13本目/とある神聖魔法の使い手は、勇者パーティーに在籍していた(過去形)
私はこの度、勇者パーティーを解雇されることになりました。
さて、その理由を話す前に私の経歴を話すとしましょう。
私は、協会の孤児院で育ち、神父様より神聖魔法の使い手としての才を見い出され、それを使って孤児院の手助けをしておりました。
私の日常は、孤児院の家事手伝いに始まり、孤児院と併設された協会での奉仕活動と治療活動、空き時間に孤児院の運営の資料纏めなど幼い頃より孤児院と教会の跡継ぎとして期待されておりました。
孤児である私を育ててくれた神父様と家族のように接してくれた孤児の仲間たちへの恩を返すために、私自身もそれに沿う形で努力を重ねました。
「お前が町で噂のシスターか。ふむ、儂の妾になれ」
「……少々、考えるお時間を頂けないでしょうか」
「ふむ、よかろう。だが、儂はあまり気の長い方ではないぞ」
私が13の時、領主の貴族様よりそのような命令を受けました。初潮も迎え、女性特有の丸みを帯びた体を持ち始めた頃でしょうか。
同じ孤児院で同性の女の子からは羨ましいと言われる容姿であるために、ああ、そういうことを期待されるのかな。と思いながらも覚悟を決めるために少々のお時間を頂いた。
「大丈夫かい? すまない、私が守ってやれなくて」
「いえ、大丈夫です。ただ、跡継ぎとして育てて下さったのに、教会と孤児院への御恩をお返しできなくて」
私が領主の貴族の妾になる、という情報は瞬く間に町を駆け巡った。
私は、協会での治療行為を介した町の人々が代わる代わる心配の声を掛けてくる。私は、大丈夫と言うと皆、悲しみを押し殺して気丈に振る舞っているように見えるのだろうが、決してそんなことはない。
治療行為で知り合った人々は、町の様々な人たちや怪我の多い冒険者たちだ。そうした人々からの治療の片手間で聞く噂話や実体験などを繋ぎ合わせて領主の貴族様の姿を知っている。
領主の貴族様は、決して公正公平な人ではないですが、様々な層の人から話を聞けば、おのずと答えが見えてきます。
騎士と関わりのある方の話では、騎士団維持に多くの財源を割いているとのこと。これは、この町の立地が近くに未開拓領域が存在するためであり、防衛という観点での必要措置だ。
また、商人の話では、外部に塩などを依存している町であるために街道維持の騎士団の巡回は必要であることなど、複数の情報源から領主様の財政の使い方が大体は判断できます。
一般市民への還元として、町や街道の整備拡張と整備などの仕事も用意しているが、こちらは公共事業の必要性などが浸透していないために逆に、町民を奴隷のように働かせる、という印象を与える。
「俺たち根なし草が言う言葉じゃねぇかもしれねぇけど、ここの領主様か? あの人よりは悪い貴族は他に沢山いる」
この言葉が決め手となり、私は自分の境遇が決して悪いものではないと感じました。
また、女性の噂話としては、領主様の正妻は体が弱く、子どもが産めない。とか、高価な薬を定期的に購入している。大体の神聖魔法の使い手は神殿派と呼ばれる宗教派閥の紐付きであり、そこに介入されるのを嫌ったなど、様々な噂があるが、私自身は、実際の目で確かめようと決めました。
そして、運命の日――
「さぁ、考える時間を与えた。返事を聞こう」
「そのお話、お受けします」
淡々と話す私に疑問に思ったのか、訝しげに堀の深い顔に一瞬だけ皺を寄せる領主の貴族様。それも何事もなかったかのように無表情を作り私は、領主のお城へと連れて行かれる。
そして、そこで見たものは、呪いによって侵される正妻や様々な領内の問題案件。
魔族による呪いや国内不和、戦力徴兵などの頭の痛い問題だ。
