十本目/バケツ騎士の受難
ノリと勢いのダイレクト投稿。たまには、頭空っぽの作品が書きたいよ
「勇者よ! よくぞ、魔王討伐を果たした! 望みの物をなんでも言うがいい!」
ここは、王城の謁見の間。
僕たちは、勇者より一段後ろで膝を付き、勇者の言葉を待っている。
「はっ! 私が望むのは、仲間たちへの報酬を。そして――」
僕は、勇者パーティーの一人で役割は前衛騎士だ。
他に、チビロリ魔法使いやおっさん斥候職、巨乳の僧侶さん。獣人の遊撃手の六人パーティーを組んでいた。
勇者は、僕と同じ騎士学校に所属しており、騎士学校入学以前から同じ街の出身で彼とはご近所というか、子爵家の嫡男とその家の騎士家の三男の息子だ。
騎士学校に進む僕に着いてきたが、そんな僕よりも優秀だった。
「お前が居なくなるの寂しいから俺も騎士学校行くな!」
そんな屈託のない笑みを浮かべて、入学を決める勇者だが、それで呆気なく特待生枠を手に入れるのだから、幼馴染はその当時から勇者の片鱗を見せていた。他にも色々な選択肢があるのに、魔法学校や商学校などだ。
対して僕は、下級貴族の騎士家系ということもあり、騎士の道を強いられた。
祖父は下級騎士だが、父は三男坊で、普通に商人として暮らしている。
ただ、現在の祖父の長男には騎士になれる子がいなかったために、一番適した歳の僕にお鉢が回って来た。
「あー、君は、あの特待生の友人なんだ。へぇー、魔法適性はないけど、ない騎士もいるから」
最初に教師との面談。各騎士適性を確認し、それに合わせたカリキュラムを構築する合理的な教育。祖父は、突撃騎士や騎馬兵などのチャージランスを手に戦場を駆ける騎士であり、勇者は、魔法と戦士の両方の適性を持つ魔法剣士だ。
そして、僕は、機動力もなく、剣技も優れていない。そのために――重曹騎士の道に進んだ。
重い鎧に重厚な盾を持ち、常に怖い攻撃に晒され続ける。弱点を埋めるために、鎧の関節部にまで守りが仕込まれ、今着ている兜もバケツをひっくり返して穴を開けたような代物であり、無骨の一言に尽きる。
口元のフェイスガードを退ければ、食事などは可能だが、基本は防御のために常に下ろしている。
そんな僕の成績は、学年で十数位前後だ。流石に幼馴染の勇者が主席でその親友の僕に期待が寄せられるが、凡人の僕は、この程度だ。
元々、前向きで社交的な勇者と違い、やや後ろ向きで内向的な僕は、その成績でも十分優秀なのだが、周囲の期待や評価、比較を感じ、気を落とす日々が続いた。
そうした、充実しながらも精神的にくる学校生活は、魔王出現により一気に魔獣被害の増加が始まる。そして、幼馴染の勇者としての覚醒。
そのまま、どことも逸れない魔王と呼ばれる魔獣を探すために、僕を連れて冒険者としての旅に出た。
最初は、男二人旅が、魔法使いが増え、慣れない旅を支えてくれるおっさんが増え、人助けに感銘を受けた僧侶が増え、奴隷にされ掛けた獣人が加わって、現在の六人パーティーになった。
「なんというか――俺たち、場違いな気がする」
以前、斥候のおっさんが酒場で呟いた一言だ。
確かに、最初は男二人の旅だったはずだが、徐々に女性が増えて、傍から見るとハーレム勇者+おとものバケツ騎士と冴えないおっさんだ。
幼馴染の勇者は、昔から美形で何でもできて、それでいてさり気なく女性に気遣いをするために同年代の女の子や同じ騎士学校の女子生徒がみんな、勇者に惚れていた。
バケツ騎士とおっさんのどこに恋愛要素が絡む。と世間一般のそういう話が好きな人は、俺たちの存在を一段低く見て、モテない男性冒険者と一緒に飲めない酒を煽る時も一度や二度じゃない。
そうして、ハーレム勇者としての地位を確立した幼馴染は、各地の魔獣被害の依頼を解消しつつ、徐々に魔王となった魔獣の位置を特定し、その討伐に成功した。
その過程で、僕たちは、依頼の報酬と魔獣の素材、各地の採取物を売って、この魔王討伐の旅では、そこそこの蓄えを得ることができた。
依頼の選び方は、おっさん。魔獣や薬草などの扱いは、魔法薬に長けている魔法使い。森の歩き方は獣人の遊撃手が得意でそれぞれから学ぶことが多かった。
「僕、騎士止めて父さんの店を継ぎたいな」
「なんだよ。折角、騎士になったのに、今だったらどこかの部隊長とかになれるだろ。万年下級騎士の爺さんが喜ぶんじゃないか?」
「僕自身、あんまり戦いたくないんだよ。それにお爺様には、そのことを伝えたんだ。そしたら、納得してくれたよ」
僕を騎士にしたのは、騎士家として子爵家や王家への戦力を継続的に提供できるアピールであり、跡継ぎに長男が誕生したために、その中継ぎの必要はなくなった。また魔王討伐メンバーとしての功績もあり、残りの人生は自由に生きるといい。すまなかった。と祖父に謝られもした。
「じゃあ、この旅で培ったことで事業でも拡大か?」
「まだ分からないけど、父さんと母さんとのんびり暮らすよ」
「寂しくなるなぁ。お前のその性格は、ある意味癒しなのに。俺も引退してどこかのギルドの指導員に着くとするわ」
無骨なバケツ騎士になにを求めるのだろうか。確かにやや天然の入った幼馴染にツッコミを入れたり、見た目金属の塊なのに、話口調とか対応が丁寧で癒されるとは言われた。
「最後までお前の顔は見てないな」
「見せたら冒険者として舐められるからね。それに唯一、【生活魔法】が使えるから、鎧の内部は衛生的だよ」
「そりゃ、冒険者として当たり前だ」
そんな王都の夜を過ごし、謁見の間へ。そして、冒頭に戻るだ。
今までの苦労が走馬灯のように走り、これまでの苦労が報われる思いだ。
「はっ! 私が望むのは、仲間たちへの報酬を。そして――」
幼馴染の勇者の願いは何だろうか?
