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15本目/あしながおじさん、憤怒の極み

「ぬおおおおおっ! 糞伯爵がぁぁぁぁっ!」


 ワシは、怒りで頭の血管が切れそうになり、硬く握りしめた拳からは、血が流れ始めていた。


「お、親方様! お気を確かに!」

「くそぉぉっ! アンジェリカを! ワシのアンジェリカを奪いよって! 何が二人揃って真実の愛か!」

「親方様、お労わしや」


 伯爵家である我がヴェロー家の家令が白いハンカチーフで目元を拭い、脇に控えるメイドたちも沈痛な面持ちで啜り泣いている。


「かくなる上は、戦争じゃ。ワシを虚仮にした憎き伯爵家の倅に復讐してくれる!」


 ギリギリと食い縛った歯茎から血が滲み、口の端から垂れる程に歯ぎしりをして、ワシは復讐を決意する。


 そもそもの発端は、憎きチャーチル家がワシの支援者兼、婚約者に手を出したことが原因だ。


 十八歳の時に父を亡くし、それから十年は、父の負の遺産である妾の息子たちとの血を血で洗う政争を行っていた。

 領内の貴族派の者たちは、正妻だが伯爵家の母を持つワシよりも、妾だが公爵家の母を持つ弟たちを支持した。

 何故、伯爵家の母が正妻かと言えば、各家の経済力と言うしかない。領地と特産品を持ち、互いの交易の利益のための政略結婚が母。

 妾殿は、借金まみれの家のために由緒ある家柄という物を売り物にして我が家から支援を得るという立場。

 どちらが我が家に益がある家かを考えればすぐに分かる。そして、それを気に入らぬ妾殿は、何十年と掛けて我が領内の貴族派の人員を纏め上げ、弟の支持基盤とし、ワシとワシの母を追い落とそうと画策していた。


 そこから十年。二十八歳まで続いた骨肉の争いは、貴族派貴族と首魁である弟と妾殿の処刑により幕を閉じた。

 だが、争いの爪痕は大きく、領内を支える文官、武官が不足してしまっている。だからと言って、方々に頭を下げて人を借り入れれば、獅子身中の虫となりえる。

 もう二度と、あのような不毛な争いは御免こうむる。

 そこで考え付いたのが、平民層からの徴用だ。

 この十年。貴族派を相手取っての政争を繰り広げたために、それに対抗するために平民出や都落ちの学者などを多数徴用したために、実力主義の下地は出来ていた。

 そして、それを実行し、領内をある程度安定して維持することができるがまだ人の人数は足りない。

 そこで父の頃より仕えてくれる家令と母と相談し、一つの制度を実施する。


「あなたの良い年なのですから妻を娶りなさいな」

「貴族の女は怖いです。母上。だからと言って平民から妻など貴族の常識としてもおかしいかと」

「ならば、このままこの家を滅ぼすつもりですか!」

「大奥様。ならば、どの勢力にも属さない者を手駒から育てて、その中から妻を娶ると言うのはどうでしょうか?」

「ふむ。ならば、その線で話を詰めて行こう」


 こうして始まったのが、全国孤児院支援制度だ。

 優秀な孤児たちへの金銭・学習の支援を行い、卒業後に我が領内で十年間働く契約制度だ。

 特に我が領内で欲しい人材の農業指導員、研究者、軍人などの輩出と同時に、没落貴族の子女を探し、失った貴族派の支持層の代わりを作ることを考えた。

 その中で見つけたのが、アンジェリカ。当時、六歳だ。

 元々は、没落した伯爵家の娘であり、なにより男にも負けぬ才覚と将来を期待する美貌、また没落したが由緒ある伯爵家の娘であることから彼女を妻にする計画を始めた。


 他にも数名の貴族の子女を妾にし、失った貴族派の名前を与えて、分家として家臣団の再構築を図る中、十年の月日が経った。

 この苦労の十年。ワシ、三十八歳は、既に頭は禿げあがり、外見は四十後半とも言える。

 世間では、好色伯爵のように言われているが、ワシはまだ商売女した手は出しておらんわ。外見で損をするアナン男爵やロイズ伯爵と共に王都のパーティーの後にこっそり涙を流したわ。

