一蓮托生!
「クロティルデ・ド・デュリス! この俺様、ジョエル・エル・フィグラルツの名においてキサマとの婚約を破棄する!」
卒業パーティの場で突然の婚約破棄。
おおー!
「王太子殿下はわたくしの名を覚えていらっしゃったのですね! 驚きです‼」
王太子殿下がわたくしとの婚約破棄を宣言成されたことを嘆くとか。
王太子殿下のその右腕にピンク色のふんわりとした髪のかわいらしい……ええと、ミアという名の男爵令嬢をしがみ付けさせているのに憤るとか。
色々思うところはあるのですが。
まずは、
王太子殿下がわたくしの名を、それもフルネームを発した!
それが、これ以上もないほどの驚きなのでございます‼
とでも言っておきましょう。
「あ、あ、当たり前だろう! キサマはこの俺様の婚約者だったのだから!」
まあ!
わたくしを婚約者とは認識していらっしゃったのですね!
更に驚きです!
「王命による婚約でございましたが、婚約を結んだ十二の年から今の今まで。わたくし、王太子殿下から『おい、そこの』や『キサマ』と呼ばれたことはあっても、名前で呼ばれたのは初めてございますわよ! 王太子殿下、どのような心境の変化で、わたくしの名を呼ばれたのでしょうか⁉」
うふふふふふ。
もちろん当てこすりです。
嫌味です。
ふっふふふふふふふ。
「名くらい、呼んだことは……」
王太子殿下の声も、段々を勢いをなくしていきます。記憶を探っていらっしゃるようですわね。
「そ、そういえば……名を呼んだことは……」
「はい! 一度もございません! 殿下からわたくしの名を呼ばれたのは初めでですわ!」
わたくし、きっぱりはっきり、はきはきと答えますわよ!
「わたくしの名前など、初めから認識していない、もしくは既にお忘れかと思っておりましたの!」
会場の一部から、ぼそぼそとした声が上がりました。
「婚約者の名を呼んだことがないなんて……」
「十二の年に婚約を結び、今日の卒業の日まで……ということは五年以上も名を呼ばずに……」
わたくしは「ふふふ」と笑います。
「普通は驚きますわよねえ。でも、この場にいらっしゃる皆様の内、幾人かは……いえ、大多数の皆様が、ご存じだったのではないでしょうか。
だって、わたくしが王太子殿下から虐げられていたことを分かっていながらも、見ないフリ、関係のないフリをしていた方も、少なからずいらっしゃいましたから……ほほほほほ。わたくしのほうから王太子殿下に寄り添えと、忠告をくださった方もいらっしゃいましたわね。うふふふふ。
まあ、よろしいのよ?
わたくしに肩入れするよりも、王太子殿下の意をお汲みになられていたのでしょう?
皆様がたよりも、罪を問うべきは王太子殿下でございますものね。
これまで、わたくしから、殿下に向かって話しかけたことは、過去には何度もございましたけれど、そのたびに、
『邪魔だ』
『去れ』
『キサマには用はない』
という三種類の返事しか返ってこないのでございますわ。
これで、わたくしのほうから王太子殿下に寄り添えと言われましてもねえ……。
心を広く持って、寄り添う事ができるという聖人聖女がいらっしゃるのなら、お会いしてみたいものですわ。
わたくしには無理でございましたわね。
そうそう、送った手紙は読まずに破り捨てられたですとか。
プレゼントを贈っても、捨てられたですとか。
わたくしの心を折ることに関しましては、王太子殿下は素晴らしい手腕の持ち主でございましてよ。
王太子殿下だけではなく、国王陛下も我が父であるデュリス侯爵もですわね。
国王陛下からは、何度「王太子妃としての覚悟」を説かれましたことか!
お父様からは、何度「デュリス侯爵家のために、王太子殿下の機嫌を損ねるな」と叱責されたことか!
覚悟?
機嫌を損ねるな?
できるならあなた方がやるがいい!
『邪魔だ』『去れ』『キサマには用はない』と、繰り返し言われ。
名を呼ばれることもなく。
手紙は読まれず、贈り物も捨てられ。
挙句の果てに、わたくしという婚約者を蔑ろにして、そちらの可憐な外見の男爵令嬢と愛を交わす。
そんな王太子殿下にわたくしのほうから寄り添えですって⁉
無茶言うな! ですわ‼
ああ、王太子殿下と男爵令嬢の真実の愛とやらにうっとりとなさって、流行りの演劇のように、わたくしを悪役令嬢とやらに当てはめようとしていた方も多くいらっしゃいましたわね。
何が身分差を乗り越えた真実の愛よ! 単なる不貞よ! 馬鹿にしてんじゃないわよ‼
あ、あら? 心の声が、表に出ておりました? 会場の皆様に聞こえていた?
