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八本目/無能勇者は、やっぱり無能だが、生き残る


「うーんっ! よし、今日も元気!」


 森の中にぽっかりと空いた空間。木と煉瓦で作られた家と目の前に広がる畑。畑の規模は、自分一人では維持するのは難しいが、自分の家から少し離れた所に木製のログハウスが何棟が建てられている。

 そこには、自分が雇った奴隷たちが、日々農業と畜産業を営み、日々の糧を得ている。


「おはようございます。チヨ様」

「ああ、おはよう。今日も頑張ろうね」

「はい」


 一応、主である私に話しかけてくるのは、私の一番奴隷だ。初めて買った時は、ガリガリに痩せた娘だったが、私とここに隠れ住み、ちゃんとした食事を食べ始めてから、健やかに育ち、今では、もう立派な可愛いお婆ちゃんだ。


「ヨルミは、お婆ちゃんなんだから無理しないで。もう歳なんだから」

「羨ましいですね。チヨ様は、何時までもお美しいお姿のままで。私も何時までもあなたの側で仕えさせて頂きたい。あなた様は、私の、いえ、私たち奴隷の勇者なのですから」

「大袈裟だなぁ。私は、帝国から逃げ出した無能勇者だよ」


 そう言って、自嘲気味に笑う私はチヨこと――秋雲・千夜あきぐも・せんやは、日本から召喚された108人の勇者の一人だ。

 とは言っても、108人の召喚勇者は、実質、召喚元の帝国の戦争奴隷と同じだ。

 召喚陣に刻まれた【ランダム付与】によって、それぞれがユニークスキルを保有する様に調節された召喚。だが、その実、能力の付与には、個人の性格や資質、それとランダム性、など外部からのコントロールを受け付けない。


「無能勇者かぁ。ハズレ勇者とか、穀潰しとか言われたな」

「そんな百年も前の事を引きずる必要はありませんわ。あなた様のスキルで私たちは救われたのですから」

「それで救えるのが精々、小さな村程度しか維持できないんだから」


 そう言いつつも、自分の能力は、戦争のための戦力が欲しい召喚国である帝国にとっては、マイナス評価だった。

 ユニークスキル【信仰心の奇跡】――簡単に言えば、自分へのプラスの想いを受ける程、強くなる。というスキルなのだが、欠点としてマイナスの想いでプラスが相殺してしまう点だ。

 マイナスにはならないが、ゼロになるスキル。つまり、初めから無いに等しいのだ。

 召喚されて、誰も知らない場所で生きて行くのに、どうやってプラスの感情を向けて貰えるのか。また、召喚された当時は、外見などは、年相応。むしろ好かれるポイントは無かった。

 二十代後半の中肉中背。顔はやや父親にで気弱そうな顔だった。それで即戦力にならないスキル持ちであるために、他の107人の勇者やその後見人を務める王族、貴族からは、虐待に近い行為を受ける。まぁ、ストレスとかが溜まっていたんだろう。今思うと良く生きていけた。城で僅かな同情で食事を与えてくれた侍女や押し付けられた雑用を共にやった下っ端兵士の憐れもなど。私を気遣う感情は、プラスと換算されるが、それ以上の集団の悪意を身に受けて、能力はゼロ。


 最終的には、無能者として手切れ金だけを渡され、放逐された。

 すぐに、暗殺者が来ると思い、名前も千夜からチヨへと変え、手切れ金として渡された金を全てつぎ込み、性別を変える薬を飲んで姿を眩ました。

 女性として帝国を離れ、帝国は、私の足取りを掴むことが出来ず、死亡と判断。最後は忘れ去られた。だが、忘れ去られたと言うことは、今まで受けていたマイナスという枷が消えたのだ。

 そこから小さな町でギルド依頼をこなし、少しづつ人からの信頼を勝ち得て来た。この時点で10年だ。だが、その10年で少しづつ溜まる信仰心は、体を活性化させ、若さを保たせる。

