やさしいセカイのつくりかた
世界の果てには大きな大きな樹があって、それが世界を支えている。
世界樹と呼ばれるその樹を護るのは、一人の術士。
何百年も、何千年も生き続ける孤高の賢者。
古くから新大陸に伝わる物語。
それが形を変え始めたのは何時頃の事だったのか。
世界の果ての世界樹を護るのは、魔族の王。
世界樹には彼に囚われた美しき歌姫が眠る。
「魔王を倒して、歌姫様を目覚めさせる事ができたら、新大陸から魔族はいなくなるんでしょ?」
「ええ、そうよ」
「お父さんも?」
「ええ。あなたのお父さんも魔王を倒すために、世界の果てを目指してるのよ」
「僕も、大きくなったらお父さんみたいに、歌姫様を助けに行くんだ」
「そうね。強くなってね、夕璃」
「……璃、おい。夕璃」
「母さん?」
「寝ぼけてんのか?俺が、いつお前の母親になったよ?」
うんざりしたような声に目を擦ると、鮮やかな金色の髪が目に映る。
「あれ?緋斗だ」
「あれ、じゃねぇよ。お前が明日は六時に起きるっていったんだろうが」
もう七時だぞ、馬鹿野郎―思い切り頭を叩かれて、漸く夕璃は夢から冷めた。
母親にあの話を聴かされ続けたのは、もう10年以上前のことだ。
何せ夕璃の暮らしていたあの村も母親も、12年前の『十字架の海』と呼ばれる魔族の大襲来で既にこの世界には存在しない。
「緋斗。夢、見た」
「なんだよ。母親恋しいってか?」
「ううん。歌姫様を助けに行かなきゃって思ってた頃の夢」
途端に緋斗が複雑そうな表情を浮かべる。
緋斗と出会ったのは、成人の儀を終えた夜だった。
『十字架の海』の時は幼くて何も出来なかったけれど、強くなったと思っていたのだ。
緋斗に、その自信を打ち砕かれるまでは。
「あぁ。俺たちはみんな、それ聞かされて育ったんだもんな」
「うん」
新大陸に産まれた誰もが聞かされる物語。
魔族の王と眠った歌姫。
それを疑うなんて、誰にできたのだろう。
それでも、夕璃は知ってしまった。
作られた物語。
世界を操るその嘘を。
「緋斗、僕たちに出来るのかな」
「出来るじゃねぇよ。やるしかねぇだろ」
知っちまった以上、無視できるか――無意識に握り締めたペンダントに気づいて、緋斗が慌てて手を離す。
「おっさんたちも、桐弥も動いてんだ。俺たちが動いて変わることもあんだろ」
「うん、そうだね」
鮮やかな瞳の少女に出会った。
あの出会いが運命だというのなら、きっと旅立ったときに総ては始まっていたのだ。
『争って、闘って、最後には何が残りますか?』
『取り戻したいものが、大切なものがあります』
『生きることを、最後まで諦めたくないんです』
「行こうか、緋斗」
「世界を護るなんて、ガラじゃないけどな」
「違うよ。僕達が僕達として生きるためだ」
「そりゃそうだ」
生きるために、剣を取って。
生きるために、力を求めた。
世界を護るなんて、大それた事は云わないけれど、知ってしまったからには、目を逸らせない世界が見える。
『優しい奴が、優しいまま生きられる世界になりゃいいと思うぜ』
『種族とか関係なく、大事なものは大事だって云いたいじゃん』
この世界に生きる総てに比べて、同じ志の者はこんなにも少ないのに、彼等と生きたいと思った。
無謀に近い行動に、命をかけようと思えた。それはきっと
「夕璃」
「ん?」
腰の剣に手を掛けた緋斗が肩を竦める。
「手荒いお出迎えみたいだぜ」
「突っ切る」
「遅れるなよ」
笑ってくれたらいいと、そう思った。
たった其れだけのことに、人間は命をかけられる。