18本目/そちらの都合。相手にするのは、こちらの都合
精霊の人生は、長い。それこそ生まれ出でて、惑星が滅ぶまでということも多々ある。複数の並列世界に繋がり、各世界で力を行使する精霊である我々は、時として様々な理由で受肉して世界に降り立つ。
世界の危機的状況、環境の管理、召喚者の召喚術、強制的な隷属目的などなどだ。
まぁ、どの時空、空間でも人間の考えることは同じであり、また精霊の考えることは同じだ。
このまどろみの中のような心地のいい空間で寝ているだけで全てが許されるのにわざわざ、一つの世界へと行き、人の一生を共に生きる。
酔狂な者は、その一生を星の終わりまで捧げ、最愛のパートナーの思い出と共に死する。早々にこちらの空間に帰って、思い出の中に眠ればいいのに。
我は、一度も呼ばれたことがないから分からぬ。だが、呼ばれないように、長く生きるほど大きくなる存在の力や権能を内部に圧縮して、小さく小さく押し込める。
長生きの割に小さな我の魂は、見た目はみすぼらしく、その実数多の世界を渡り歩く原始の精霊の次に強力だ。
そんな我は、まどろみの中で寝ぼけていると、いつもの感覚を覚える。
何者かが我を世界へと引き摺り出そうとするのだ。
いつも、その手を振り払う。
契約内容などが世界ごとに違うので隷属など気に入らぬ内容で呼び出そうとしている者がおるなら、人の生きれぬ世界か、既に滅んだ星への出口を繋げてやるところだが、今回のこれは至って普通だ。
一生に一度の召喚、人の一生を共に過ごそうとする内容だ。
細かい契約内容は決まっていないもので主導権は、相手にある。だが、こんなもの、簡単に覆すことができるが、我より下の精霊では難しいのかもしれぬ。
そうして、我が鬱陶しくその召喚の手を払いのけている間にも面白がった一人の精霊が我の代わりにその手に飛びつく。
そうして、今日は何度も来る召喚の手が次々と精霊を引っ張る姿を眺めながら、最後に来たとても細く、弱弱しい手を見つけた。
他と違い、なんと儚く脆い手か。
一生に一度した使えぬ召喚にも関わらず、なんと才能が乏しい者か。
逆にその弱弱しいながらも手探りでこちらを探す手がなんともいじらしく感じ、その手に吸い寄せられる。
だが、その手は我を引っ張り出すには、弱く、脆い。今の我の体では、引っ張ることは出来ないと思い、更に体を小さくして、召喚の手に導かれて受肉する。
「ぷっ、ダサ。そんなちっさい精霊しか呼べないなんてな」
一人の人間が我を愚弄する。最初に我へと手を伸ばしてきた者と同じ感覚がする。あの時、伸ばしてきた召喚の手を握りつぶしておけばよかった、と後悔しながら、その隣でハラハラしている水龍として受肉した精霊を見つける。
相手は、こちらに気が付いているのなら、注意しろ、と目で強く訴えるとすぐに水龍の精霊は、その幼子に念話にて注意を促す。
そして、ようやく我の召喚主と対面する。
弱弱しく才能に乏しい召喚主は、穏やかな幼子だった。
小さき蜥蜴の体の我を抱き上げ、そのまま撫でる。
「よろしくね。今日から君のパートナーのウェンだよ」
あのまどろみのような空間とも甲乙つけがたい太陽の日差しと優しい手付きに目を閉じる。
それから我は、眠り蜥蜴と呼ばれ、ウェンと呼ばれる少年のパートナーとなった。
人の子の学び舎にて学門を習得する幼子たちは、日々切磋琢磨している。
ウェンは、元より召喚術の才や魔術の才がないが頭のよい子だ。
進む道が違うのならば大成するかもしれない可能性を秘めながら、人間の柵に縛られて、茨の道に進んでいる哀れで、いじらしい子よ。
その心の優しさを失わないウェンに一度も語り掛けることもなく、ただ昼は日の下で眠り、夜は柔らかな布の敷き詰められた籠の中で眠る。
ウェンは、落ちこぼれ。と呼ばれる存在らしい。眠り蜥蜴と呼ばれる何もしない我と共におり、日々伸びもしない魔術を学んでいるためらしい。