「今は話せない妻の意志だ。まだ跡継ぎの居ない私たちのために、妾を取るようにと」
苦渋に満ちた表情の領主様の言葉に、ああ、貴族の妻として妾を勧めたのだろう。と何となく思い付いた。
色々な理由はあるかもしれない。正妻は死期を悟り、妾を勧めたが領主様は、その意志を組みつつも対処できる神聖魔法の使い手として私を選んだ。
「少しでも奥様の苦しみを和らげられるように努力します」
呪いに苦しむ正妻への案内に難色を示した領主様だが、私の説得に理解を示し、呪いに蝕まれる正妻の元へと案内して下さった。そして、そこで私は可能な限り強い解呪と癒しの魔法を使う。
なんと、そこから現れたのは、悪魔憑きの魔族であり、辺境の町を侵略するために正妻様に憑いたのだそうだ。領主様も帯剣で斬り掛かるも大怪我を負い、私も非常に危険な状態に追い込まれる。
「ここに、町娘を攫う悪徳領主が居ると聞いた!」
そこに現れたのは、勇者パーティー御一行ですが、正直に言いましょう。なんですか? その頭の悪い登場は。まるで町中で噂される話の表面しか見ていないようでは無いですか。それに男性勇者一人と女性五人のパーティー。
そこからが悪魔憑きの魔族との激しい戦いですが、私は、怪我をした領主さまと正妻様を守るために神聖魔法の結界と治療を使い、自身は守りに徹します。
勇者やそのパーティーの魔法使いの攻撃は激し過ぎて、パーティーの連携を取って安全地帯に居ないと余波で死んでしまうような状況なのです。仕方がありません。
まぁ、そんなこんながありまして、無事に魔族の消滅と領主の誤解が解けました。そして、私は、重症の領主様を回復させる治癒と結界の使い手としてパーティーにスカウトされます。
「僕と一緒に魔王を倒す旅に出よう」
町の方では、魔族に洗脳された領主様にさらわれた町のシスターが勇者の手によって取り返された。というような美談へと擦り替わり、孤児院の方でも世界のために立派なお勤めをするんだよ。と逃げ道を塞がれました。
そんなこんなで流される人生の始まり始まり。ここまでが私の経歴です。えっ? 長いんですか? じゃあ、この後は巻きで。
魔王を倒す旅の途中で勇者パーティーは、六人パーティーから最終的に十五人のハーレムパーティーに増えました。
勇者様を始めとする魔法使い、剣士、格闘家、精霊魔法のエルフ、魔銃使いの一軍パーティー。
そして、私などの補助的な面々の二軍。
最後に、あんまり戦い向きでない三軍の面々。
「凄い人数。勇者様、少しは考えて仲間にしてください」
勇者が何も考えずに、旅の先で助けた人をホイホイ仲間にするからかなり大変な旅になった。
まぁ、才能ない一般人でも勇者と一軍二軍のサポートによるパワーレベリングで並の冒険者以上には戦えているので最低限の足手纏いにはなっていない。また、美人・美少女ばかりなので冷ややかな目で勇者を見ている。
「でも、彼女たちは困っていたんだ」
「……そうですか」
はぁ、と深い溜息を吐き出す。
まず、私の仕事は、増えてしまった勇者パーティー全体の管理だ。
勇者としての斡旋された仕事の他に、パーティーを組み、冒険者として様々な依頼や勇者支援体勢を作る。
魔物使いの少女には、移動に優れた魔物のテイムのために深い森の奥へと赴き、調合師の美女が必要とする回復薬の素材を採るために深い谷間を歩く。
鍛冶師が勇者に最高の武器を、と言うので鉱山での採掘を手伝い、盗賊が少しパーティー資金が足りないと言うので、近くの山賊退治やダンジョンでの資金稼ぎに励む。
基本、冒険者としてのルールに則り、経費を差っ引いた利益の均等配分などを行う。私は、普段から節制を気を付けており、ギルド経由で孤児院への仕送りをしているので町で働いているよりは稼ぎはいいが、これも何時まで続くやら。
