ウチのパンダはなんやかんやでボスの貫禄はあります。
読者のみなさんこんにちは、神野卯月です。
都内某所の動物園ではパンダが変わらない人気を得ているらしいですね。
「わーいパンダさんだー!」
「お、おい!耳に触れたらあかん!」
「喋ったー!!」
ウチのバカパンダもその例には一応漏れていません。
ぶっちゃけ喋ってる分あっちのパンダより人気があると思います。
………あれ?親バカ?
園内に放し飼いされている龍龍の周りには、遠足で神野動物園に訪れた幼稚園児達がわらわらと集まっている。
先生達は微笑ましく思いつつも、パンダの龍龍を見て若干不安そうだ。
まあそれはあたしに言わせると杞憂でしか無いのだが。
基本的におバカの極みの龍龍だが、人間と意思疎通出来る位に知能が高いので噛み付くことはない。
口は悪いけどね。
「うわー、ふかふかー!」
「当たり前や。毎日手入れしてんねんから」
園児たちに足に縋りつかれて困った様子ながら、毛並みを褒められて満更でもない様子の龍龍。
本来のパンダの毛はゴワゴワしていて硬い、豚毛ブラシみたいな感触だ。
龍龍はその辺りを気にしているらしく、毎日あたしにシャンプーとトリートメントをせがむ。乙女か。
おかげで龍龍の毛質はもふもふした心地良い感触でぬいぐるみと遜色ない。
つくづくパンダらしくないパンダだ。
なんてことを思いながらあたしは園児たちに群がられる龍龍に近づいた。
「あ!オカン!ジャリ達が寄ってきて敵わんわ!助けてーな!」
「オカンゆーな。折角好かれてるんだからいいんじゃないの?」
あたしの言葉に龍龍は首を振る。
「そらひとりやふたりならええかも知れへんけど、この人数やったら捌ききれへんわ!折角エエ乳しとんねんから、オスジャリの相手くらいしてーな!」
「またお尻にぶっ刺されたいの?」
胸がどうとか言うなこのセクハラパンダ。
結局あたしがどうこうすることもなく、龍龍は終始園児たちにもふられつづけた。
「あー、疲れたわー」
「はい、お疲れ様でした」
先生達の引率で他の動物を見に行った園児たちに解放された龍龍はその場にへたり込む。
それを笑いながらあたしは笹の束を龍龍の口元に持っていった。
「お、おおきになオカン。……もっしゃもっしゃ…ごっくん…くぁー!労働の後の笹は堪らんなー!」
「………ほんとにおっさんね、あんたって」
よくもまあ笹束をビールを飲むみたいに食べられるもんだ。
と、そんな時。
「もっしゃもっしゃ…ごっくん……ん?」
龍龍は最後の笹束を飲み込んだあと、ふんすふんすと鼻をひくつかせた。
「…龍龍?どしたの?」
「ふんすふんす……シシオーとナガソネの臭いがしよる。持ち場から大分離れた方角や。多分爬虫類園やな」
龍龍の言うシシオーとナガソネはそれぞれこの動物園に居るアルビノライオンとブラックタイガーの事だ。
両親がそれぞれインドとアフリカから保護して連れてきた珍獣である。
「爬虫類園……って脱走!?」
「せやろな」
軽いノリで答える龍龍だがあたしはそれどころじゃない。
シシオーもナガソネも頭はいいが、互いに反目しあっているので二頭が揃うと何をしでかすか分からないのだ。
「何落ち着いてんのよ!早く連れ戻さないと!」
「………しゃーないなー…」
あたしの焦燥を見て龍龍はのっそりと四足で身体を持ち上げると、あたしに背を向けた。
「乗りやオカン。ワシだけ居っても一頭しか檻に戻せへんし」
「わかった!」
あたしは龍龍の提案を受けてふかふかの背中に飛び乗る。
「龍龍、GO!」
「任せときや!」
龍龍はあたしを乗せて物凄いスピードで走りだした。
『グルルルル…!』『ガルルルル…!』
神野動物園、爬虫類園。
ここにはアミメニシキヘビのコニシキとガラパゴスゾウガメのゲンブが治める爬虫類達の楽園だ。
小型のトカゲから大型のワニまで、様々な爬虫類達が飼育されている。
その爬虫類園の一角で、真っ白な毛並みのライオンと黒に白のラインが入ったトラが睨み合っていた。
アルビノライオンのシシオーとブラックタイガーのナガソネである。
二頭の周りには入園客達が怯えた様子で事の次第を見つめていた。
『グアァオォォォォ!!!』『ガルォォォォォォ!!!』
