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待っている  作者: 池田瑛
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玲子

 アイスバーンの道路を愛用のママチャリで進んで行く。氷の上を自転車で走るのも、この4年間で慣れた。


 学部棟から教養棟に移動するの、歩いていたら間に合わない。


 休み時間の15分で2駅分の移動をしなきゃいけないキャンパス。


 出欠確認を講義最初にする教授の講義は厄介だ。


 雪に完全に埋まっている自転車の横に停め、学部の軍艦棟と呼ばれるオンボロの校舎の中にある教室に入った。


 1限目は、すでに意味不明の数式の世界に突入している統計学Ⅲ。


「有沙、おはよう」


 同じ経済学部の玲子は、早々と教室の一番前に座っていた。


「おはよう玲子、いつもこんなに早いの?」


「まあね。有沙は、いつも授業開始ギリギリだったもんね」


「朝起きる時間は、誰よりも早い自信はあるんだけれどね。いつもこんなに早いの?」


「90分前着席が優等生の基本よ?」


「優等生は、5分前だ。そんなに早い時間に何をしているいるの?予習?」


「小説書いている」


「さすがは文藝部部長」


 玲子は、文藝部の部長をしており、現在、卒業文集の作成に勤しんでいると聞いている。


「有沙は、こんなに早くきてどうしたの。まさか今更勉強に目覚めたというわけではないでしょう。

 

 そのビニール袋に入っているのが、アルバイト情報誌であるところからすると、バイトを探すために早く学校に来ましたってところね。


 ちなみにその食パン1斤は朝ごはんの様だけど、もう部活も引退したのだから、食事の量も少し考えた方がいいわよ」


「流石は名探偵、明智小五郎。よくぞ見破った。」


  かなり棒読みしてやった。


「明智小五郎なんて、あなたの口からでるなんてね。すぐに顔になんでも出てしまうの性格を 改善しようとしているのかしら。未来の怪人二十面相さん」


「もう、いじめないでよ。お腹が空くのは仕方がないでしょ。バイトだって、卒業旅行に行くために探しているの。バイト探すのも一苦労なんだよ。私たちって、あと3ヶ月すれば東京に行くわけじゃん。期間3ヶ月限定だと、面接受けよくないじゃん。バイト探すの、苦労しそうだよ」


「あらあら、学生が就職したい企業ランキングに載る企業の内定をことごとく獲得した内定クイーンにしては弱気な発言ね。私の確認した限り、昨年ランキング10位以内の6つはあなた、内定をもらっていたでしょ?」


「それとは別次元の話!青春は待ってはくれないの!卒業旅行のお金、親に甘える訳には行かないし」


 そういう玲子も第1志望の企業の内定をもらっているし、人のことは言えないのではないかと内心思った。


「いいバイトならあるよ。紹介してあげようか」


「え?」


「だから割りのいいバイトを紹介してあげようかってこと」


「時給は?」


  思わず玲子に詰め寄ってしまった。勢いで手首にぶら下げていたビニールが机の淵にぶつかった。

食パンが潰れたかもしれない。


「時給2500円。夕方4時から6時まで。条件は平日毎日出勤」


「時給2500円?めっちゃ高待遇じゃん。念の為に聞くけど、エッチな仕事じゃないよね?」


「もちろんよ!私が今やっているバイトだし。珈琲と紅茶を煎れるだけの仕事」


「喫茶店のバイト?割りがいいね。玲子と一緒に働けるなら安心かな」


「喫茶店じゃなくて、ある大富豪の専属のメイドって感じかな。一緒には働けないよ。私の後任ってかたちになるわね。わたし、卒業文集を仕上げなければならないから、バイト辞めようか悩んでいたの」


「メイド?コスプレはアウト」


「コスプレ?なに妄想しているのよ」


  玲子は珍しく大笑いした。そして、ひとしきり笑った後、長い髪を掻き分けながら顔を上げた。


「コスプレって発想、徹君の影響?」

 