また、町から町への移動では、各地の協会や孤児院との繋がりを作るために顔出しをして、様々な情報を得る。
冒険者同士の人脈構築などに努め、様々な問題や魔族の気配・危険地帯の情報をそれとなく勇者に流して、自分たちには適切なレベルの依頼や問題を受ける。
その間に私は、勇者パーティーの【聖女】という二つ名を頂いたが、余り好ましく思わない。
そんな勇者パーティーの縁の下を支えること一年半。遂に、魔王討伐に漕ぎ着け、一軍と二軍の一部を連れての激戦になった。
私は、旅の中で鍛えられた神聖魔法により、傷付く仲間を癒し、結界の内側で調合師の作った薬を用意して待機する役割だ。
長いようで短い激戦の末、誰一人欠けることなく勝利した自分たちは、そのまま、半年もしないうちに王都へと凱旋した。
王都に戻り、勇者パーティーとしての屋敷と莫大な報酬を手に入れた。
そこからは、私自身も多少の愛着の湧いたパーティーに在籍しつつ、王都での冒険者の仕事を細々と行う日々。
以前ほどの収入はありませんが、勇者パーティーとしての社会奉仕と考え、ギルドの低ランクの未処理依頼や協会や孤児院での奉仕活動に従事することにした。
その間の勇者パーティーと言えば――
勇者は、関係の持った女性と放蕩の限りのような生活を屋敷で送っている。とは言っても手を付けたのは、パーティーの半分であり、主に一軍と三軍の女性たちだ。
そして、剣士は酒場に入り浸り、魔法使いは、莫大な報酬を魔法の研究費に充てるなど、その他の面々も各々好き勝手に生活しており、私と商人の女性が勇者パーティーの財源を握っております。
「なぁ、フィー。少しきつすぎないか?」
「何を言うんですか。あればあるだけ使うなど、本来あり得ない状況ですよ」
「でも、みんなから文句が」
「勇者様、では魔物退治にでも行って不足分を稼げばよろしいかと」
「何で君はそんなことを言うんだ」
まぁ、考えなしの勇者様は、相変わらず直感と感情で生きているらしく、今日も今日とて屋敷で堕落した日々。財源を引き締めつつも、王都での暮らしを一年くらい続けていましたが徐々に勇者様との共同生活で堕ちる女性たちが見られ始めました。
そして、私が16になる頃に、遂に同じ財源管理の商人まで勇者様側に立ち、残りは私だけ……
「フィー。君は、僕らのパーティーに不和しか招かない。だから、僕が提示する条件を聞き入れないなら、本日をもってパーティーから除籍する」
「……わかりました。今までお世話になりました。それでは、さようなら」
私の淡々とした返答に勇者様が目を剥いている。差し詰め、勇者パーティーとしての立場がなくなることを恐れて懇願する下種な妄想でも抱いていたんだろう。
自分に抱かれろとかの、色々な条件を提示したんだろう。同じやり口で何人か堕としていることを知っている。
薄々こんな日が来ると思ってこっそり準備を進めていた。
その日の内に少ない荷物を纏めて、故郷の辺境へのキャラバンの護衛として参加する。
私個人は、勇者パーティーの一員であったが、元勇者パーティーで現Bランク冒険者の【聖女】のフィーの名は各方面で役立った。
特に大きなトラブルなく、故郷の孤児院へと戻れば、故郷では暖かく向かい入れられた。
「ただいま。神父さま」
「お帰り、フィー。大変な旅だったね。ゆっくりしておいき」
それから孤児院では、私の知っている子や知らない子などに囲まれて、数日を過ごす。また、神父様は私の送った仕送りについて、本当に必要な分以外は使わずにとってあることに。そして、残ったお金を返すように提案してきたが頑なに首を振る。