貴族として、領地だろうか、それとも爵位として公爵か伯爵を貰うのだろうか。
「――王家の秘」
そうくるか。と思った。世間でよく言われることと言えば、王家の第二王女は、絶世の美女になる素質を持ち、なにより心が清らかであり、王家の秘宝とまでいわれている。
いや、秘だけでは分からない。もしかしたら文字通りの宝かもしれない。
まさか幼馴染にそんな物欲があったとは、と内心驚く。
続く幼馴染の勇者の言葉にこの場にいる全員が首を傾げる。
「――王家の秘薬とそのレシピを頂きたい!」
力強い言葉で断言する勇者。王家の秘薬? それは、噂に聞く万病に効く薬や四肢欠損を直す薬だろうか。
まっ、まさか! 男性機能を回復させる薬か!? 幼馴染の勇者は、まだ十代なのにそれほど悩む問題を抱えていたなんて、知らなかった。
状況に試行が追い付かない王様に変わり、宰相が勇者に詳しい薬の概要を尋ねる。
「勇者殿? その、王家の秘薬とは、何を指しているのでしょうか」
宰相が、冷や汗を流しながら尋ねる。もしかしたら、王家秘蔵の検出不能の毒薬という線に思い至り、王家の毒が王家に向く可能性を考えているのだろう。だが、幼馴染は全く別のことを口にする。
「王家秘蔵のお世継ぎを作るための準備薬でございます」
「なら、問題ないでしょう。陛下」
「う、うむ。ただいま手配しよう」
早速、金銭の用意とその薬とそのレシピの準備に走る王城の人達。
俺たちは、受け取り、勇者は金銭と小さな小瓶を大事に受け取る。
そして、振り向き、俺の方へと向く。
「お前には、これが必要なんだ。だから、これを飲んでくれ」
と、僕に向って言ってくる。
あれ? おかしいな? 世継ぎを作るだから女性への言葉じゃないのか? 隣の魔法使いと僧侶と獣人娘が驚いているぞ。三人とも勇者にホレて、薬を渡してプロポーズって流れを想像したのかもしれない。
まぁ、プロポーズで薬を渡すのもどうかと思うので、普通に健康に対する問題か……はっ!? 前に一度勇者が僕の体を【スキャン】していたぞ。その時、体に重大な疾患が見つかったのか! それも子作り関係で!
そして、そのために僕にその薬を渡すのか。勇者は、なんていい奴だ!
「わかった。貰う」
バケツ兜のフェイスガードを跳ね上げて、口許を露出して、薬を飲み干す。
どこか甘ったるい味に甘いリキュールを思い出す。
すぐに体が異常なほど熱を帯び、苦しさに膝を付く。
まさか、王家に毒を盛られて、勇者は先に僕に使わせて安全を確かめたのか!?
そんな考えが過る中、頭の兜が頭から落ち、旅の間に切る暇の無かった髪が零れ落ちる。
「なっ!?」「えっ!?」「嘘っ……」「マジかぁ」
仲間たちの声が遠くに聞こえる中、早まる心臓の鼓動が徐々に収まり、思考がクリアになっていく。
「はぁはぁ。僕は、どうなっているんだ」
「やっぱり、王家の秘薬は実在したんだな。改めて言おう。俺と結婚してくれ」
「はぁ!? なに言っちゃってんの!?」
頭が痛い中で、自分の声の違和感を感じ取る。少し声が高くなってないか? 体を確かめたいが、硬い鎧で体を確かめることは出来ないが、変調はない。
「お前を小さい頃に出会った時、女の子だと思ったよ。俺の初恋だ」
「いやいや、僕は、男だからね!」
「そして、そのまま子どもとしての衝動に突き動かされて、結婚を申し込んで断られた」
「そりゃそうだもん! 同性だから!」
俺たちの状況にぽかんとしている他の人達。とんだ茶番だ。
「だから、王家で女児若しくは男児しか生まれない場合の対処策である性転換の魔法薬をお前に使って貰った。改めて言おう――俺と結婚してくれ」
「なんの躊躇いも無く薬を飲んだ僕の馬鹿ぁぁぁ――!」
謁見の間に広がる僕の叫び。
そして、ふらりと気絶する僧侶とそれを支える魔法使いと獣人娘。
また斥候のおっさんは――
「お前もモテない要員だと思ったらハーレム要員だったのかよ、チキショー!」
涙を流しながらどこかへと走っていく。
目の前では、キラキラと素晴らしい笑顔を向けてくる勇者。
確かに、女顔の騎士は舐められるから隠していたが、ホントに女にさせられるとは――
僕の、バケツ騎士の受難はまだまだ続きそうだ。