 あと、開き直って髪の毛全部そり落としてやったら、スッキリした。


 まぁ、そのような中でワシらの送り出した子ども達は立派になって家臣に加わり、正妻の予定のアンジェリカを皮切りに三人ほどの候補を優秀な順番に娶り、他は、残った少数の騎士爵や準男爵の相手に勧める予定だった。


 そんな中、事件が起きた。


 ワシの目を掛けていたアンジェリカの周囲に男が付き纏いはじめたという手紙を三番手のジュリエッタから手紙を貰う。

 一応、支援した子どもたちは、手紙と言う形でマメに報告書を書いていたが、その直後からアンジェリカからの手紙が不定期になり始め、ついには途切れてしまう。


「相手は、チャーチル家の倅か。して、先方はなんと?」

「次男の気の迷い。と申しております」


 学園内での出来事だが、一応は男女の仲だ。婚約者もいる家であるために、外聞には気を遣っているが、あの家は、子どもを甘やかしている節があるとの噂だ。成人した長男と長女の態度も表面的な礼儀ばかりで慇懃な様子が隠れていない。


「しばらくは、様子見か」


 そこから電撃的に話が伝わるのは、一月後だ。婚約破棄、アンジェリカとの婚約、ワシが支援した支援契約の破棄条項の履行。それをあの伯爵が息子の頼みと聞いてしまった。

 今では、社交界の話題としては、禿げた好色魔の手より救い出されたお姫様。という立場だ。


 そして、冒頭の憤怒に戻るだ。


 余りの怒りに、頭の血管が切れそうになるが、何とか堪えて、あの家に復讐を考える。弟たちとの政争では、どのような小さな嫌がらせや悪辣な手法をも躊躇わずに実行するのだが、いざあの家に復讐することを考えると、アンジェリカ自身にも不幸が訪れるのではないか。と考えてしまう。


 血肉を別けた異母兄弟には躊躇わないワシも、愛した女の人生となると躊躇うとは、と自嘲し、大人しくアンジェリカを見送る事にする。


 その後、ワシは、二番手のアンネラを正妻に、ジュリエッタ、レッテラ、ヴィヴィを妾とした。

 結婚当初は、あまり乗り気ではなかったが、ワシへの恩と妻たちの結束でワシは少しずつアンジェリカを失った心の傷を癒していく。

 そして、ワシがいかに女の見る目がなかったかに気付かされた。

 アンネラは、包容力があり、夫のワシを立て、社交性が高い。

 ジュリエッタは、知性に溢れ、領内の仕事を円滑に進めつつも新しい試みを試す下地を作り上げる。

 レッテラとヴィヴィは、アイディアマンと研究者という二人は多分野で様々な成果を残す。

 レッテラが領内改善案を出して、ヴィヴィがそれを実行可能な技術で再現する。それをジュリエッタが、可能かを実験区域で試し、コストを調節し、アンネラが領内の各所と交渉する。

 ワシ一人で盛り立てているつもりだった領内が妻たちが入ることで更に盛り上がった。


 子どもも各二人ずつ設け、アンネラの子を次期当主と明言しているが、ワシの時のような争いを警戒したが、妻たち全員は、互いの役割を理解し、そうした気配を見せない。

 何だかんだでワシは、六十近くまで領主を務めてから隠居。息子たちに全て任せて、のんびりと暮らした。


 最近は、領内のことに集中していたために、王都のパーティーに出席する機会が少ないが、チャーチル家のその後だが、長男のスペアとして飼われていた次男とその妻のアンジェリカが政争に敗れて、処理されたとの噂だ。

 この噂を聞いた時、愛した女の最期の話よりもどこもかしこも政争か。と自分の若い時のことを思い出し、驚くほど愛情がないことに気が付いた。


前に、気分転換にメモ張に書き残した短編を載せてみる。

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