上官以上、兄同然
――帝国海軍元・中将、堀川悌史。
いまは別けあって予備役として現役を引退しているが、現役のときは、
――冴え凍る印象だが、義に篤く、文武達者の理路整然たる弁達者。
と広く知られ、帝国海軍にその名を知らぬ者はないと言われた人物だ。
だが……。
聯合艦隊か志那方面艦隊で長官を務めれば名高き名将と謳われたものの、どちらかと言えば文政に向いた気質なので、海軍省に務めることが多く、欧州大戦の終結後、国際的軍縮会議に同調し、当時より「八八艦隊」思想を抱いていた大艦巨砲主義たちとはそりが合わず、味方よりも敵のほうがはるかに多かった。
また一方で。
一二三の長兄である暁久とは幼馴染で、暁久と一緒に弟たちの面倒を見てきたので、一二三も蔽九朗も兄同然と慕い、暁久が何かと甘かった分、堀川が厳しい面を持って接してきたため、彼が事実上の次兄のような存在。おかげでいまも頭が上がらない。
親友である暁久さえ、ときには容赦なく叱られる。
堀川はほんとうにきっぱりとした性分だったが、
――暁久と堀川は、海軍兵学校でも同期。
周囲にはそのころから「飴の本山、鞭の堀川」と揶揄されて名コンビぶりを発揮し、海軍大学校でもその有能さから衆目を集めていた。
そして、
――先の帝都大空襲後に世間を騒がせた、十・二六事件。
この反乱鎮圧後、暁久が帝国海軍軍令部を掌握するため、堀川もよく助けた。
そういった経緯もあるので、これ以上の昇進を恐れた上層部に裏から動かれて、堀川は退役まで追い込まれてしまった。
――もし、彼が本気で頂点を目指していたら……。
この大日本帝国の運命は大きく変わっていたかもしれない。




