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待っている  作者: 池田瑛
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アッティーザ③

「狼人間は小説の話、いわば空想の話よ。大木さんが狼人間の末裔って話であなたは納得しないでしょ。私が話したいのは、先輩達が集めた大木さんの情報と、そこから推理した内容。なんの為にあの紅茶を飲むかってことね」


玲子は、7枚目のホタテのカルパッチョを口に運んだ。さよなら私のホタテちゃん。玲子の箸の先にあるホタテを見つめた。


「情報料よ」


そう言って玲子は口に頬張った。


「大木さんは、結婚をしたことはない」


それで?と有沙は聞き返した。


「亡くなった奥さんの為という線はない」


「えっと、つまり亡くなった奥さんを偲んで、奥さんが好きだった紅茶を準備していたということはないだろうってこと?」


 最愛の妻を忘れられず、昔その人が好きだった紅茶を淹れて、昔の思い出に浸るということは確かに、小説や映画でよく取り上げられている。子供を亡くした母親がその事実を受け止められず、息子の茶碗にもご飯をよそってしまい、夫に息子は亡くなったんだと、なんども言い聞かされるというような話も聞いたことがあると有沙は思った。


「そうよ」


 有沙は、ふと疑問に思った。


「文藝部の推理の前に、誰も大木さんになぜですかって聞いたことはなかったの?」


 推理をする前に、本人がいるのだから聞けばいいじゃん。犯人が逃げ去り死体だけが残っているという状況ではない。目の前に張本人がいるのだから。


「ええ、誰も聞いたことはないわ」


「それはなぜ?大木さんは優しそうな人だし、どうしてですかと聞けないという感じでもないし」


 私は、玲子は好奇心が強く分からないことがあるということが大嫌いなタイプだと思っている。その玲子も結局分からず仕舞いで終わるというのも、腹に落ちない。料理はおいしいからどんどん私の腹に落ちていっているけれど。玲子に食べられちゃう前に。


「文藝部の伝統よ。このバイトを始めた先輩が狼人間説の小説を書いたのよ。その後書きに、このバイトは代々文藝部の後輩に伝えていくようにということと、このバイトは、小説の着想を得られるはずだということが書いて合ったの」


「それだけ?」


「それだけよ。だから、今までは文藝部の中で引き継がれてきたバイトだったし、だれも真実に触れようとはしてこなかったの」


「それだけ?」


「それだけよ」


「なんかすごく納得がいかないな。気になるじゃん」


「誰も本人に聞かなかったという点では、1つ例え話をしていいかしら」


「いいよ」


「仮に有沙のマンションの隣の人がいたとして、だいたいあなたと帰宅時間が同じで、よくエレベーターなどで一緒になることがあります。玲子はこの隣人に対して気になることがあります。雨の日も、この人が傘を持っているところをは見たことがありません。たびたび、びしょ濡れになっているその人と、エレベーターで一緒になったことがあります。玲子はどうしてこの人は、傘を差さないんだろうと疑問に思います」


「確かにそれは疑問に思うわ。雨の日だったら普通傘さすか、雨宿りするでしょ」


「ある日、あなたは思い切って聞きました。どうして雨の日も傘をささないんですかって。その人は答えました。傘を買うお金がないんですと」


「なんかすごく可愛そうな例えなんだけど」


「なんだそんなことか、と思わない」


「切ない気分になったよ。例えの趣旨がよくわからないのだけれど?」


「謎のままの方がいいということもあるということよ。どうしてその人は、傘をささないのか、ということをいろいろ考えることができるじゃない。少なくとも雨の日に、窓を眺めながらその人が傘をささない理由をあれこれ考えることができるわ」


「私は、そんなこと考えないかな。むしろ、その人が傘を買えないほどの生活環境に置かれている日本社会について深く考えてしまうけど」


「有沙らしいけど、そこは意見が分かれるわね。私は、この例え話を聞いた時は、それが事実であるならその事実を知らないで、あれこれ空想にして小説のネタの1つにしたいと思ったわ」


「なんとなくわかった。文藝部の人にとっては、小説のアイデアになるものが貴重ってことね」


「そういうことよ」


「わかった。私は、大木さんに聞くかもよ?」


「有沙は有沙、私は私よ。文藝部の伝統をあなたに強要する気はないわ」


「伝統と言えば、このバイトは代々文藝部の人が引き継いでいたのでしょ?私がやることになってもよかったの?」


「まぁそれはね。私の問題だからね」


 ボンゴレ・ビアンコとマルゲリータもウェイターが机に置いた。


「玲子の問題?なにか悩みでもある?」


「ちょっとね。相談に乗ってくれる?」


「私で良ければだけど」


「ありがとう。でも、素面ではいいにくいかな」


「別に私は飲んでもいいよ。イタリアンならワイン?高くなければだけど」


「どうせお互い味が分からないのだし、お手頃なのにしましょう。私が選んでいい?」


そういって、玲子はウェイターを呼んで、ワインを注文した。


「北海道産のツヴァイゲルト・レーベにしたわ」


「ワインは詳しくないからまかせるよ。ワインはあまり飲まないし。夏に徹とヌーボー飲んで以来かな。本当に久しぶり」


「夏にヌーボー?意外とおしゃれじゃない。逆に11月に飲んでないのが不思議だけど」


「おしゃれかは知らないけど、徹がヌーボーはフランスだけじゃないとかいろいろ語ってたけど忘れた。逆にキンキンに冷えたビールを飲みたいって思ったことしか覚えてない」


「徹君なりの努力の形跡が見え隠れするのだけど、有沙に伝わってないということね」


 ウェイターがワインを持って来た。玲子のグラスに少しだけ注ぎ、玲子がそれを飲んで笑顔でウェイターに頷いている。ウェイターは、玲子が頷いたあと、玲子と私のグラスに再度ワインを注いだ。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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