支える部分、テンプルがとても太いためです。


 運転手の方だけは、酷く怯えているようでした。目元は見えませんが、サングラスでは隠せない眉が、ずっと震えているのです。彼は新人さんですので、仕方がないと思います。殺しのための運転手、なんて、普段の生活ではまず無い出来事でしょうから。


 七時になり、きらきらと輝きすぎている町中に車を止め、運転手さんは言いました。

「つきました」

「思ったより時間がかかりましたね」

 イチサンの言葉に、運転手さんがすみません、と謝りました。そんなつもりではないんですよ、とイチサンは困ったように笑いましたが、運転手さんは頑張って笑顔を浮かべるだけです。


 もしかしたら、運転手さんが怯えているのは、任務では無くイチサンや私なのかもしれません。


「五十七番さん、五十八番さん、何かあったら連絡します。待機をお願いします」


 イチサンが言うと、二人はばらばらに「はい」と返事をしました。では、とイチサンはおもむろにサングラスを取りました。サングラスに手をかけた時点で、私は目をそらしています。素顔をさらすのを見ないことは、黒路映画館のマナーです。


 そらしたついでに、私もゴーグルを取り、仮面をつけました。仮面の両端には黒い紐が三本ずつつけられており、それぞれを後ろに回し、きつく結びます。

 三本あればまず、外れはしないだろうというのが館長の言い分なのですが、どうなのでしょうか。


 万が一顔を見られたとしても、私は普段から変装しているため問題はありません。きっと他の方々も、そうやって日々、保険をかけていると思います。


 仮面を微調整し、顔にフィットさせます。横を向くと、イチサンも仮面をつけ終わったようでした。イチサンの仮面は、私と同じような形をしていますが、装飾が私より綺麗です。左目が、館長と同じように金色の花になっているのです。宝石もいつつ、館長と同じく、花をつなぐ線のように配置されています。

 

 私は、久々に見るイチサンの仮面に見とれてしまいました。面長の顔に、仮面はとてもよく似合っています。


「さあ、行きましょう、ヨーちゃん」

 彼にヨーちゃんと呼ばれるとき、私はいつでも幸せですが、仕事の前のこの瞬間だけは、不安になります。


 イチサンとの仕事では、いつでも死がつきまといます。先ほど、自分の命日になるかもしれないと彼が言っていたのは、冗談でも何でもないのです。


「はい」

 私は、彼が私を呼ぶ声を脳内でリフレインさせながら、小さく返事をしました。



 いつも思うのです。

 ヨーちゃん、と私を呼ぶ彼の声は、もう聞けないかもしれない、と。



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