 また、肌のメリハリや身体機能の維持。免疫力の向上とアンチエイジング。つまりは、不老性を得たのだ。

 体の機能の最盛期である18歳のまま維持された私だが、18歳で歳を維持する私をエルフの近親種か、ハーフエルフだと思う人も居たが、中には、不気味に思い、マイナスの感情を送り付けてくる者もいた。

 私は、そうした人が増えるのをユニークスキルで感じ取り、また次の町へと転々とする日々を過ごす。

 街中の小さな依頼で日銭を稼ぎ、その時点でこの世界へ来て40年。私は、自分が生きるだけの信仰心しか集まらない。また、戦いなど無理だし、帝国に目を付けられないために細々と生きる。時折、命の危険に遭遇すれば、溜め込んだ【信仰心】を使って小さな奇跡で生き残る。

 そんな中、出会ったのが、一番奴隷のヨルミだ。この世に絶望した娘だったヨルミだった。

 売られた値段など、私の日銭よりも安い奴隷。ただ、鞭で叩く奴隷商人の「無能」という言葉が私の琴線に触れて、衝動的に買ってしまった。

 その後は、気がついたことだが、自分のユニークスキルの【信仰心】とは、プラスの感情だが、それにも強弱がある。ただ単純な好意や感謝が1とすれば、今のヨルミのような恩義や信仰対象などと言えるほどの強い想いは、100なのだ。

 奴隷ヨルミを手厚く看護し、共に暮らしていく内に、募る【信仰心】。そして、同じように不遇な奴隷を数人買い、溜まった【信仰心】で私たちの聖域を作り出した。


 ――外敵を寄せ付けない結界。

 ――豊穣な大地。

 ――奴隷への小さな幸福。


 そうした、三つの奇跡を作り出すだけで、私の【信仰心】は大きく消費した。そして、その地に奴隷村を作り、引き籠り50年以上。

 ある奴隷は小さな幸福では守り切れず、結界の外の外敵に負けて、死んでしまい。

 ある奴隷は、老衰により穏やかな死を迎えた。

 なかには、私と同じように不死性を得て、長い時を生きたい者や、私に勇者としての能力を与えてくれ、と願う者がいた。それらには、一切答えず、私たちの生活の基盤だけを与えて、後は人としてのあるがままの生活を与えた。

 それだけで、元々が奴隷の人は、多大な【信仰心】を私に与え、次世代の子は親に習い、私を神殿や教会の巫女のように敬う。


「巫女さま! 俺に力を与えてくれ!」

「駄目です、ヒューダン。チヨ様の方針です」

「何でだよ! くそっ!」


 一人の少年が私の元に駆け寄り、何時もの様に走り去っていく。

 その後ろ姿を見て、小さな溜息を吐く。


「力ね。まぁ、私の幸福では守り切れなかったのは負い目だけど、力は与えられないわ」

「当然です。むしろ、これ以上何かを得ようなどおこがましいです」


 強い口調で断定するヨルミ。奇跡として多少のスキルは与えられるが、私は絶対にそれはしない。

 100年前の帝国の様に力を持った結果の世界はどうか?


 100人以上の勇者が戦場に駆り出され、結局現在生き残っている者は……私以外いない。戦死、暗殺、老衰様々な原因があるだろうが、力を持ち、それに振り回した結果、抗えない流れによって帝国ごと消滅した。


「大きな力なんて無くても穏やかに暮らせるのにね」

「そうですね。おや、町の方へと食糧を運んでいた人たちが戻ったようですね」

「ええ、それも新しい奴隷を連れてね。よっぽど不遇な目にあっていたのね。受け入れましょう」


 私は、村の入り口へと歩き、新人の奴隷を迎え入れる。優しく抱きしめ、奇跡を起こす。

 これからこの子には、普通の幸福を与えてやらなくては。

 無能勇者は、数える人しか、救えない。

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