ウチのパンダは無駄に器用です。
家事の手伝いをするペットって居ますか?
介助犬なんかはまれにそういったことをするらしいですね。
「オカン。何ぼっとしとんねん。はよ運んでーな」
「あ、うん」
ウチのパンダは園内レストランのオーナーシェフです。
コック帽とコック服を着こなし、パンダ特有の七本指を器用に使って調理器具を扱う様はシュールなこと山の如しです。
そんなことを考えながらあたしは龍龍の作った『シェフの気まぐれハンバーグセット』を二皿、トレーに乗せてホールに出る。
気まぐれの部分は龍龍がキッチンに立つのが物凄く稀だから。
おかげで当レストランの裏メニューとなっております。
え?今のあたしの格好?似合わないウェイトレス姿ですよ。
注文したのはあたしの通ってる高校の後輩。あたしはツッキーとシノって呼んでる。
「お、来た来た。卯月ちゃーん!」
「ちゃん付けやめれ。先輩を敬いなさいよバカ後輩」
あたしは馴れ馴れしい口調の後輩、シノをじろりと睨むが、こいつはそんな視線に全く動じることはない。
こいつは頭の成長が全部図体に行ってるので仕方無いと思う。
もう一人の後輩、ツッキーはさして興味ないと言いたげにあたし達を見ている。あ、視線が痛い。
「神野先輩、バカが感染るので漫才はその辺にしといた方がイイッスよ」
「うん、漫才はいいから早くメシよこせって言ってるねツッキー」
「ツッキーやめろウサギヅキ」
「やめないよ。ツッキーはツッキーだし」
「………にゃろう」
あたしの返しにツッキーが鋭い目付きで睨む。
上背も体格も顔立ちも普通なツッキーは目付きがすごく悪い。
「俺に近づく奴はヤケドじゃ済まないぜ」みたいな。
あとツッコミがえげつない。
因みにツッキーの言うウサギヅキとは卯年から連想したあたしのアダ名だ。
卯に月で卯月なのでウサギヅキ。まんまである。
あとは卯月に掛けてシガツバカ。
ツッキーはネーミングセンスが悪いなぁ。
「さて、お待たせしました。ツッキーとシノご注文の「シェフの気まぐれハンバーグセット」になります」
「ヤッホゥ!来た来たぁ!」
「うるせーよバーカ」
そう言いつつツッキーも嬉しそうだ。
二人の目の前に置かれたトレーにはサラダとスープとパン。そしてメインのハンバーグが盛られた皿が乗っけられていた。
このハンバーグ、作った本パンダの趣向がこれでもかと盛り込まれていた。
分厚いパティに半分に切ったハムが耳のように添えられ、上に乗っているのは目玉焼きとスライスされた茹で卵。
茹で卵の白身部分が黒いが、これは龍龍が煮卵から思いついたもので、なんとデミグラスソースに漬け込んで着色している。
あのドロドロのソースをどうやって卵に吸収させているのか謎だが、龍龍曰く企業秘密だとか。
その茹で卵を目のように乗せ、目玉焼きの黄身にソースを掛けて口のように見せている。
要するに龍龍の顔を模したハンバーグだ。
このハンバーグをパンダが調理したと言っても誰も信じないと思う。
「そんじゃ」
「いただきま」
「なんじゃこりゃァ!」
二人が手を合わせようとした途端、刑事ドラマで出演している刑事が殉職しそうな怒声が上がった。
その声に二人とあたしの動きが止まる。
あたし達が声の方に目を向けると、派手なスーツを着たチンピラ二人が何かをつまみ上げて席を立っていた。
どこからどう見てもヤ○ザ屋さんである。
あたしは早足にチンピラ二人に歩み寄る。
「お客様、如何なされましたか?」
「おうおう、見てみろやこれ!」
紫のスーツを着たチンピラがつまんでいた何かをあたしに突き付ける。
チンピラの手にあったのは真っ白な毛だった。
「なんでメシに毛が入ってんだ!ふざけんなコルァ!」
「………………」
あ、これアレだ。
飲食店でよくあるアレだ。
「失礼ですがお客様、当レストランではオーナーシェフ主導の下、衛生管理は徹底しております。言いがかりはおやめ下さい」
「あぁん?俺達がインネンつけてるっつーのか!?」
つけてなきゃこんなこと言わないわよ。
そんな時、騒ぎを聞きつけた龍龍が厨房から出てきた。
「あー?どないしたんやオカン?」
「………バッドタイミング」
毛玉のオーナーシェフが出たら余計に相手を調子づかせちゃうじゃないの。
そんなあたしの心情をそのまま表すようにチンピラがニヤリと笑った。
「おいおい、このレストランは動物にメシ作らせんのか?あぁ?」
「………ほっほう、そういうことかいな」
チンピラの一言と手に持っていた毛で状況を察したらしい。
