3 「今日が私の命日になるかもしれませんね」
本を閉じ、立ちあがり、私が走り寄るのを待ってくれていました。
「お久しぶりです」
イチサンは、誰に対しても敬語を使います。
「一か月ぶりですね」
私が言うと、そんなにですか、と彼は笑いました。
「久々の仕事に腕がなります」
そう言って、イチサンは長い両手を広げてみせました。大きな男の人の手です。背も高いイチサンは、足も指も何もかもが細長く、ひょろりとしています。
「ヨーちゃん、今日もよろしくお願いします」
言われて、私は悲しくなってしまいました。返事ができないまま、とりあえず頷きます。イチサンはふふ、と笑いました。
「今日が私の命日になるかもしれませんね」
「……そうですね」
そうならなければいいですね、とは言いません。
そうなればいいとも、思いません。
複雑の気持ちのまま、差し出された手を握ったそのとき、機械を介した女性の声が響き渡りました。
「四番さん、十三番さん。伝達時刻まであと三十二分ありますが、館長はできれば早めに伝達を済ませたいとのことです。伝達時刻を早めてもよろしいですか」
イチサンの口元から、笑みが消えました。機械を介したこの声を聞くと、私はいつもみぞおちの辺りがきゅんと痛くなります。
「私は構いません」
イチサンが言いました。
「私も構いません」
私が言い終えると同時に、館長室に繋がる大きな扉が、音を立てて開き始めました。
ぎぎぎ、ときしむその音はわざとらしく、どこか不気味でもありました。




