5本目/私が苦手なもの……それは
気分転換の短編
「はい、と言うことで。私の苦手な物について語ろうと思いまーす」
どうしてこうなった。白衣に手入れのされていない髪、口には、ポッキーを咥え、上下に揺する気だるげな姿は、我らが文芸部の部長だ。
「色々言いたいことがありますが、今日は文芸部の部活動の日ですよね」
「細けぇ事は良いんだよ。どーせ、うちら以外の部員いないし、互いに自分の考えを話してれば、視野も広がる。独善的だろうが、偽善的だろうが、独創的だろうが、とにかく語れ」
「えっと……」
「悩む前にしゃべれ! ハリー・アップ! テーマは苦手な物だ!」
「えっと、では」
部長に急かされ、ボクは、自分の苦手な物を考える。思い浮かぶ単語が、どこかそれっぽい。それを膨らませると自分の苦手な物が浮かんでくる。
「えっと……殺伐とした内容ですかね?」
「ほう、随分と抽象的な内容だな。具体的には?」
くるくると回る椅子の上で胡坐を掻いて着てくる先輩。実に男らしいが、女性である。たまに、その事実を忘れそうになる。
「血とか怪我とか見るのは苦手ですから、グロとかの耐性全くと言って良いほどありませんし」
「それ故に、それらの要素の少ない小説が君の持ち味となっているわけかなるほど」
うっ、そう言われると、無意識に血や残酷描写を避けると、どうもほのぼのとした作りやギャグで紛らわそうとする。
「では、次は私の番だな。私が苦手なもの……それは――カニだ」
「はぃ?」
「カニだよカニ。甲殻類の美味い物だよ」
「えっと、嫌いなのに、美味い? 今まで、自分の小説で関わる苦手な物って事じゃないんですか?」
「誰がそんなこと言った。他人の意見を聞いて、多様な視点を得られれば、と言う建前の暇つぶしだ。内容が不服なら、次はお前の番だぞ」
「分かりました。すみません、カニについて語ってください」
ボクはもう諦めた。それにしても部長がカニを嫌いって想像できない。過去によっぽどなことがあったに違いない。ボクは真剣に耳を傾けるが、部長は恥ずかしそうにして一向に話そうとしない。
「……そんなに見詰められては、恥ずかしいではないか」
「って、そんな理由ですか! ラブもロマンスも全く介在する要素無いのに!」
「冗談だ。君のいつまでも初心な反応は楽しいな。まぁ、それは良い。私がカニが苦手な理由だが。カニの身を穿り出すのが、時間が掛かる上に量が少ない。時間に見合った報酬という意味で、カニよりもタラなどの方が私は好む」
「鍋の話だったんですか!?」
おぅ、そんなどうでもいい理由だとは――
「ほらほら、次は君の晩だぞ。苦手な物が一つしかない。などありえないのだからな」
「うーん。ボクは――悪人ですかね」
「これまた随分と大きなテーマだな。君の過去にどんな悪人が絡んでいるのやら」
「絡んでいません! ちょっと怖そうなイメージがあって、ボクみたいな凡人だと明確なイメージが出来ずに苦手で」
「ふむ。想像できないから苦手。とな。面白い事を聞いた。君が悪人を想像できないために、作品には強い悪が想像できずに性善説の塊のような雰囲気になるのかもしれない」
部長は一人でボクの過去作を思い出して、客観的に評価しているようだ。そう評価されると、悪い気はしない。部長は、自身の考えを押し付けずに、作品に対して、ただ疑問を投げかけるだけ、それを聞いたボクはそこを深く掘り下げるだけで、どんどんと作品が良い方向に向かっていく。
「ボクの話はこれでおしまいです。次は部長の番ですよ」
「そうか。では、私の苦手な物は――チートだ」
「また、随分と不確定なものを選びますね」
「まぁ、良いではないか。それに、先ほどカニなどと御ふざけを言ったために今度は真面目に答えただけだ」
そういって、楽しそうに笑う部長。
「でも、小説とか書く時、チート設定って楽ですよね」
「その楽が私は苦手なのだよ」
困った。と言った風に溜息を吐かれる。
「チートは、使い勝手が良く、扱いやすい。それは小説を書く上で一種の免罪符になってしまう。短編を書く場合やギャグメインの作品ならチートを前面に押し出せば、作品は作りやすい。起承転結を上手く持っていける。だが、長編になればなるほど、チートは作品の根を腐らせてしまう」
また、詩的な表現を好む部長の話をボクは聞き漏らさないように黙っている。
「考えてもみたまえ、チートとは能力や形態問わず、一種の完成した設定だ。完成した設定は、増やすことも減らすことも難しい。バトル物では、完成された設定故に主人公の成長は作り辛い。そしてバトル物では、最初は無双しても徐々に苦戦。最後は敵に負けてしまう。そこから先は、どれほど素晴らしい作りでも成長しない設定では、作り手側は苦しい。と思うのだよ」
「なるほど。でも、ドラゴンボールは、主人公がスーパーサイヤ人化して戦いますよね。先輩が言うチート短命論だとあれほど人気は出ないと思うのですが……」
「アレはチートではなく、後付設定だ。そして、サイヤ人の死に掛けると強くなる設定は、チートではなく、ちゃんと欠点のある能力だ」
そう言って立ち上がると、黒板にバーと数字を書き込んでいく。
「例えば、死に掛ける前の戦闘力がMAX10000としよう。死に掛けると、戦闘力は1.5倍。そして、死に掛けた判定は、戦闘力は最大値の四分の一まで減少。また最大戦闘値は、半分にまで減少とでもしよう」
三本のバーにはそれぞれ、死ぬ前、死に掛け、復活後。とある。
「死に掛ける前が10000。そして復活後が1.5倍の15000だ。この二つだけ見れば、楽に成長しているようだが、本来は、ワンクッション置いた、死に掛けの状態だ。その状態では、上記の設定を適用すると、半分の5000までしか発揮できない。これが死に掛け強化を使っても7500だ。万全の状態にも及ばない。この説明を見て、万が一回復しなかったら、どう思う」
「その……設定が役立ってませんね」
「そうだ。そういう欠点があるからこそ、仙豆という超回復アイテムやデンテといった回復要因、体を張って回復するまでの時間稼ぎをするクリリン達が光り輝けるのだ」
「な、なるほど」
「欠点や弱点は、悪いものではない。むしろ、そこを利用して、キャラクターを引き立てる事も念頭に入れた、初期設定が重要だと思うのだよ」
「凄いです。そういう考え方があるなんて」
「だから私は、完成しきった設定のチートが苦手でね。むしろ、弱点がある。致命的な欠点がある。という方が親しみも持てるし、バトルの際、敵味方問わず、一発逆転の熱い展開を望める。と言ってものだ。
想像してみたまえ、敵だから必ず負ける。と思いながら読む小説や漫画ほど虚しいものは無い。
さぁ、今日話し合ったことを少し盛り込み、意識して小説でも書いてみようか」
「は、はい。部長」
何だかんだ、ふざけた言動はあるけれど、しっかりと部長として部員のボクを指導してくれている。
こうして出来たボクの作品は、今までよりもとちょっぴり頼りないけど、それにも負けない主人公になった。
そして先輩の作品は、残酷描写なし、それでいてカニの目立つ悪人と悪役の対立という謎設定なのにも関わらず、面白い作品が出来た。やっぱり、即興での作りや頭の構造が違うのかもしれない。