普段はぐうたらなクセして頭の回るパンダだ。
「あぁ?何か言ってみろやコラ」
「失礼ですがお客はん。説明させてもろてもよろしいでっか?」
「お、おう…?」
チンピラは口火を切った龍龍にたじろぐ。
神野動物園のパンダが言葉を話すというのはこの界隈じゃ有名なのであまり驚いてはいないようだが、相手がパンダなのでやはり焦っているらしい。
「ワシは当レストランでオーナーシェフやっとる龍龍言いますわ。お客はんの言う異物混入は絶対に無いように徹底しております」
「だ、だが現にこうやって…!」
「これがワシの毛やって言いたいんでっしゃろが、ありえまへんな」
龍龍はピシャっと言い放った。
そして自分のコック服に前足を掛ける。
「…………!?」
龍龍の脱いだ服を見てチンピラは目を見張った。
それはそうだろう、何故なら、
「ワシ自身、毛が入り込まん様に気ぃつけておりますさかい」
龍龍のコック服には手袋がくっついていたのだ。
袖に縫い付けられた手袋は龍龍の前足の形に合わせて精巧に作られており、裏地はゴムを貼り付けて表面はきめの細かいシルクで覆っている。
これでは龍龍の抜け毛が入ることも無いだろう。
「だ、だったらその頭はなんだ!?」
「ああ、これでっか?」
そう言って龍龍は自分の胸元辺りに前足を伸ばすと、そのまま『顔を剥いだ』。
中から現れたのは龍龍の顔。
チンピラ達が今まで顔だと思っていたものはマスクだったのである。
「プロレスマスクの職人に頼んで作ったオーダーメイドですわ。植毛してありますが、糊で固めてありますんで剥がれることはありまへん」
「あー顎殆ど開かはれんで疲れたわー」と口をがっぱがっぱ言わせるパンダ。
そんな龍龍を見てチンピラ達は唖然としている。
大丈夫だよチンピラ諸君。あたしも最初は同じ気持ちだったから。
「あ、それと言わせてもらいますけど、ワシは厨房に入るときは常に手洗い体洗い殺菌消毒したうえで、二足歩行しとりますから衛生上の問題ありまへんよ」
うん、裏手に龍龍用のお風呂があるもんね。
「それにワシが料理を出すんも、調理師学校に通って免許取りましたさかい」
うん、お父さんとお母さんにお金出してもらって行ってたね。奥様方に大人気だったね。
「このレストランを開いて2年になりますが、ワシの料理で体調を崩したなんて言い出すお客はんは一人もおらへんでしたな」
うん、三丁目の竹谷じいさんが龍龍のスッポン料理で「今夜はハッスルじゃァァァァ!!!」って鼻血噴きながら出て行ったくらいだもんね。
因みに竹谷じいさんはその後50歳年下の人気女優と結婚したとかなんとか。
老いて尚お盛んですね。
「ワシかてパンダでも料理人としてのプライドがありますねん。言いがかりなら他所でやってつかーさい」
「…………」
龍龍のマシンガントークにチンピラ達は愕然としていた。
そしてその顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「こ、こここ、こぉんのクマ公がぁっ!」
そう叫んだチンピラがナイフを出した。
あ、このチンピラ終わった。
「人間様なめんなオラァ!!」
「やかましわ」
「ぶべら!?」
「ぐばぁ!?」
チンピラの突き付けたナイフをはたき落とすと、龍龍は肉球張り手をチンピラ二人に叩きこむ。
そして前足で二人の襟首を引っ掴むとレストランの外に投げ飛ばした。
「ぎゃぁぁぁ!?」
「二度と来んなやアホンダラ!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」
龍龍の吠え声にチンピラ達は四つん這いで逃げていった。
その様子を見ていたお客様達は龍龍の立ち回りに拍手喝采。
「………ふーむ、お客はん方、えろうお騒がせしましたわ。どうぞお食事をお続けつかーさい」
ぺこりと器用にお辞儀をしてレストランから出て行く龍龍。
どうやら厨房に立つ気が失せたようだ。
「……卯月ちゃん、息子さん凄いですね」
「ちゃん付けやめれバカシノ。あと息子さんゆーな」
その背中を見送りながらあたしはシノにツッコミを入れるのだった。
パンダの前足には五本の指以外に親指側と小指側に指のように発達した骨が二本あり、五本の指とその二本の間に挟むことでモノを掴めるという特徴があります。
これはクマ科の中でもパンダ特有のものであり、竹を掴むためにこういった進化をしたと言われています。
まあ料理なんて到底出来るような形状じゃありませんが、そこは小説内の描写のひとつとして片付けちゃって下さい(笑)