あらあら。でも構いませんわよね。
だってもう、王太子殿下が婚約破棄を宣言されたのですもの!
わたくしに非はなくとも。
破棄されたとあらば、王家と縁を結びたいという野心を燃やしておりました我が父、デュリス侯爵から、わたくしは叱責を受けて、修道院に送られることでしょうしね!
ああ、それとも除籍されて、放逐されるかしらね?
他国や娼館に売られて、身を汚すことになるかもしれませんわね!
ふざけるなこの野郎! と、怒鳴りつけたいところですが……って、あら?」
わざとらしく嫌味たっぷりにべらべらと、わたくしが申し上げていると……、この貴族学園の卒業パーティが行われている会場内が、突然、眩しい光に包まれました。
「な、何だこの光は!」
王太子殿下が叫び、その右腕にしがみついているミア嬢が「まぶしいいいいい」と叫びを上げます。
わたくしも思わず目を瞑りました。
しばしの後、そっと目を開けてみれば……なんと!
卒業パーティの会場の、その天井。シャンデリア付近に大きな白い羽根を広げて飛んでいる男性が一人、いらっしゃいました。
金色の長い髪。
人とはとても思えないほどの美貌。
宗教画に描かれている天使様のようです。
「跪け」
声が、直接、脳内に響いてくるようです。やはりこの方は神か天使様……。
わたくしはさっと跪きます。
「な、な、な、何だ貴様は!」
王太子殿下は神か天使様と思しき方を指さしました。
「王太子であるこの俺様に控えよとは偉そうに!」
「そうですぅ! 王太子殿下に命令するなんて、あなた、不敬ですぅ!」
不敬なのは、王太子殿下とミア嬢では……。
案の定、暫定神様は、不快に思ったようです。
「不浄なる者よ、黙れ」
途端に、王太子殿下とミア嬢の口が開かなくなりました。
あら、すごい!
やはり神様かしら……。
「貴様ら二人に用はない。我はそこの乙女に問いがあるのだ」
そこの乙女、と言いながら、暫定神様は、わたくしの目の前まで、ふわっと飛んできました。
「わたくしでございましょうか?」
「ああ、そうだ。我が問いに答えよ」
「どのような問いでございましょう?」
「我がこの国を亡ぼす……と言ったら、おまえはどうするか?」
あら……? この方、この国を滅ぼしにいらっしゃったの?
「まあ! 素敵な問いでございますわね。もちろんありがとうございますとお答えいたします」
わたくしはにっこにっこと微笑みます。
笑顔で答えれば、暫定神様のほうが驚いたようです。
「……それは本心……、だな。よいのか?」
「はい!婚約破棄をされた令嬢の末路など、碌なことにはなりません! わたくし一人が不幸になるくらいなら、皆様も共に不幸になってほしいと思う気持ちなのでございます!
国が亡びる? この国の皆様、全員道連れ! 共に不幸になりましょう! ですわね! 実にありがたいことです」
わたくしはまたもやきっぱりはっきり、はきはきと答えました。
暫定神様は、ほんの少しの間眉根を寄せてはおりましたが、
しばらくの後、
「……なるほど」
と納得顔になりました。
というわけで、フィグラルツ王国は亡びたのでございます。
え、ひどい?
そうでもございませんわよ?
国王陛下やわたくしのお父様や王太子殿下やミア嬢その他大勢は亡びましたけど。
わたくしや、一部の心麗しき皆様は生き残りましたから。
フィグラルツ王国の国土は、神のお力によって、その九割が水没しましたけど。
残り一割だけは、海に浮かぶ島となり、美しい心を持つ皆様だけが暮らす穏やかな小国となりましたから。
わたくしはその島の女王となる……ことはなく。
島民の皆様とのお話合いで、物事を進めております。
特権階級がいない、平等な世界。
それが、新生フィグラルツ王国……、ああ、王がいないので、王国ではございませんね、フィグラルツ国です。
婚約破棄をされてから、こんなことになるとは夢にも思いませんでしたが。
わたくし、毎日楽しく過ごしておりますわ!
ああ、神様、ありがとうございます! わたくし、今、とっても幸せですわ! 感謝‼