  玲子は満面の笑みを浮かべていた。


「徹とはそんなんじゃないよ。なに言ってるのよ、朝っぱらから」


「北海道大会の試合会場で、徹君、応援しながら男友達とそんな会話をしていたよ?試合そっちのけで」


「意味がわからない。徹もなんで試合の応援でそんな話になるわけよ。ってかなんで玲子がそんな話を知っているのよ」


「たまたま徹君達の後ろの席で応援をしていただけなんだけどね。


 そこで、ラクロスのコスチュームを脱がすのはって話をしていたわよ」


すぅっと深く肺に空気を貯める実感があった。徹の馬鹿。


「そんなことは一度たりともしたことないわよ」


 教室に響いた。教室には玲子と二人だけしかいなくてよかったと心底思う。


 玲子は何事もないかのように筆を走らせていた。


「冗談よ。徹組君の友達がそうからかっていただけ。徹君は、そんなことはないってちゃんと否定していたわよ。


 顔を真っ赤にさせながら。意外とまんざらではないような感じだったから、親友としては、


 マンネリになった時の打開策のひとつとして助言したまでよ」


「流石に私の愛するラクロスをそんなことで穢すわけにはいかないわね。ギリギリのラインはナース服かな」


「ナースはいいのね。徹くんに伝えておくね」


玲子が原稿らしきものから顔をあげて私を見つめた。真っ黒なストレートの長い髪が白い肌を際立てていた。


「もちろん冗談よ。徹には言わないでね。」


玲子が徹に言わないのは分かっている。


「そう?。でも困ったら私に言ってね。飛び切りエッチなナース服あるから」


「何で持ってるのよ!」


 玲子とは親友だと思っているけど、玲子のプライベートはよく知らない。


 玲子は綺麗でいい寄る男はたくさんいると思う。だけど、彼氏のいるかどうかも知らない。いつもはぐらかされる。


「真夏の夜の夢だったかしら」


 頬杖をついて、窓を眺め、遠い目をしている。わざとらしい。


「意味が分からないから。ところでバイトの話はどうなの」


「そうね。昼休みに詳しく話すわ。あと、履歴書も書いておいてね。本当にやる気なら、今日の午後、挨拶に行きましょう。今日の午後は空いてる?場所は円山だから3時に札駅集合」

 

 札幌駅から円山は、地下鉄で行けるので、玲子は地下鉄でいくつもりなのだろう。


「時間は空いているけど。履歴書も書いておいてって、やること前提じゃん」


「期間限定でバイトを探すのは苦労しそうだわ。アルバイト情報誌を探しても、時給2500円以上のバイトは見つからなし。


 深夜の時給1200円のバイトを四時間するくらいなら、2時間で5000円だったらやってもいいかな。


 六時にあがれるならその後徹とデートできるし、ってのがあなたがお昼までに考える結論ね」


「まだ、なにも考えていないんだけど。たくさんの小説を書くだけあって、想像力が豊かだね」


 すこしムッとした。玲子は、人を見透かした物言いをすることがある。


 まだ一度も小説を完成させたことがないということを知っている私の最大限の嫌味だ。


 玲子は小説を8割ぐらい書き上げたところでいつも、書くのを辞めているらしい。


 それでも文藝部の部長を務めていられるのは、他の部員の小説へのアドバイスがずば抜けていることと、校正などの実務能力を部員全員が認めているからだそうだ。


「あなたの心は何でもわかるわよ。さて、私は小説の続きを書くわ。今、すごくいいところだったのよ」

私の嫌味を玲子は理解したのだろう。


「バイトの話をいま、教えてよ。詳しく教えてくれなきゃ判断できないじゃん」


「ごめんなさい。講義が始まる前にその食パンを食べたいあなたに気を使っただけなの」


 手で顔を覆い、本当に泣きそうなな声でそんなことを言った。こんな可愛い子にこんなことをされたら、大概の男はなにも言えなくなるだろう。文藝部ではなく、演劇部の方が彼女の才能と容姿を活かせるのではないだろうかと、思うことがある。


「はいはい、大作家様の執筆活動の邪魔をして申し訳ないです」


 本当に人を見透かした子だ。


 でも誰もいない教室でアルバイトを探しながら朝ごはんを食べちゃおうと考えていたのは本当だった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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