「私は、嬉しいです。私が送ったお金を大切に取ってくれたことを。そして、ちゃんと必要なことに使ってくれたことに」
この言葉に自分でも意外と勇者パーティーの金銭関連の問題で心が荒んでいたのだと気がついた。
それから数日後、私の帰還が領主様の耳に届いたのか、召集のお声が掛かった。
最後に会ったのは、三年前だが、三年前よりも渋さを増した男性と若々しい正妻様から悪魔憑きの事件で正式にお礼を頂いた。
「あの後、私たちにも子どもが生まれたよ」
その報告の後、見せて貰った赤ん坊はとても可愛らしく、少し子どもが欲しいな。という気持ちが沸き起こった。
「いいなぁ、赤ちゃん」
母子共に暮らすだけの蓄えを勇者パーティー時代稼いでいるので問題なく暮らせる。
「あら、なら私の旦那と作る? 私もあなたみたいな妹が欲しいのよ」
「えっ?」
まさかの正妻様からのお声に驚き、領主様も咳払いをする。
「何よ。貴族として妾の一人や二人は居て当然よ」
「だがな。儂は、三十三だぞ。十六の娘を娶るなど。それ以前に、あの時とは状況が違う」
「あの時は、私の後釜に余計な人を妻にして欲しくなかったけど、今回は保護よ。元勇者パーティーなのだから、どのような勧誘があるか分からないわ。それに歳の差を考えるなら私とだって十歳以上歳の差があるじゃない」
私の前で喧々囂々の論議を繰り広げ、領主さまが一方的に言い負かされてしまっている。歳の差は倍近くあるのだが、まぁ、冒険者をやって居ると平気で歳の差二十歳などを見ているのであんまり気にならない。むしろ、年上だと神父様のような大人の魅力を感じるので悪くないと思う。
「その、だな。もしよければ、儂に保護されてくれないか?」
「はい。わかりました。不束者ですが、よろしくお願いします」
「そうか、だめ……って良いのか? こんなおじさんだぞ!?」
「はい。ただ、時折町に出ての奉仕活動などを許していただければ、と思います」
「あはははっ、そうか。ああ、そうか」
乾いた笑みを浮かべる領主様とにこにこ笑う正妻様、いえ、お姉様と呼びましょう。
その後、私が第二婦人として領主の家系に入り、可愛らしい子どもに囲まれた。お姉様とは、序列関係があるものの私の子が次期当主に押し込む気はないために仲は良好。貴族の作法などは疎かった私は、作法や領地運営の補佐を教えて頂き、逆に神聖魔法の才能があったお姉様に二十一という年齢から学び始め、見事に治癒の中級魔法を修め、私と共に奉仕活動に参加するようになりました。
お姉様は、男の子二人と女の子一人。私は、女の子二人を産み、領主様と穏やかな人生を送りました。
余談ではありますが、勇者パーティーのその後の凋落を風の噂で聞きました。
女性関係で問題を拗らせて、短剣で刺された勇者は、パーティーの治療要因である私を解雇したために傷が完治せずに大きな傷跡を残しただの。
女剣士は、酔った勢いに見知らぬ男と一夜を共にして、勇者パーティーを解雇されて、子連れの冒険者として放浪している話。
魔法使いは、元々才能がないのに高価な材料で無意味な実験を繰り返し、勇者パーティーの財政を圧迫させて、現在は、安い素材の新しい活用方法を見い出す魔法学院の研究室に埋もれているとか、魔石に魔力を込めてお金を稼ぐ日々だとか。
盗賊と商人は、ちょっとした詐欺や犯罪で勇者パーティーの財政補填をしようとして奴隷落ちなど。
他にも碌でもない終わり方や勇者パーティーに見切りをつけて、普通の人生を送っている人たちが殆どである。
最後に勇者の栄光では、一生食えなかった。というだけの話である。私には関係のないお話だ。ただ、これを教訓にした物語を子どもたちに話すのも面白いかもしれない。