雪の降るクリスマス(梨香版)
10年前のある日、小さな島で二組の双子が産まれた。
グレッグとアラナ、ユリアとイーサンはそれぞれの両親の愛情を受けてすくすくと育った。
「今年は雪が降らないわねぇ」
小さな島の小さな家で、母親はクリスマスの為のジンジャークッキーを焼きながら夫に愚痴った。
収穫が終わった畑は、雪のお布団を待っているように寒々しい。
仲の良い二人の娘のユリアは窓に息を吹きかけて、雪だるまを指で書いた。
「ママ、今年はホワイトクリスマスにならないの?」
寒さだけは例年並なのにと両親は肩を竦める。
「グリーンクリスマスになるかもね」
母親に此方に来なさいと暖かな暖炉の前に座らされたユリアは、双子のイーサンの言葉に文句をつける。
「グリーンじゃないわ……グレイだもの」
確かに小さな島に常緑樹もあったが、乾いた畑や葉っぱを落とした木などが多くて、グリーンとは言えない。
「これからクリスマスツリーを切りに行こう」
ユリアとイーサンが住む家の奥には小さな森がある。
小さな時はツリーにする木を切るのが可哀想だと泣いたユリアだが、小学校である程度は伐採しないと却って森の為にならないと教わった。
母親は寒いから気をつけてねと、双子にコートや帽子などを着なさいと声をかけた。
「あまり小さいのも駄目だけど、大き過ぎるのも駄目だぞ」
父親に言われて、二人はツリーに丁度良いもみの木を探して森を歩く。
「やぁ、ユリア! ツリーを探しに来たの?」
ユリアは急に立ち止まり、イーサンはハッとして前に出て庇う。
こんな小さな島なのに、同じ日に産まれた二組の双子の片割れのグレッグだ。
「グレッグ! クリスマスに喧嘩はしたくない。
ユリアに構わず、あちらに行ってくれ!」
グレッグはユリアが好きでたまらないのに、ついつい他の子と仲良くしていると、意地悪や悪戯をしてしまうのだ。
その度に過保護なイーサンと喧嘩になる。
「酷いなぁ、別に喧嘩をしようなんて思ってないさ」
今回もユリアに会えてラッキーと思ったのに、ビクッとして立ち止まられて内心で傷ついた。
「あら、ユリアとイーサンも来ていたのね。
ツリーに良さそうなもみの木があるわよ」
グレッグの双子の妹アラナは優しいので、ユリアも大好きだ。
「でも、アラナもツリーを探しに来たのでしょ?」
「家のツリーはもうパパが切ったのよ。
今は宿り木を探していたの」
クリスマスには宿り木を家に飾り、その下では誰でもキスできるのだ。
イーサンもグレッグとは喧嘩をよくしてしまうが、優しいアラナは大好きなので、一緒にツリーにぴったりのもみの木を見に行く。
「本当に丁度良いわ! アラナ、ありがとう」
グレッグは本当は自分が見つけたのだと言いたかったが、ユリアが喜んでいるのを見るだけで心が暖かくなる。
イーサンとアラナだけなら、グレッグは嫉妬しないので、ユリアにも優しくできるのだ。
父親がツリーにする木を切っている間、4人で仲良く宿り木を探す。
「あっ! あそこにあるわ!」
目ざといユリアが指差して、グレッグが木に登って宿り木をナイフで切り落とす。
ユリアとアラナはスカートを広げて、緑のボール状の宿り木を地面に落とさないようにキャッチする。
地面に落とすと宿り木の不思議な力は無くなるという迷信があるからだ。
「良かったわ! あと、もう一つね」
ユリアは先にキャッチしたので、アラナの分も探さなきゃと張り切る。
「あっ、彼処にあるわ!」
アラナが見つけたので、今度はイーサンが木に登る。
ユリアは自分の宿り木をハンカチに包むと、グレッグに持っていてと渡す。
女の子二人がスカートを広げて、上を見上げているのをグレッグは笑いながら眺めていたが、ユリアのことが好きでたまらなくなる。
『ユリア……可愛いなぁ! ピンク色の唇にキスしたら、どんな気持ちだろう』
「やったわ! アラナ、ナイスキャッチね!」
ユリアはこれで宿り木は2軒とも無事にゲットできたわと笑っていたが、グレッグに突然キスされて驚く。
「何するのよ!」
ピシャン! と平手打ちの音が森に響く。
「痛いなぁ! 宿り木の下だからキスしても良いんだよ」
ハンカチに包んだ宿り木を、ユリアの頭の上でわざとらしく振る。
泣き出したユリアをアラナは抱きしめて、ごめんねと謝る。
イーサンは木の途中から飛び降りて、頬を撫でているグレッグにつかみかかる。
「ユリアに何をするんだ!」
駆けつけた親達に引き離されたが、グレッグは父親にこっぴどく叱られて、ユリアに謝らされた。
ユリアはグレッグが「ごめん……」と差し出したハンカチに包まれた宿り木を、怒って叩き落とした。
「グレッグなんて、大嫌い!」
泣いて家に帰るユリアを、グレッグは切なそうに見つめる。
双子のアラナは幼稚園からグレッグはユリアが好きでたまらないのに、意地悪をしては後悔するのを繰り返していると溜め息をついた。
その溜め息が雪を呼んだのか、夕暮れの森にちらほらと白い雪が舞いだす。
「もう、遅いからママが待っている」
父親に帰宅を促されても、グレッグは宿り木をユリアに返さなきゃと首を横に振る。
やれやれと父親とユリアは家に帰ったが、グレッグは頑張って宿り木を見つけた。
木の枝にまたがってユリアのハンカチに包むと、コートの中に大切に入れて、木から降りようとして足を滑らせた。
ずし~ん! 木の葉の上に落ちたグレッグは、空から舞い落ちる雪を眺めて、またユリアに嫌われたなと後悔の涙がこぼれそうなのを我慢する。
足を捻っていたが、ユリアに宿り木を渡さなければと頑張った。
「あら、グレッグ……」
母親は泣きながら帰って来たユリアから、盛大な悪口を聞かされていた本人が訪れて困惑した。
「これ、宿り木です。
前のは地面に落ちてしまったから……」
母親は足を傷めているんじゃあと止めたが、グレッグはすっかり暗くなった道を駆けていった。
ユリアは「フン!」と素っ気ない態度だったが、宿り木に罪はないと赤いリボンで飾った。
クリスマスの朝は雪が積もり、木々も綺麗な雪化粧をしていた。
「ホワイトクリスマス! おめでとう!」
宿り木の下で、ユリアは家族とキスをする。
緑の宿り木は見事な大きさで、ほんの少しグレッグを平手打ちして悪かったかな? とユリアは反省する。
このクリスマスの間に、アラナが余りにも落ち込むグレッグを見かねてユリアとイーサンを呼び出した。
同じ日に産まれた二組の双子は仲良く雪遊びに興じた。
それから10年後、雪の降る森でユリアとグレッグは宿り木を探している。
島を出て大学に進学した二人は、お互いに卒業したら島へ帰りたいと話が弾み、イーサンはあんなに嫌っていたのにと呆れたが、付き合い出していた。
「覚えてる? この宿り木を取りに来て喧嘩したこと」
グレッグは笑いながらユリアを抱き寄せると、今度は殴らないで欲しいなとキスをした。
「卒業するのが待ち遠しいわ」
雪が舞い散るクリスマスにグレッグとユリアは婚約して、卒業と同時に結婚する予定だ。
赤い糸で結ばれた二人は雪の舞い散る森を仲良く歩いていく。