精霊は、本人の資質に限らず、長く生き、常に世界と共にあろうとする者が力を伸ばす。
その中で精霊ごとに最適な力や権能を見つけ、それを伸ばしていくために人間のような落ちこぼれは存在しない。
人間がウェンを貶める行為は、精霊から見れば、高々百年、二百年で差を埋められる程度のことで茶化しているようにしか見えず、あの水龍の精霊も何も言わない。
無論、我もその価値観からあくびの一つして、再び眠りにつく。余りに煩く眠りを妨害するなら、噛み付いてもいいだろう。
そんなまどろみの生活を続けていたある日、この学び舎にウェンの妹と呼ばれる者が現れた。
また、傲慢なそれは、ウェンを貶めるだけに飽きたらず、我も貶める。落ちこぼれのウェンと我を同一視しているのだろう。
まぁ、この世全てが相手の都合で、眠たいのは我の都合だ。
そして、相手の都合が行き過ぎれば我の都合を侵す。
「そうね。そちらのみすぼらしいトカゲを消してしまえば、あなたには、召喚精霊が居なくなるのよね」
醜い笑顔で答える可愛らしい幼子。そして、我に全力の風塵を叩き込み始める。理不尽に抵抗するウェンと風に舞い上げられて、地面に打ち付けられる我。眠りの妨害をされたが、所詮、人間で言うところの蚊が刺した程度の鬱陶しさだ。
だが、それも続けば苛立ちを覚える。
圧倒的理不尽でやり返すことも考えたが、それではこの幼子も死んでしまう。
そして絞り出したには、あるイタズラ好きの精霊が人間に掛けた一つの呪いを参考にした。
それは――
「何をやっているんだ!」
「えっ!? こ、これは……」
「学校の備品の破損、他者の精霊への攻撃、規則で決まった場所以外での魔法使用。言い逃れは出来ないぞ!」
そのままどこかへと連れ去られる幼子。
そして駆け寄って来るウェンは、泣きそうな顔をして我を抱き上げて、学び舎の治療室へと運び込む。
あれだけの攻撃を受けて、無傷と言うのも編であるために鱗の何枚でも剥がしておくとしよう。その内、生え変わる。
特に怪我はないが、様子見ということで薬の緑の匂い染みつく部屋に一日置かれることになる。
我がしたのは、ほんの小さなイタズラだ。
我とウェンに向けられる心が本人に返っていく呪いだ。
善意には、幸運が。悪意には不幸が返る。その大きさも心の強さによって大小で変わる。
あの連れて行かれた幼子は相当に大きな悪意を向けていたのだろう。そのツケを一度に払う結果となったようだ。
と思ったら、翌日――
「えー、謎の集団不良事件が発生したのでしばらくは学園が動かすことができないので、みなさんは寮か、実家に戻ってください」
何ともウェンは相当に悪意を向けられていたようだ。そのためにこれほど一度に大勢の人間が自身の悪意で不幸になる。
そんな悪意の排除の後で今までウェンに善意を向けていた者たちは、小さな幸運が舞い降りたようだ。
仕事が順調、良縁に巡り合えた、事故を回避できたなど。
人は、願掛けというものが好きらしい。どこからか我を撫でるといいことがあるなどと言う、呪いの内容を当たらずも遠からず、という形で伝えている。
あまりに幸運を振りまくのもアレなので、あの呪いは切った。
そんな我のまどろみの日々は過ぎて行き、幼子であったウェンは、今は小さな地方の魔術ギルドの職員をしている。
ウェンは、圧倒的に乏しい才能と努力で学び舎を卒業し、職に就いた。その過程には、壮大な夢や希望、挫折と妥協があり、いまの地位を築いた。
その間、我は何もせずに、ただ耳を傾けているだけだ。
一度だけウェンの独り言があった。
「君が居てくれたから僕は頑張れたんだ。だから、ありがとう」
我は何もしておらぬ。頑張ったのも、独り言を話して俺をするのはそちらの都合。
我は、こうして撫でられ、膝に乗り、眠りながら聞いているのは、こちらの都合。
この穏やかなまどろみの時間が侵されぬ限り我は、動くつもりはない