二頭が同時に威嚇の咆哮を上げると、周りから悲鳴が上がる。
その中には龍龍と戯れていた幼稚園児達も混ざっていた。
「あっ!」
女児の手に持っていた風船が揉み合いに押されて飛んで行く。
龍龍のプリントがされた風船は睨み合う二頭の方へと飛んでいき、慌てた女児はそれを追いかけた。
「ミキちゃん!?」
『グルォォォォォォ!!!!』『ガァァァァァァァァ!!!!』
「え…」
先生の声が上がるのと二頭が互いに飛び掛かるのはほぼ同時。
ミキと呼ばれた女児が風船を追いかけ丁度その間に入ってしまった。
「キャァァァァァ!!!!」
鋭い爪と牙が悲鳴を上げる幼い子供へと迫る。
「何しとんねんオドレらァァァァ!!!!!」
『ギャゥンッ!?』『グォン!?』
次の瞬間、二頭の横っ面にバチコォォォォォォン!!!と肉球の張り手が叩きこまれ、シシオーとナガソネは真横に吹っ飛んだ。
その後ろにはロープを持ったあたしがホッとため息を吐いていた。
園児を庇うように後ろ足で立った龍龍は前足を突き出したまま女児を見下ろす。
「ジャリ、怪我ぁあらへんか?」
「え…う、うん…」
「そら良かったわ。ウチのモンが客…しかもジャリに手ぇ上げたなんぞ知れたら、ここが潰れてまうからな」
そう言って龍龍はあたしを見る。
「オカン。このジャリ頼むわ」
「うん」
ミキちゃんという園児をあたしに預け、のっそりと四足歩行に戻った龍龍はシシオーとナガソネの元に歩く。
その姿を後ろから見ていたあたしは、龍龍が本気で怒っている事を察した。
「さて、オドレら何ぞ言う事無いか?」
『ギャゥ…』『グォン…』
腹の底から声を出す龍龍に二頭は後じさって頭を垂れる。
その鳴き声に龍龍は爪を出さずに前足を振り上げた。
「詫びるんはワシにやあらへんやろボケェ!!!」
ズドム!!!という鈍い音と共に二頭の脳天に肉球張り手が叩き込まれる。
「私闘禁止と脱走禁止の園内条令を破ったんは元より、客に牙向けるなんて何考えとんねんドアホウ!!!」
『ガォウ…!』『グルォン…!』
龍龍の一喝に二頭は小さく吠えた。
一応弁明のつもりらしい。
「なんやて?………ふむ、ふむふむ…」
龍龍はその声に耳を傾ける。
龍龍はこの動物園でエテマルと並んで一番頭が良いので他の動物の言葉も解るのだ。
………あれ?また親バカ?
話を終えた龍龍達ははあたしたちに歩み寄った。
「ジャリ、怖い目に遭わせて済まんかったな。ワシも詫びるさかい、こいつらを許したってや」
『グルゥ』『ガゥ』
龍龍の謝罪と共にシシオーもナガソネも頭を下げる。
その様子にミキちゃんも三頭を見つめて頷いた。
「……うん、いいよ!ゆるしてあげる!」
「おおきに」『ガゥ!』『ガォ!』
ミキちゃんの裁量に二頭が吠えた。
礼のつもりらしい。
ミキちゃんを引率の先生に預けた後あたしはシシオーを、龍龍はナガソネをそれぞれの檻へと戻した。
「パンダさーん!ありがとー!」
「おう、気ぃつけて帰りや」
閉園時間となり、あたしと龍龍は入場門前で幼稚園児達を見送る。
園児たちが手を振ると龍龍も器用に前足で手を振っていた。
「……オカン。シシオーとナガソネの事やけどな」
「うん?なに?」
四足であたしを見上げる龍龍を見返すと、龍龍は目を細めている。
「あいつらの脱走の原因やけど、どうやら檻の鍵が開いとったらしい」
「え?」
あたしはその言葉に耳を疑った。
ウチの動物園で飼育されている動物たちは贔屓目なしに見てもかなり貴重な種類が豊富だ。
知能も高いので芸を仕込めばすぐに覚えるし、躾も行き届いている。
悪い言い方をすれば金のなる木だ。
それをウチの両親も深く理解しているので飼育管理はとても厳重である。
その檻の鍵が開けられていたとすれば…。
「………動物泥棒?」
「かも知れへんな。せやけど万に一つ、鍵の閉め忘れってのもあり得る。心の隅っこで配慮しておく程度でええんちゃうか?」
「いざとなったらワシが動くさかい」と鼻を鳴らす龍龍。
………悪いことが起こらなきゃいいけど。
ナガソネの名前は長曾祢虎徹から取りました。
因みに最後の伏線は適当なタイミングで回収します。
………回収するのか?