ウチのボスパンダはおっさんです。
この小説を読み始めた読者諸君、唐突だがあたしこと神野卯月の悩みを聞いてほしい。
ウチの両親は昔から病的なまでの動物好きだ。
父は昔から親に黙ってシベリアオオカミやイリオモテヤマネコを拾ってこっそりと飼っていたらしい。
母も同じく親に黙ってアミメニシキヘビやバンディクートを飼っていたらしい。
そんな両親は珍獣の聖地マダガスカル島で動物の密猟(自分で飼うため)の最中出会って5秒で意気投合、次の日には日本に蜻蛉返りして婚姻届を提出していた。
ここまで聞いて既に気付いていると思うが、ウチの両親はかなりの変人、否、変態だ。
どれ位変態かというと、神がかった先読みで株を当て、その利益を資金に自分達が集めた動物達の動物園を開く位変態だ。
その動物園であたしと両親は常日頃から動物達の世話やお客様の案内などに精を出している。
この変態の両親程ではないが、あたしも動物は好きだ。
昔から一緒に暮らしてきたし、オナガザルのエテマルは産まれた時からの付き合いなので親友と言っても過言ではない。
そんな動物好き一家が経営する神野動物園には、一風変わった動物が放し飼いされている。
「…………またか」
「ウキー…」
飼育員用のツナギを着たあたしと金色の毛並みをしたエテマルの目の先にふてぶてしく寝転がっているコイツだ。
白と黒のコントラストが特徴的な2mを超える巨体。
器用に左前足を使って頬杖を突き、右前足で腹を掻いている。
その口元には笹の枝がもしゃもしゃと咥えられていた。
気だるげな視線であたしを見るその動物はひとつ大欠伸。
その様を見ている入園客達は不思議そうに首を傾げている。
「………龍龍」
「なんや?」
あたしの言葉に動物……ジャイアントパンダの龍龍は低い声で応えた。
…………猿山のてっぺんで。
「今すぐ猿山から降りなさい。モンタが困ってるでしょ」
「この動物園のボスはワシや。ボスがどこに居ようがかめへんやろ」
龍龍が鼻を鳴らして猿山の麓を見る。
そこには猿山のボス猿、ニホンザルのモンタが指を咥えて悲しげな表情をしていた。
「だからってパンダが猿山を占領していいわけないでしょうが」
「そないカッカしなや。小ジワが増えんで?」
「…………は?」
「ウキッ…!」
今なんて言いやがったこの大熊猫。
あたしの目付きが変わると龍龍は「あ、あかんやってもうた」なんて居住まいを正す。
今更遅いわ。
あたしの次の行動を察したエテマルは即座にあたしの肩から降りる。
「あたしはまだ………17歳だァァァァァァ!!!!」
その言葉と共にあたしは手に持っていたデッキブラシを投げつけた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
デッキブラシの柄が龍龍の眉間にクリーンヒット。
前足で顔面を押さえて猿山から転げ落ちる。
そのままどたーん!と腹這いに倒れ伏した。
周りのお客様は拍手喝采。ありがとうございます。
軽くお辞儀をして柵を飛び越え、龍龍に歩み寄る。
「………さて、モンタ、ウキキチ。群れをまとめ直しといて」
「キッ」「ウキャッ」
あたしの言葉を受けてモンタとサブリーダーのウキキチが綺麗に敬礼した。
………いつも思うが、なんでウチの動物達は敬礼したり、人語を解したり、無駄に高知能なんだろう。
「痛いわぁ…脳味噌穴ぁ空いたんと違うか?」
というかそもそも、人語を解すどころか日本語ペラッペラなこのボスパンダが一番の謎なんだが。
「脳味噌に穴空いてたら生きてないわよ。ほら、さっさとここから出て行く」
痛みに悶える龍龍にあたしは冷たく言い放つ。
その返答に龍龍はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「穴空いてへんのは分かっとるがな…。もうちょいおもろいツッコミ出来へんのかい…」
「黙れバカパンダ。もう一発行く?今度はお尻に」
あたしの一言で龍龍は焦った様子で自分のお尻を押さえた。
「か、堪忍や!オカンにカマ掘られるやなんてオスの名折れや!」
「じゃあさっさと出る!!あとオカン言うな!!」
デッキブラシを振り上げたあたしを見て龍龍は尻に火が付いたが如く走りだし、他の飼育員が掛けておいた縄梯子をよじ登って猿山を出て行った。
「何見とんねん!噛み付くぞ!」
龍龍が上に登った後そんな吠え声が聞こえた。
よし、お客様にそんな事を宣うバカパンダにはお仕置きが必要だ。
「………本気でお尻に突き刺してやろうかしら」
「キー…」
肩のエテマルがお尻を押さえて震えているが気にしないことにする。
「――――………アッ―――――――!!!!」
数分後、龍龍の悲痛な声が園内に木霊した。
「………あー、ほんまにオカンは容赦あらへんわー」
「自業自得よ、バカパンダ」
お尻にでっかい絆創膏を貼り付けた龍龍が呻き声を上げる。
いい気味だ。
これでしばらくはおとなしくなるだろう。
さっきからオカンオカン言われているから気付いている読者諸君も多いと思うが、このバカパンダの育ての親はあたしだ。
あたしが10歳の頃にお父さんが中国から連れてきた母パンダ、春春が産んだ仔なのだが、ちょっとしたトラブルがあった。
…………春春が龍龍を育てることを放棄したのだ。
動物園飼育の動物には意外とあることなのでお父さんとお母さんは元より、あたしも動物の仔を育てること自体は問題なかった。
その時はお父さんもお母さんも、春春を連れて行く事を許可した中国政府との会談の真っ只中だったので必然的にあたしが育てることになった。
トラやライオンといった哺乳類を育てたことはあったけど、パンダを育てるのは初めてだったので結構四苦八苦した。
都内某所の動物園からパンダの飼育員を招いて指導してもらったりもしたのでおかしい所は無かった。無かった筈なのだが…。
「………なんや、何見とんねん」
「…どこでどう育て方を間違えたのかしら」
………あれから7年が経ち、龍龍は日本語(おっさん口調の関西弁)を話す世にも珍しいジャイアントパンダになってしまっていた。
このお話は、神野動物園の客寄せおっさんパンダ、龍龍とあたしと周りの動物や人間模様を描いたお話。