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あの日の空

作者: はしこ

中学の頃、僕は吹奏楽部に入っていた。そこで初めて彼女と出会った。

彼女は凛々しくて、可愛くて、肩にかかる髪も少し大きめな背も、その眼差しもその姿も、全て好きになった。

彼女に告白したと言う男子がいるだけでやきもきした。

彼女を僕だけの人にしたかった。

でも、できなかった。彼女には好きな人がいた。僕より大事な人がいた。

僕では彼女に幸せを与えることはできないと知った。

告白はできなかった。傷つくことが怖かった。ただ僕より好きな人がいることを確認することが怖かった。

僕らは同じ部活だった。だから時々夕日が輝いている瞬間に帰ることがあった。彼女と見る夕日は黄金色に輝いていて美しかった。夕日に見惚れていると彼女が

「綺麗な夕日だね」

と言った。僕は頷き、照れたように

「きっと今が一番綺麗だよ」

君がいるから、と言いかけたけど言葉を飲み込んだ。

そうやって二人で夕陽を見ていた。きっと彼女はこれから他の誰かとこの夕日を見るのだろう。一番綺麗だと思える夕陽を。


中学を卒業して、お互い忙しくなり、連絡も取れなくなり、僕らは疎遠になった。それでも、彼女が好きだった。どんな人に出会おうと、彼女だけが僕の心を揺さぶる。それが悲しかった。どんなに彼女と連絡を取りたくても、できなかった。きっと、彼女の中に僕と言う存在はなくなったということだろう。




数年経ち、大学生活に慣れ、好きな人もでき始めた。だけど、いつも心には彼女がいた。

就活をする時期になった時、中学の同級生とご飯を食べた。彼は言う。

「お前の好きだった子、彼氏できたって。彼氏のいる県で暮らし始めるらしい」

それを聞いて、僕は

「ああ、そっか」

と言った。冷静さを取り繕ったが、本当は自分の感情がごちゃ混ぜだった。

悲しい?嬉しい?寂しい?悔しい?不安?怒り?

そんな感情がいっぱいになって頭がパンクしそうだ。彼は言う。

「会いたいなら今のうちだぞ」

僕は何も言えなかった。


帰り道、僕は赤い夕陽が沈む空を静かに眺めていた。見たけど、心が揺さぶられない。綺麗だと思えない。思えば中学の頃に吸っていた空気の匂いも違う。そこで僕は気付いた。

僕らはもうあの頃の僕らではない。何もかも違う。僕の周りも、状況も、性格も、姿も、夕陽の色も、空の匂いも。変わっていないのは、僕の彼女への想いだった。

僕は道路を走った。何もかも振り切りたい、彼女への気持ちも、僕の未練も。

走って、走って、走って

家に着くと、母にそんなに汗をかいて、と注意をされたが気にしなかった。自分の部屋にこもり、携帯をとった。友達に言った、彼女と会いたい、と。



友達から五時に中学校で待ってろ、とメールをもらった。僕は30分前に着いてしまい、五分ほどたつと、女性がこちらへ来る。間違えるはずがない。彼女だった。肩にかかるくらい短い髪が胸ぐらいまで伸びて、化粧をしていて、でも、目の輝きは変わっていなかった。僕は泣きそうになった。彼女は優しく微笑み

「久しぶり、時間、早いね」

そう言った。僕は

「遅刻しない主義だから」

「そっか。本当は来るつもりはなかったんだ。彼氏が嫉妬するから」

彼氏、と聞いて胃が重くなったけど、僕は笑った。

「何で呼んだかわかる?」

「ううん、わからない」

「僕は、」

そう言って息を吸い込み

「ただ、もう会えないらしいから会っておめでとう、って言いたかった。」

「・・・ありがとう」

「彼氏と、お幸せに」

「もちろん」

幸せそうに彼女は笑う。それを見て、苦しくなる。息が詰まりそうになる。それでも僕は

「ありがとう」

一番言いたかった言葉を口にした。




彼女が去った後、僕は中学校のベンチに座った。空気を肺いっぱいに吸う。

・・・やっぱり違う。空気も風も空も彼女も僕も。全ては変わる。雲のように形変えてどこかへ消えていく。変わらないと思った彼女も変わった。だったら、

「僕も、変わる。きっと、ずっと同じじゃない」

変わりたい、彼女への想いはしばらくは消えないだろうけど。でもきっとこの想いも変わる。もっと惹かれる人と出会う。そう信じたい。

彼女と見た夕陽はもう二度と見ることはできないだろう。でも、もう追い求めない。

心の中で、さよなら、と呟く。

今見ている夕陽は、鮮やかに赤い光を放っていた。


言えなかった言葉を赤に向けて言う。


「ずっと好きでした」



僕の知らない誰かと幸せになってくれ、ただただ願った。


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